4_72.帝国軍弾薬庫への潜入
ザムセン沖にはロトヴァーンの第二艦隊が遊弋していたが、ザムセン港に日本からの輸送船が到着する頃と同時にムルソーから出発した残りの分遣艦隊が第二艦隊との合流を果たした。この様子は、ザムセンの帝国軍司令部にも届いていた。
「ロトヴァーンの艦隊に合流する艦艇があります!」
「大方ムルソーからの増援だろう。ロトヴァーンとの連絡はついたか?」
「何度も発光信号を送っているのですが……未だ、反応有りません!」
「……ロトヴァーンは何故応答せんのかっ!!!」
「陛下、発光信号用機材が故障している可能性もございます。もしくは目視確認していない可能性も御座います。今一度、ロトヴァーンめに発光信号を送りますので、今少しお待ち下さい!」
「ううむ……引き続き、ロトヴァーンとの連絡を確保せよ。」
ロトヴァーンの艦砲射撃によって息を吹き返した帝国陸軍第一軍であったが、ザムセン沖に居るロトヴァーン艦隊は帝国軍司令部からの発光信号に全く反応しなかった。何度も帝国軍司令部からの信号を黙殺したロトヴァーンの意図は勿論、指示命令がアルスフェルト伯爵の反帝国組織から出ている為だ。だが帝国軍は第三勢力たる反帝国組織には全く気が付いていなかった。
だが、反帝国組織はムルソー港で装備を整えた5千の兵力を乗せた上でロトヴァーンの第二艦隊と合流を果たしていた。そして帝都ザムセン港にはザムセンに潜む反帝国組織の為の武器弾薬を乗せた偽装輸送船が入港し、既にザムセンの倉庫にそれらの武器弾薬を収めていたのだ。その倉庫にトラックが積込みの為に横付けしていた。倉庫の前の歩哨の兵士には予め皇帝側から作業の邪魔にならない様に要請していたが、物珍しさから作業指示をするグラーフェン中佐に話しかけてきた。
「なんか、大仰な荷物ですね、これ。ニッポンからの荷物ですか?」
「ああ、ニッポンからなのだが、私も中身は知らないのだよ。所で、君はどこの所属かな?私は海軍所属のグラーフェン中佐と言う。君は?」
「! こ、これは大変失礼致しました。私は、第一軍第三歩兵師団所属のリウドルフ二等兵であります。」
「そうか、リウドルフ二等兵。訳の分からん物に興味を持つのは危険だと思うよ。特にこれは皇帝陛下が直々に命令して、輸送を行おうとする類の物だ。君は君の任務に専念した方が良いと思うがね。」
「はい、申し訳ありませんでした。リウドルフ二等兵任務に戻ります!」
リウドルフ二等兵が倉庫の入り口に戻ってゆくのを確認し、グラーフェン中佐はトラックの運転をしていた西山に話しかけた。
「ニシヤマさん、このトラックに全て積み込んで指定の場所に運ぶ、という事で宜しいですね?」
「そうです、グラーフェン中佐。ただ結構量があるので多少人数が必要でしょう。フォークリフトがあると楽なんですが、生憎ここにはすぐに持ってこれそうにありません。積込みと積み下ろし用の人数は大丈夫ですか?」
「大丈夫です、ここの作業員でこちらの息がかかった者達を集めてます。」
「助かります。いずれにせよ一回では運びきれないので数回往復する必要があります。その間に露見しないように注意して下さい。それと指定の場所には誰が居ますか?」
「指定の場所を指揮しているのはアルスフェルト伯爵ですが、表立っては配下のテイルマンという者です。指定場所は商店の裏口になっていまして、そこに黄色い布を左手に巻きつけています。商店の搬入口を利用して、そこに武器を持ち込む算段になってます。」
「分かりました、それでは先ず積込みを急ぎましょう、グラーフェン中佐。」
トラックは大量の武器弾薬とグラーフェン中佐を乗せ、指定場所の商店に向かっていった。ちょうどその頃、反帝国組織が利用している日本の倉庫から程近い場所にある軍武器庫周辺には、レティシア大隊が潜入を行っていたのだ。武器庫周辺は流石に警戒が厳しい為、大きく迂回し侵入路を探っていたマイヤー中尉以下15名の先遣隊は、比較的警戒が緩い場所として日本の倉庫に目を付けたのだ。マイヤー中尉の目的は、帝国第一軍の弾薬庫に侵入し騒ぎを起こす事だった。
マイヤー中尉はフェンスで囲まれた軍の弾薬庫の裏手にある日本の倉庫を利用して上から侵入して攪乱を行おうと画策していた。だが、その日本の倉庫を遠目から見るだけれは分からなかったが、近くでみると日本の国旗と国章が倉庫入口に付けてあり、しかも何やら内部には何人もの気配がする。そして表には帝国軍の歩哨が二人程立っていた。
「やばいな。この倉庫はニッポンの倉庫ではないか。歩哨は良いとしてもな…」
「このニッポンの倉庫から弾薬庫に侵入するのが一番遣り易いんですが、どうしたモンでしょうかね、中尉。」
「そうなんだがニッポンとは関わり合いには成りたくないな。バレずに倉庫の上に行く事は可能か、ヨーゼフ軍曹?」
「どうでしょうかね。上がってみないと分からんのですが、倉庫の中に人が居るなら気が付くかもしれんでしょうな。」
「だろうな。かといって他の場所を探す時間も無い。あまり気が進まんが、全員ニッポンの倉庫から上がって弾薬庫に侵入するぞ!」
こうしてマイヤー中尉以下15名は、日本の倉庫を守る歩哨に見つからずにスルスルと倉庫の上に登っていったが、倉庫の中に居る運搬を担当していた10名程の港作業員は、当然に屋根の上に上がられた事に気が付いた。
「おい、何か上から物音がしないか?」
「海鳥か何かじゃないのか?」
「分からん。だが、ここに銃器があるのがバレると一大事だ。一応、上に確認してくる。」
「おい、一人で行くな。誰か一緒に行け。」
10名の港作業員は全員ガルディシア人で構成されていた。その為、上を覗いた瞬間に今倉庫の上に何が乗っているかを直ぐに確認する事が出来た。慌てて倉庫の中に戻り、全作業員に上で見たものを伝えた。
「おい、上に居るの反乱軍だぞ! どうする?」
「どうするって……こちらに何もしなければ流石にニッポンの持ち物に手は出すまい?」
「一応武器弾薬は揃っている。奴らを攻撃する事も出来るんじゃないか?」
「お前、正気か!?ここに撃ち込まれたら下手すると大爆発だ。ここで交戦なんて絶対にするな!」
「そ、そうか……だけど連中がこっちを攻撃してきたらどうするんだ?」
「どうにもならん。連中がこっちを攻撃してこない事を祈ろう。」
マイヤー中尉にとって幸いな事に倉庫の作業員達は、上の反乱軍兵士達に気が付かないフリをした。全員が倉庫の中に隠れている間に、マイヤー中尉と15人の兵は帝国軍弾薬庫の裏手に侵入した。