4_84.アルスフェルトの勝利宣言
帝国第一軍司令部内には、エウグスト解放軍のエンメルス大尉以下10名の先行部隊が展開し、皇帝ドラクスルの他、第一軍司令ルックナー中将、第一騎兵師団ハイドカンプ少将、第一歩兵師団ファルマー少将、第二歩兵師団ヒアツィント少将、第三歩兵師団イエネッケ少将、そして帝国宰相ファルケンホルスト、そして数人の衛兵の姿があった。目の前の大きなテーブルにはザムセン周辺地図があり、ここで指揮をしていた事が伺えた。ドアの近くには武器が数丁纏められていた。この状況を確認したエンメルスは、ドラクスル達に向かって言った。
「さて、既に武装解除しているとは思うが、念の為身体を改めさせて貰う。」
「まて! どうして貴様等エウグストの連中が何故ここに来た?」
「何故って、そりゃアルスフェルト伯爵の要請だよ。知らんのかね、反帝国組織の存在を。」
「なに……? 反帝国組織だと……?」
「ああ、そうだ。アルスフェルト伯爵を中心にしたガルディシア帝国を転覆させる為の組織だな。エウグストのル・シュテル伯爵との同盟を組んで現在の帝国を打倒した上で、新体制を作るんだとさ。俺達はその手伝いで来たって寸法だ。」
「こ、この一連の騒動の裏には彼奴目が居たのか。何故に……帝国の裏切り者めが!」
「一番最初に裏切ったのはアンタ達ガルディシア帝国だろう。まずアルスフェルト伯爵の第七艦隊を対エステリア・ヴォートラン連合艦隊に差し向けて、弾も撃たせずに囮にした挙句、海戦が終わったら第七艦隊解体の上で全員解雇しただろ?」
「それは、国家の体制として止むを得ずに行った事だ! しかもそれは前皇帝陛下が成された事! 反逆行為と比べられる様な事ではない!」
「それはアンタ達の理屈であって、その立場に追い込まれた方からしたら別の考えにもなるだろうよ。まぁ、その辺りはあとでたっぷり新しい体制下において申し開きしたら良いんじゃねえの? 俺達ぁ、あくまでも手伝いに過ぎんしな。」
「ふざけるな! 新しい体制下になんぞならんぞ!!」
「ああ、じゃああんたはそう思っていてくれて良い。ただ、この場は大人しくしといてくれ。じゃないと余計な手間が増えちまう。頼むよ。」
「黙れ、黙れ、黙れ! 下がれ、下郎め!!」
ドラクスルは机の下に隠していた銃を取り出すと、エンメルス大尉に向けた。幾人かの隊員達は、降伏した将校達を後手に結束バンドを締めて無力化していたが、最後のドラクスルはエンメルスが拘束しに近づいていたのだ。エンメルスは銃を向けられた瞬間に、ドラクスルの銃を跳ねのけ手を捻り上げて膝をつかせて無力化した。
「だから余計な手間はかけるなと言うのに。おい、ヴァンサン軍曹、こいつを拘禁しろ。」
「この無礼者が、この手を放せ! 余を誰と心得る!!」
「あー、ヴァンサン軍曹。静かになる注射も宜しく。」
「了解です。」
こうして帝国司令部がエンメルス達によって制圧されていた頃に、司令部近隣には第一レイヤー部隊の本体が到着し始めた。ロタール少尉に率いられた第一レイヤー本隊は、司令部周辺で行われていた帝国軍と反乱軍の戦闘に強制的に介入した。
「ガルディシア帝国軍及び反乱軍に告ぐ。我々はエウグスト解放軍である。既に両軍の司令部は我々によって制圧されている。よって今や両軍が戦闘を継続する意味は失われた。双方武器を収め戦闘を停止せよ。」
「お前等一体ナニモンだ? 戦闘を停止しろだと? 司令部が制圧されただと? ふざけんな、おい誰かあの連中に何発か撃ち込んでやれ。」
司令部で分断されつつも未だ司令部への突入を画策していた連射銃大隊残余は、介入してきたエウグスト解放軍に向かって銃を乱射したが、その返答は携帯ロケット砲からの砲撃で行われた。この光景を見ていた反乱軍のブルーロ大尉旗下のレティシア大隊残余は新たに現れた勢力から放たれた大火力の攻撃に驚いた。
「おい、個人が携帯して撃てる火力じゃねえぞ、何だありゃあ!」
「おいおい、またニッポン軍提供か? ったく勘弁してくれや。どうします、ブルーロ大尉?」
「少佐がどうなったかなんだが……こいつらがここに介入しに来たって事は既にレティシア少佐も制圧されているって事か? 最初に、両軍の司令部を制圧したって言っていたな……。」
「そうだ、両軍司令部制圧の証拠も無しに言われても、ですよね。おい、エウグスト軍とやら、証拠を見せろ! 証拠も無しに適当ぶっこいてんじゃねえぞ!」
「別に我々は信じろとは言わん。信じないのなら抵抗すれば良いが、その場合は地獄で後悔する事になるだろうな。だがしかし、今この場で双方が戦闘を停止するならば、別に捕虜になれとも投降せよとも言わん。ただ武装解除するだけで良い。」
その時、司令部からエウグスト軍と思しき一行がドアの近くに現れた。周辺を警戒し状況を見ているが、既にエウグスト軍が近くに割り込んでいるのを確認して叫んだ。
「皇帝ドラクスルを捕縛した! 繰り返す、皇帝ドラクスルを捕縛した!! 我々はエウグスト解放軍である。双方攻撃を停止せよ!」
帝国軍連射銃大隊残余は、司令部のドアから垣間見える皇帝ドラクスルが後ろ手に縛られぐったりとした状態を見て、激高した。
「きっ、貴様等皇帝陛下になんと不敬な!!」
「ああっ、ルックナー中将……ヒアツィント少将まで……あれはレヴェンデールの狂女! そんな……それ程迄なのか…」
だが、その後に続く各師団長の面々、そして反乱軍のレティシア少佐とクルト中尉が続いて出てきた所を見て、激高した気持ちも消えてしまった。しかも帝国軍だけではなく反乱軍のレティシア少佐までが捕縛されている姿を見た両軍は、すっかり戦う気持ちが萎えてしまった
「……少佐も捕まってますね、ブルーロ大尉?」
「ああ……俺達がここに居る意味も無くなったな。だが、反乱軍司令部も制圧されたと言ったな。」
「言ってましたね。こりゃ一大変革が来るかもですね。ですが、奴等の目的は何でしょうかね?」
「試しに一つ聞いてみるか?」
「そうですね。……おい、エウグスト解放軍とやら! 一つ聞きたい事がある。あんた達の目的は何だ?」
「目的だと? 俺達は単にアルスフェルト伯爵の手伝いに過ぎんよ。要請があったから来た、それだけだ。」
「アルスフェルト伯爵だと? 元第七艦隊司令のか?」
「ああ、そうだ。帝国はアルスフェルト伯爵によって新しい体制に切り替わる。その後には独立したエウグストと同盟関係を結び、相互に互恵関係を結ぶという流れだ。」
「新しい体制だと……もう一つ聞く。先程、武装解除するなら捕虜にはならんと言ったな?」
「ああ、言った。武器を置いて立ち去るが良い。今は戦闘を停止するだけで良い。俺達は単にアルスフェルト伯爵の要請に従って戦闘介入しただけだ。要請の無い事はしない。」
「そうか。……暫し待ってくれ。」
「ブルーロ大尉、どうします? このまま武器さえ置けば見逃してくれそうですよ。どうせ帝国軍も同時に武装解除されるなら、俺達だけでも後退して逃げるのは可能ですよ?」
「ああ、そうなんだが……よし、お前等武装解除してどこなりと逃げろ。今日限りでレティシア大隊は解散だ。」
「え、ブルーロ大尉はどうするんですか?」
「俺はレティシア少佐を救いに行く。武装解除して勝手に付いて行く分には構わんだろう。それにあいつらの話が本当ならレティシア少佐も何れ解放される筈だ。」
「そうですか…なら、俺も御供しますよ、ブルーロ大尉。」
「いや、気持ちが有難いが……それならば、ザムセンの宿のどこかで潜んでいろ。レティシア少佐を確保したら、そこに向かう。連絡用の人員だけ付いて来てくれ。」
「了解です、じゃ自分とトア曹長がお供します。」
こうして反乱軍と帝国軍は、エウグスト解放軍を前にして武装解除に同意した。
反帝国組織はアルスフェルト伯爵に率いられ、ザムセンの門から反乱軍第八歩兵師団を壊滅させた後に、ゆるゆるとザムセン市街地に入り、反乱軍の残党狩りをしながら旧体制側の有力貴族達を逮捕拘禁した。そして、最終的に内戦における最終的な勝利宣言をアルスフェルト伯爵は行った上で、帝国議会を招集した。