4_79.混乱の司令部周辺
帝国第一軍司令部がある建物に侵入したレティシア少佐とクルト中尉は、遂に最後の通路とその手前のバリケードに突き当たった。そのバリケード周辺には帝国兵が何人かが潜んでいるであろう状況だった。
「少佐、手榴弾残ってますか?」
「とっくに無いわよ。それに後続も来ないみたいね……」
「迂闊に突っ込むと不味い状況ですね、これは。」
50m程奥の通路の途中にはバリケードが2カ所設けられており、恐らくは二段階で突入を防ぐ形になっている様だ。1カ所毎に2、3人の兵が潜んでいる気配がする。この通路の手前の曲がり角から奥をそっと覗くと、途端に数発の弾が飛んで来た。司令部を守る帝国兵達は、侵入口が一つしか無いこの通路に照準を合わせて待ち受けている。
「最低でも4人は居ますね。手榴弾の2、3発でもあれば片づけられるんですが……」
「1段目は倒せても2段目で殺られる訳ね。面倒だわ。クルト、ここ任せて良い?出てくる奴を牽制するだけで良いわ。ちょっと手榴弾を取ってくるわね。」
「え、少佐? 手榴弾を取って来るってどこへ?」
「倒した兵が持っているかもしれないし、弾薬庫か何かあるかもしれないし。」
「ああ、なるほど…気を付けて下さいよ。少佐が来るまではここを維持します。」
「はいはーい!」
レティシア少佐が来た道を戻って手榴弾を探しに行くと同時に、建物の外では歓声が巻き起こっていた。クルトがどちらの歓声だ?と訝しげに聞き耳を立てていたが、どうやらそれは帝国軍側の歓声だった。司令部の建物を守備する連射銃大隊本部中隊は、レティシア大隊に完全包囲された状況だったが、その包囲の外側から帝国軍の連射銃大隊の本隊が駆け付けてきたのだ。
「ブルーロ大尉、新手です。連射銃装備の連中がこちらに寄せて来てます。凡そ3個中隊規模です。」
「ちっ、少佐は未だなのか!? おい包囲を解け。部隊を西に集めろ。このままだと完全に包囲されるぞ!」
「マイヤー中尉の部隊が孤立しました!」
「駄目だ、救いに行けん。全員、西に集まれ!ギュンター、西への集合を行え!」
帝国第一軍司令部は、南北に細長いH型の建物だった。
その東側の正面入り口は既に帝国軍の本部中隊と援軍の本隊が即座に合流した。北側に開いた穴も連射銃大隊に兵が取り付き、これ以上の侵入を防ぎ続けていた。そこに本隊が到着し、ここも連射銃大隊が掌握した。つまり、レティシアとクルトはこの建物に完全に封じ込められた状況となった。反乱軍のレティシア大隊は、建物の西側に移動しようとしていたが、最も北側の侵入口に近かったマイヤー中尉の部隊が包囲されて孤立した。マイヤー中尉の部隊を残したまま、ブルーロ大尉は建物の西側に移動しつつ反撃を行った。侵入口と正面入り口を抑えた帝国軍は、直ぐに司令部へと向かった。そして、雪崩こんだ帝国軍連射銃大隊は、レティシア少佐と遭遇した。
「うわっ、レティシア少佐!? ここで何を??」
突入した連射銃大隊の先頭を歩いていた第二中隊隊長テーパー大尉は、レティシア少佐が反乱軍に居る事を知ってはいたものの、出会い頭で敵という認識が出来なかった。レティシア少佐は、彼等の装備を見た瞬間に抜刀して切り付けていた。この反応の差が彼我の運命の差となった。テーパー大尉がレティシア少佐に斬られた瞬間を目撃した後続の者達は、直ぐに叫んで後続に状況を知らせた。
「反乱軍が侵入しているぞ! レヴェンデールの狂女だ、気を付けろ!!」
「もう、手榴弾取に来ただけなのになー。」
「一瞬で5人も殺られた……距離を取れ!近づくな!! 姿を現したら一斉に撃つぞ。」
「新手がこんなに来るって…ブルーロ達は何をしているのかしら。」
「貴様等がどれだけの戦力かは知らんが、既にこの建物は我々が包囲した。大人しく投降しろ!」
「降伏は性に合わないのよね。」
「おい、援軍を呼べ! 相手はレヴェンデールの狂女だ! ありったけ呼んで来い!!」
後から取り付いた連射銃大隊は相手の名前を聞いて驚愕した。あの狂女が既に司令部に侵入しているだと?だが、自分達の装備であれば屋内で一斉に撃てば仕留められるだろうし、レティシア少佐を倒したとなれば一躍時の人だ。彼等は我先にと司令部の建物に入っていった。
「マイヤー中尉への圧力が減ったか? 建物の方に兵が引っ張られているぞ。」
「なんだが分からんが、マイヤーを救出する好機だ。ギュンター、西から回り込んでマイヤーを包囲している部隊に攻撃しろ。俺は中央から建物に沿ってマイヤーと回廊を接続する。俺達の接続が完了したら牽制しつつ後退しろ。上手くいったら、建物北側を奪取出来るかもしれん。」
「了解、15人程借りますよ、大尉。」
「おう、行け!」
帝国軍連射銃大隊を指揮していたブレーゼン大佐は、突然兵が建物の中に突入し始めた状況となり、慌てって止めるように指示を出していた。この周辺には反乱軍との交戦は終わっていない。にも関わらず、この建物の中にどんどん兵が突入していけば、包囲の輪は薄くなってゆく。
「貴様等、何故司令部に突っ込む!? 貴様等は目前の敵反乱軍を叩くのだ!」
「ブレーゼン大佐! 既に司令部屋内に反乱軍のレティシア少佐が侵入しているとの事です!」
「なんだと! おい、下がれ!!突入するな!! 全員後退しろ!」
その時、建物二階の一番南側そして東側棟の奥辺りの窓が空き、帝国兵が顔を出した。
「陛下は御無事だ!帝国は健在だ!!敵兵は目前まで来ている、救出を頼む!!」
その声を聴いた連射銃大隊はブレーゼン大佐の命令も虚しく、100名程の連射銃大隊が突入してしまっていた。しかも突入した兵のうち結構な数が東側棟南側周辺に居た兵達だ。先に屋内に突入した連中から援軍を呼べと言われて駆け付けた者達だ。そして彼等はレティシア少佐に銃を奪われ、その連射性能を以って効率的に殺傷されていった。
「ドアに近づかないで下さい!反乱軍が居ます!!」
司令部室内に籠るドラクスル達にドアの向こうのバリケードに詰めた兵から叫び声が聞こえる。だが、バリケード周辺は奇妙な静けさに満ちていた。だが、迂闊の頭を出した兵は、クルト中尉によって撃ち抜かれる。双方が動かずに膠着状況に陥っていた。だが、司令部の出入口周辺での騒ぎは段々と大きくなってきていた。
「レティシア少佐の方に敵兵が集中しているな…これは不味いぞ。どうする…一旦、後退して少佐の援護に入るか。それともここで待ち続けるか……よし、行くか!」
結局の所、少佐が敵兵によって身動きが出来なくなれば、こちらも司令部への突入が出来ない。それに司令部前を陣取るバリケードの向こう側の兵達は、こちらの動きに合わせて攻撃しようと完全に潜んだ状態になっている。ここで、この場を引いても奴等も追撃してくる事はあるまい、とクルト中尉は判断し、レティシア少佐と合流する為に直ぐに来た道を引き返した。
一旦入口に突入していった部隊を引かせる為に、ブレーゼン大佐は司令部の建物に近づいていった。だが、その時耳慣れない音が遠くから響いてきていたのだ。それは第三勢力のエンメルス大尉率いるレイヤー部隊のバイクの音だった。エンメルスの部隊は建物の北東から突入を開始した。そして反乱軍マイヤー中尉を包囲していた連射銃大隊の部隊に直撃した。
「新たな敵出現!!三時の方角から正体不明の敵です!!」
「正体不明とは何だ。正確に報告せよ!」
「ブレーゼン大佐! 見慣れぬ連射銃と自動自転車を装備した部隊です!」
「自動自転車だと!? エウグスト軍か、ニッポン軍か…なんとも間の悪い。東に展開して迎え撃て!!」
「敵反乱軍小部隊を包囲していた第3小隊が壊滅しました! 反乱軍の小部隊は後退していきます!」
「なんだと? それは正体不明の敵によるものか!?」
「いえ、反乱軍の本隊が建物の西側から回廊を連結した模様。正体不明の敵により第3小隊が壊滅した事により、包囲していた敵小部隊はそのまま後退しました。」
「滅茶苦茶だ。なんという事だ。立て直すぞ、第一中隊は新たな正体不明を食い止めろ。第二中隊は屋内を捜索し、反乱軍を殲滅せよ。第三中隊と本部中隊は合流して、西側に集結中の反乱軍を叩く。良いな!?」
ブレーゼン大佐は最後まで言い終える事が出来た。
だが返事を聞く事は無かった。レイヤー部隊の狙撃手トア曹長によって頭部を狙撃され、連射銃大隊は混乱した。