4_74.ザムセン、乱戦の始まり
反乱軍はザムセン第二防衛線を目前にして、帝国軍弾薬庫爆破を目撃した。
第二防衛線を守る砲兵は、反乱軍第九歩兵師団の急襲を受け、散発的な抵抗も虚しく制圧された。中央を突破した反乱軍の第九歩兵師団はそのまま停止する事無く前進を続け、ザムセン市街中央に浸透を開始した。
「弾薬庫の被害状況はどうなっておる!?」
「弾薬庫は全て吹き飛びました……我が軍の弾薬は各師団の集積所以外には残されておりません。」」
「くそっ……ブレーゼン大佐の連射銃大隊はどうなった?」
「既に伝令が走っております。敵はザムセン市街に浸透を開始しておりますが、連射銃大隊によって駆逐します!」
「馬鹿な!市街に師団規模に浸透されたらもう終わりだぞ。そうなる前に全兵力を以て駆逐だ! 予備兵力も根こそぎ投入せよ!! 市街周辺は騎兵師団を投入して蹂躙せよ!」
「命令のままに。」
ドラクスルは矢継ぎ早に指示を出したが、弾薬庫がやられたとなると帝国第一軍は継続して抵抗する力が失われた事になる。早急に自体を収集しないと銃を持つ敵に対して、剣で戦う事になる。ドラクスルはここで全ての戦力を出し惜しみする事無く、総力で事に当たる事を決意した。
「それと、ザムセン港に停泊している第一艦隊の艦艇内から洗いざらい武器弾薬の類を押収せよ。我が軍の武器庫がやられたとなれば、弾薬不足も考えられる。艦艇に残った弾薬を全て攫ってこい。」
「了解しました!」
こうして帝国陸軍司令部では弾薬不足に備えてありとあらゆる手段を打ち始めたが、まさか彼等は既に反乱軍が帝都ザムセンに入り込んでいた事は知らなかった。レティシア大隊は第一目標の弾薬庫破壊に成功し、次の目標たる帝国司令部への攻撃に着手した。当初から弾薬庫周辺には帝国軍が警備を張り付けていたが、弾薬庫と日本の倉庫の爆発によって守備部隊の大部分に被害を受けた。帝国陸軍司令部では弾薬庫の爆発は敵の攻撃か事故か判断がつかない状況であったが、皇帝ドラクスルが第一に気にしたのは、ほぼ同時に爆発を起こした日本の倉庫の件だった。その為、司令部から調査部隊を派遣したが、調査隊は陸軍司令部を守備していた部隊を割いて派遣した為、帝国陸軍司令部は非常に手薄な状況となっていた。そして、手薄な帝国陸軍司令部をレティシア大隊が襲った。
第二防衛線の中央付近では反乱軍第九歩兵師団の一部が中央の砲兵を圧倒し、そこに橋頭保を構築しつつあった。だが、既に帝国陸軍の第一軍第一歩兵師団と第二歩兵師団は立ち直ってつつあり、第三歩兵師団が抜けられ空いた穴を埋めつつあり、突出して橋頭保を作りつつある反乱軍第九歩兵師団の第36歩兵連隊を周辺から締め付け始めた。しかも中央を突破してきた第36歩兵連隊の後続部隊は、第一歩兵師団によって守備が固められ金床の状況となり、そこに連射銃大隊がハンマー宜しく啓開した通路を両脇から締め上げた事により、第36歩兵連隊と分断され後退していった。
だが、第36歩兵連隊が中央の回廊を開き、そしてそこを帝国第一歩兵師団と連射銃大隊が塞いだ事により帝国第一軍の戦力は、ザムセン第二防衛線前面であるすり鉢盆地の中央に集まる事となったのだ。自然と反乱軍の第八軍と先頭を切り離された第九軍、そして海兵陸戦隊は帝国軍が陣取るすり鉢の中央を巡って、両軍入り乱れての乱戦が始まった。この遮蔽物の無いすり鉢盆地の中で戦いを制したのは連射銃大隊だった。彼らは、盆地中心からハリネズミ陣地を作り、包囲しながら圧力を掛けてくる反乱軍の攻撃を多大な犠牲を払い、退け続けたのだ。しかし連射銃大隊にも限界は訪れた。それは弾薬の消費が補給を上回り続けた結果だった。弾薬庫を失った帝国軍は著しく継戦能力を喪失し、搔き集めた弾薬を使っても次第に弾薬不足が顕著になっていった。そこにレティシア大隊による司令部攻撃の報が入り、第一軍は動揺した。
「なんだと! 陛下が御座す司令部に敵襲だと!?」
「はい、急ぎ駆け付ける事が可能な部隊は司令部に急行せよ、との達しです。」
「未だ防衛線は第二で食い止めているという事は……別動隊か!? 司令部にはそれほど防衛戦力は置いていない筈だ。ハイドカンプ少将も司令部か!?」
「はい、司令部に居ります!」
「だろうな。伝令!急ぎ、第一騎兵師団に連絡して司令部守備に向かえ!」
「しかし既に陛下のご命令により、第一騎兵師団は市街周辺に投入されておりますが?」
「いいから騎兵師団に指示を伝えろ! 急ぎ第一騎兵師団は陸軍司令部を守れ、と。行け!!」
帝国第一軍第三歩兵師団のイエネッケ少将は、司令部には居らず前線にて指揮をとっていた。その彼の元に来たのは司令部に攻撃を受ける可能性ありという事と弾薬庫爆発の連絡だった。そしてイエネッケ少将の第三歩兵師団は既に戦力としては殆ど残ってはいなかった。だが、戦力不足である事から師団長自らは前線まで出張っている事が幸いした。今、帝国陸軍司令部は攻撃を受けつつあり、その防備は少なく、そして司令部には全軍を指揮する将軍が揃っていた。つまり、ここを落としてしまえば、帝国陸軍は指揮する頭脳を失った烏合の衆となるのだ。それを狙った物に違いない。イエネッケは、更に司令部からの作戦指示が届かない状況となれば、現在戦っている帝国第一軍がそのうちにも麻痺し始めるであろう事を予見していた。この乱戦状況で指揮能力を喪失してしまえば、どれだけ戦力があっても負ける。イエネッケは身の回りを守る兵を何人か選抜し、すり鉢盆地からゆっくりと後退を始めた。
反乱軍の第八歩兵師団リンベルク少将と第九歩兵師団のオームゼン少将は、現在の状況に概ね満足しつつあった。第九歩兵師団が開いた道は帝国軍の反撃によって塞がれたが、その結果として帝国軍はすり鉢盆地の中心に集まってしまったのだ。あとは真ん中に居る帝国軍を包囲しながら集中砲火を浴びせてやれば良い、と両翼に後退しながら包囲を行った。そして中央に集まった帝国軍に対して集中射撃を浴びせてやれば良い、と思っていた帝国軍の集団は頑強に抵抗した。だが突然反撃が麻痺したかのように止まり、その後散発的な抵抗へと変わった。そしてすり鉢盆地を陣取っていた帝国第一軍は、水が引くように盆地中央から退き始めた。
「どう思う、リンベルク。帝国軍の反撃が一瞬止まった様だったが…」
「うむ、気になるな。何か大変な事が帝国軍側に起きたに違いない。何人か捕虜を取ろう。情報を得たい。」
「ふむ、そうだな。伝令! 海兵陸戦隊のファルケンハイン中佐を呼んできてくれ。」
「了解です!」
オームゼン少将は、一刻も早く前進したかった。
この海岸線はロトヴァーン艦隊の艦砲射撃によって地面が掘り返されていた。何時、再びロトヴァーン艦隊がここを耕しに来るか分かった物ではない。その為、敵と近づけば近づく程に艦砲射撃を受けずに済むのだ。それゆえに一刻も早く前進したいのだ。そしてそのチャンスは直ぐに訪れた。
「捕虜をとる必要も無かったぞ! ファルケンハインが既に情報を入手しておった。」
「なんだ。何があったのだ!? 話せ、ファルケンハイン。」
「一つには帝国軍の弾薬が爆発し、連中の継戦能力に著しい障害が発生しました。」
「ほう、だらだらと撃ち合いを続けたなら何れ連中は弾切れとなる訳だな。そして他にもあるのか?」
「はい、レティシア大隊を率いるレティシア少佐の潜入部隊が、その爆発に関与している模様。それとそのレティシア大隊は、そのまま皇帝ドラクスルの居る司令部への攻撃を行っている最中です。」
「なんと!それは真か!!」
「先程、帝国軍が一時的であるにせよ麻痺状態に陥ったのがそれかと。」
「ふむ、ご苦労だった、ファルケンハイン。これは面白い事になってきたぞ。」




