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ガルディシア帝国の興亡  作者: 酒精四十度
【第四章 ガルディシア落日編】
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70.押し返す帝国軍

小康状態だったザムセンの第二防衛線は双方の歩兵勢力による急激な浸透で再び戦闘が始まった。但し帝国軍側は左翼を、そして反乱軍側は右翼に浸透を行った。だが、反乱軍側の浸透は予め砲艦隊による準備砲撃によって防衛線を麻痺させた上で歩兵を前進させるという前回の防衛線の焼き直しだったが、砲艦隊による砲撃が始まった時点で帝国陸軍の中央を守備する砲兵大隊によって、射撃位置を特定された挙句に散々に撃ち捲られ多大な被害が出た砲艦隊は早々に後退した。


帝国軍が突進した左翼は、反乱軍が右翼への突進を企画して兵力を集中していた為に守備部隊を薄く配置していてだけだった事から容易に浸透出来ただけでは無く、反乱軍が右翼に突入しようとする体勢の側面を直撃した。そして砲艦隊からの脅威が無くなった第一歩兵師団と第三歩兵師団は右翼に対して前進を開始した。つまり、反乱軍第8歩兵師団に対し、正面に帝国軍第一・第三歩兵師団、そして左側面に第二歩兵師団が回り込み半包囲が完成したのである。だが浸透を許した左翼側はハルメル中将が砲艦隊から降ろして持ち込んだ臼砲5門の射程内だった。


「予定通り左翼を第二歩兵師団が制圧しましたが、敵臼砲の攻撃を受けております!」


「ちっ、臼砲か。ならば2km以内に砲兵陣地がある筈だ。第二歩兵師団で圧力を掛けて砲兵陣地を叩け。それと中央の砲兵陣地からその臼砲は叩けんのか!?」


「敵の臼砲陣地は遮蔽されて目視確認出来ません!」


「或る程度の犠牲はやむを得んか。ならば第二歩兵師団は現在位置を死守! 右翼を前進させ、反乱軍を後退させよ!」


「右翼が前進すると敵臼砲の射程に入りますが?」


「織り込み済みだ。右翼の前進は第三歩兵師団にやらせろ。」


帝国陸軍第一軍司令ルックナー中将は、それほど連続射撃が効かない臼砲を脅威だとは認識していなかった。だが、遮蔽物の無い平野で直上から降ってくる臼砲は第二歩兵師団にとって相当の脅威だったのだ。第二歩兵師団は、ザムセン東の第一防衛線に達したが、そこから臼砲の砲撃を受けて進軍は停止し、敵第八歩兵師団への側面攻撃も覚束ない状況に陥っていた。だがこの第二歩兵師団の窮地を救ったのは、海からの艦砲射撃だった。


「ロトヴァーンの第二艦隊出現! 戦艦グロースヴァイル発砲!!」


「なっ、なんだと!! ハイントホフめ!役に立たぬ奴だ!!」


「閣下、お下がり下さい!! あの戦艦はこの砲兵陣地を狙っております!!」


陸に上げた臼砲は、移動にも甚大な労力がかかる。既に敵の戦艦から狙われてはいたが、もしこの砲がそのまま敵軍に渡ってしまっては逆にこちらが大被害を被るのは自明の理だった。


「仕方が無い。砲兵陣地を放棄、臼砲は全て爆破して後退!第八歩兵師団リンベルク少将に伝令。可及的速やかに後退せよ。この海岸から後退せんと、我々はここで磨り潰されるぞ!!」


ハルメル中将は直ぐに砲兵陣地を放棄して第八歩兵師団に後退を命じた。

一方、臼砲からの砲撃が無くなった第二歩兵師団のヒアツィントは、この機に乗じて一気に兵を前進させた。それは反乱軍第八歩兵師団の側面深く切り込んだ上で前後に分断し、第八歩兵師団先鋒を完全に包囲した。退路を失った第八歩兵師団先鋒の戦力は、ほぼ一個旅団規模であり海岸を背に約4000の兵が帝国第一軍に包囲された状況となった。


先端を切り落とされ、孤立した反乱軍第八歩兵師団所属の先鋒を任されていた第30歩兵連隊がほぼ丸々包囲された。この集団先端部分に第30歩兵連隊があり、その後方に第31歩兵連隊、そして側面を切り込まれて分断された第142歩兵大隊の一部があった。包囲下の4000の兵の内で攻撃の先鋒であった第30歩兵連隊長ディーター大佐は、自分達が完全に包囲され退路が断たれた上に海岸で砲撃を支援していた砲艦隊の姿もどこにも見えず、明らかに絶望的環境にある事を理解した。その上で沖合にはロトヴァーンの艦隊の姿も見え、臼砲がある辺りを艦砲射撃している。後方には帝国第二歩兵師団、前面及び側面には第一歩兵師団と第三歩兵師団も見える。


「ディーター大佐、完全に退路を断たれました。」


「そんな事は言われんでも分かっとる。ここに包囲されたのは我々第30歩兵連隊以外は1個連隊か。相手は三個師団だ。これに包囲されたならば抵抗も無意味だろう。さてどうしたもんかな。他の連隊は第31だな?」


「左様に。それと第142歩兵大隊の一部も含まれています。」


「仕方が無い。おい、前面の第一歩兵師団ファルマー少将宛に軍使を送れ。我に降伏の用意あり、とな。」


「大佐……その、大丈夫ですか?」


「相手は三個師団だぞ。何をしてももう無理だ。包囲突破出来ん。あの沖合の艦砲射撃で完全に分断され、後方は後退を始めている。支援の砲撃も無い。ファルマー少将への投降になら悪い事にはならんだろう。」


「いえ、その……友軍の第31歩兵連隊のエッカルト中佐殿は?」


「あー…あいつは確かにヤバいな。やけになって無謀な事をやり始めねば良いが…どれ、エッカルト中佐を呼んで来てくれ。」


そして包囲下でディーター大佐とエッカルト中佐は互いの状況を確認し合った上で、互いに違う結論に達していた。


「降伏だと?!軍人の風上にも置けぬ! ディーター大佐、軍人としての矜持をどこに捨ててきた!」


「待て、エッカルト中佐。冷静になって考えろ。我々は二個連隊程度の戦力だ。しかも三個師団に完全包囲されている。沖にはロトヴァーンの艦隊がやって来て、こちらを砲撃するだろう。どこに勝ち目や逃げ道があるんだ?」


「数の上ではそうかもしれん。だが我々が全ての戦力を集結し、一点突破を成せばこの包囲も崩れるに違いない。それに我々は帝国に弓引いた反乱軍だ。大人しく降伏なんぞ受け入れられる訳など無い!」


「まあ、そこは賭けだがな。幸いな事に正面を守るファルマー少将とは少々縁があってな。俺が降伏を申し立てれば無碍な事はしないだろうよ。それに互いの兵が無駄に死ななくて済むだろうしな。」


「何を馬鹿な事を。このまま降伏するようなら…大佐、貴方を軍規違反で逮捕する。おい、憲兵入れ!」


「ちょっと待て、エッカルト!話を聞け!」


「貴様の話を聞く耳など持たない。憲兵、ディーター大佐を逮捕しろ。容疑は敵への内通を画策した罪だ。」


「お前はこの絶望的な状況が分からんのか!全員死ぬぞ、こんな所で!!まるで意味が無いではないか!直ぐに降伏せんと、意味無く全滅するのは必至なのだぞ!」


「もう良い。憲兵、そのまま拘束していろ。」


憲兵達はエッカルト中佐の指示に従いディーター大佐を拘束したものの、大佐の発言から状況を薄っすらと理解した。包囲下にある我々には援軍も期待出来ない。包囲する敵は強大で、抵抗は無意味だ。にも関わらず、エッカルト中佐は溢れんばかりの戦意を以て、この難局に抗おうとしている。だが、大佐は降伏して皆を生かそうとしている。憲兵達の中にも迷いが見えた瞬間、エッカルト中佐はディーター大佐に向かって発砲し、ディーター大佐は何故という表情が張り付いたまま即死した。


「これ以上世迷い事は沢山だ。我々は全戦力を以って包囲を突破する! 海岸に沿って後方の味方と連結を果たすぞ。」


だが、既に味方本隊と包囲された第30、第31歩兵連隊との双方の距離は既に絶望的に開いていたのだ。艦砲射撃を受け後退を指示された反乱軍第八歩兵師団の側面に切り込んだ帝国軍第二歩兵師団によって、完全に分断された第八歩兵師団後衛は直ぐに後退命令に従った。第二歩兵師団は無理やりに割り込んだ間隙を押し広げ、更には後退する第八歩兵師団の追撃を行った。結果として第二歩兵師団はこの間隙を2kmまで広げた。この2kmが第30及び第31歩兵連隊が突破すべき包囲の壁なのである。


そしてエッカルト中佐の鼓舞も虚しく敵中包囲網突破を企画した第30と第31歩兵連隊は、第二歩兵師団によって2kmの厚みを持つ壁をこじ開けられず、後方から迫り来た第三歩兵師団によって完膚なきまでに殲滅された。これにより、再びザムセン東の第一防衛線まで帝国第一軍は戦線を押し戻し、更には東方都市ヴァントに後退を続ける反乱軍を捕捉し、追撃戦の様相を呈してきたのだ。そしてこの結果報告に気を良くした皇帝ドラクスルの元に、ロトヴァーン艦隊応答せずの報告が入ったのは間もない事だった。

誤字脱字報告ありがとうございます。

提案等もありまして、大変助かっております。

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