4_85.エウグストの独立承認
ガルディシア帝国に於ける内戦は帝国の屋台骨を粉々に砕いた。
バラディア大陸内に存在する戦力はガルディシア帝国のみが存在するに非ず、隣接したエウグストに近代装備で武装した2個師団が誕生した事で、早急に対抗出来る体制を持たなければ均衡出来ない。だが、この内戦により対抗すべき戦力をガルディシア帝国は失った。帝国側と反乱側での被害は今迄ガルディシア帝国が行った対外戦争で発生した被害を大きく超え、帝国全体の戦力を半分以下にまで落とし込んだ。陸軍全体では5個歩兵師団が、海軍全体では2個艦隊の戦力が失われた。そしてガルディシア帝国側は、エウグストとの戦力比は陸軍に限定した場合、エウグスト側に天秤は傾いていた。
そして、アルスフェルト伯爵はこの状況を利用した。
アルスフェルトが招集した帝国議会は、一時拘束されていたが直ぐに釈放された帝国宰相ファルケンホルストを中心に、元老院の重鎮達が集まってはいたが、彼等の表情は固く厳しかった。明らかにアルスフェルト伯爵に対して良い感情を持ってはいない彼等を後目に、アルスフェルトは議場に登壇した。
「アルスフェルト伯爵。此度の勝利、おめでとうございます。」
「おお、ファルケンホルスト閣下。何時ぞやぶりです。ご健勝ですかな?」
「まだまだ若い者には負けぬと言いたい所だが、そろそろ我々年寄りは退場が近いであろうな。……だが伯爵。此度の内戦、一体どのように幕を引く積もりであるのかな?」
「まあ、なんとかして見せましょう。さて時間も惜しい。早速本題と参りましょう。」」
「その前に、貴公がこの場に居る権利が問いたいのだが宜しいか?」
突然、元老院の重鎮達から抗議に近い声が上がった。
相当老齢ではあるが、アルスフェルト伯爵に向かって凛と張った声を上げたのは、皇帝の親戚筋であり故グロースベルゲン公爵とも縁のあるラディスラウス伯爵だった。ラディスラウス家は跡継ぎは全て度重なる戦いで戦死し、老齢の彼が亡くなれば断絶するが、それが故に彼はどこの場に於いても奔放な発言を行っている人物だ。
「聞けば、ドラクスル陛下をエウグスト人部隊を利用して逮捕拘禁しているという。一体何条を以って陛下を拘禁しているかを先ず問い質したい。如何かな、皆?」
「おおそうだ。確かに、ラディスラウス殿。」
「答え様によっては無事にここから出られると思うなよ、アルスフェルト伯爵。」
「議会の皆々様の仰りたい事、このアルスフェルト、重々承知しております。では、私からも改めて問いたい。隣国、敢て隣国という表現を使わせて頂きますが、エウグスト解放軍の存在はご存知ですかな?」
「ここに居る一同、知らぬ奴は居るまい。此度の内乱最後に現れ好き勝手に荒らした連中共であろうが。それが一体どうしたと言うのだ。」
「仮に彼等エウグスト解放軍が、我等と敵対するとするならば我等は対抗出来ますかな?」
「ザムセンに居る全ての兵力を結集するならば、二個師団程度は集結するであろうが。それに未だ海軍も居る。連中が如何に先進装備を持っていたとしても、我等に対抗出来ない程度では無いであろうが。そうであろう、ギルベルト子爵。」
この場で声が掛かるとは全く思って居なかったギルベルト子爵は動転した。恐らくラディスラウスは、この元老院議員の中で数少ない軍出身のギルベルトに声を掛けたのだろうが、彼に心の準備は無い。ただ、現状の状況位は彼にも理解出来る。
「は、それは……こちらは寄せ集めとなりましょうが、エウグスト解放軍が内戦に介入した能力を持ったままであるならば、我等に地の利があったとしても正直な所……難しいでしょうな。」
「ぬ……ギルベルト子爵、貴公は慎重に過ぎる。こちらは海軍も居るのだぞ?」
「それであっても、です。現に我々の第一軍と反乱軍を同時に相手にしても彼等は勝利を収めております。それだけの攻撃力を有し、例のトラックとやらで機動力も有ります。つまりは彼等は海軍の砲が届かない場所を戦場に設定するだけなのです。そして我等は防備に徹するしか無い程に戦力が枯渇しております。」
「ぐぬぅ……そうかもしれんが……仮定の話に過ぎぬだろうが!」
「仮定であれば、ですか? ちなみに私アルスフェルトはエウグストのル・シュテル伯爵とは個人的に付き合いがありましてね。その伝手もあっての今回のエウグスト軍の協力なんですがね。ただ、エウグスト自体は、ガルディシア帝国に対して思う所が当然ありましてね。まぁ、当たり前なんですが。」
「ふん、それがどうしたのだ?」
「私とル・シュテル伯爵の関係のみでエウグスト軍を抑えています。」
「……エウグスト軍は侵攻の意思有りという事か?」
「左様、ただしエウグスト軍が相手とするのはガルディシア帝国の皇帝ドラクスル、或いは前皇帝である場合であって、帝国の体制がエウグストに対して友好的となるのであれば、その限りではないのですよ。」
「貴様、他国を巻き込んで帝国を脅す積りか?!」
「逆ですよ、ラディスラウス伯爵。このまま我が国が何もしなければ、エウグストは勝手にガルディシアを攻めてくるという話です。このままの体制で居るのであればね。そこを私がル・シュテル伯爵との話し合いで、一時的に止めているという話です。その一時的の間に何等かの体制変更があれば、彼等も再考するかもしれません。」
帝国議会は現在置かれた帝国の現状を鑑み、これ以上の追及は一旦保留とした上で今後の帝国の代表を決めるにあたり暫定的にアルスフェルトを帝国代表とする事とした。その上で、皇帝は空位となり今後の話し合いの余地を残した。
そしてアルスフェルトが暫定代表となって、まず真っ先に行った事はエウグストの独立承認と友好関係を構築する為の交渉に入る事だった。実の所、アルスフェルトはル・シュテル伯爵との同盟関係から直ぐにでも国境を確定させた上で善隣友好条約を結ぶ事が可能だったが、早期に締結してしまうと帝国議会内の足固めが終わっていないアルスフェルトが排除される可能性を考慮し、使者をエウグストに派遣して交渉を長引かせていたのだった。送った使者は他ならぬゾルダーを当てていた為、この思惑はル・シュテルにも伝わっていた事から、遅々として交渉は進まなかった。
そしてアルスフェルト伯爵は再び議会を招集した。