68.向かう者、残す者
深い森の中での闘いは未だ続いていた。
反乱軍レティシア大隊の第四中隊は、第三勢力であるエウグスト解放軍のストルツ少尉率いる狙撃部隊とベール中尉率いる遊撃隊に挟まれ孤立した状態だったが、遂にこの半包囲からの脱出に成功し、第二小隊先鋒との接触した。だが払った代償も大きく、第四中隊の戦力を大幅に損失し、しかも第四中隊長リンデマン大尉も脱出の際に狙撃を受け、行動不能となっていた。
「リンデマン大尉!! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ、だが動けん。足をやられた。第二中隊はどんな状況だ?」
「今、ギュンター中尉を呼んできます!」
第二中隊長ギュンターを呼びに行っている間に、リンデマンは自分の状態を再確認した。現状では命に別状は無い。弾は突き抜けたらしく反対側にも穴が空いている。衛生兵が即座に治療に入ったおかげで止血も出来たが、これは動けない。どうやら俺も此処までのようだ。丘の上で兵を選別して後退したが、次は俺の番だな……
「リンデマン大尉! 撃たれたのか? 衛生兵、どんな状況だ?」
「おう、ギュンター。命に別状は無いが動けん。お前さんに頼みがある。第四中隊を援護してくれ。」
「それは構わんが、一体どういう状況だった?」
「この先の丘に狙撃兵が潜んでいた。そこに向かって前進していたら側面から攻撃を受けた。そこで後退も出来ずに丘の手前で張り付けられていた。第二中隊に伝令を出した頃に、丘からの圧力が無くなったので後退したら、別の場所から再び狙撃を受けた。この狙撃場所は分からん。そして今度は右後方から攻撃を受けた。そこを無理やり突破してきたのだ。」
「そうか。我々はその側面の敵を攻撃していたのだが、全く捕捉出来なかったのだ。そして見失った辺りで貴官の第四中隊が攻撃を受けた、という事だな。」
「なるほど…では敵は狙撃と遊撃の二つの部隊に分けて攻撃しているのだな?しかもこいつらが常に連携しながら、我々のどれかの部隊を狙い撃ちしている訳だ。何人かそいつらをやったか?」
「いや……どうやら全く被害を与えていない様だ。」
「…ル・シュテルの軍と思ったが…我々は何を相手にしているのだ?」
「マイヤーとも話してたのだが、これはル・シュテルを装ったニッポン軍か、それともニッポン軍に鍛えられたエウグスト軍ではないかと結論した。どちらにしても我々に勝ち目は無い。」
「それは装備の面からか?」
「ああ、奴等の個人装備は一人で一体何人相手に出来るか分からん程の重装備だ。しかも、そんな連中が遥か空の上から降って来たんだぞ。どうやったら勝てる?」
「攻勢に出れば奴等の思う壷だな。そもそも我々は連中を全く捕捉出来ていないからな。ここは一つ、動かないというのも選択肢ではないか?防御陣地を作り、向かってくる連中を排除してゆくなら、見えん事もあるまい?」
「それも考えないでは無かったが、我々の目的はレティシア少佐との合流だ。ここで帝都ザムセンを急襲する戦力をすり減らしては全く意味が無いのだ。可能な限り、これ以上兵を減らさずにザムセンに向かわなければならない。」
「難しいな。連中が見逃してくれるとはとても思えん。」
「そこでだ。部隊を二つに分け、足の速い連中を纏めてザムセンに向かわせよう。そして残った方が、ここで彼等を援護するのだ。現状では彼我の戦力差は3倍程だろう。彼等と同じ人数がここに居るなら、見逃せないだろう。」
マイヤー中尉は、クルト中尉の言葉がずっと引っ掛かっていた。そうだ、我々の目的は兵を無事にザムセンまで送り届けレティシア少佐と合流する事なのだ。そう思っていたマイヤー中尉は、部隊全員は無理でも一部の兵はザムセンに向かわせる事を思考していた。
「なるほどな……それで行こう。どうせ俺は動けん。俺は残って援護に回る。ギュンターはどうした?」
「ああ、ギュンターもそろそろ来ると思う。俺の方から伝えておく。それでは第二中隊から足の早い奴を選抜しておこう。第四中隊の選抜は任せてよいな、リンデマン大尉?」
「ああ、任せろ。」
こうして森の中でレティシア大隊の生き残った面々を足の速さで選抜し、ザムセンに向かう部隊を抽出した。そして怪我を負った者や足の遅い者が全員、この森の中に残り防御陣地を作り始めた。当初防御陣地を構築している最中に、何度か散発な攻撃を受けたが、取り合えずの陣地を構築した頃にはすっかり攻撃は止んでいた。
だが、エウグスト解放軍は上空からこの動きを見ていたのだ。
そして部隊を二つに分け、ザムセンに向かう者達と防御陣地を作る者達がそれぞれ動き出した頃、ル・シュテル伯爵の作戦室ではレティシア大隊の目的を正確に察知していた。
「どうやらあの森の部隊、一部をザムセンに向けましたね。残ったのは負傷兵を含む人達ですか。あれはもう放置しても無害でしょう。ベール中尉の部隊をザムセンに移動中の部隊に向かって貰いましょう。」
「先程の小隊規模の部隊はどうします?」
「あれに追いつけますかねぇ…ザムセンに向けて移動中の部隊を対処した後で追い付けるようなら、ベール中尉に対処してもらいましょう。あの小隊の現在位置はどこですか?」
「あれ?マークしてたんですが…すいません、見失いました。」
「見失った辺りは……うーん、そこからはベール中尉も追い付けないかもしれませんね。一旦、それは保留にしましょう。もし再発見が出来た上でベール中尉の部隊が追い付けるようなら、という事で良いでしょうかね。」
「了解しました。ではベール中尉に移動中の部隊への追撃を指示します。」
「はい、それでお願いしますね。」
こうしてレティシア大隊から抽出したザムセン移動部隊の動向は全て把握されていたのだ。抽出した部隊は、ギュンター中尉とマイヤー中尉が取りまとめ、凡そ200人程を選抜して移動を開始した。そして残った100人程がリンデマン大尉の指揮の元、防御陣地を構築していたのだ。そしてこの防御陣地には一切の敵が現れず、リンデマン大尉が、既にこちらの意図を敵が察知した上で我々を放置したのだ、と判断したのは翌日の事だった。一方、ギュンター中尉とマイヤー中尉はザムセンに向かう途中で、再び戦闘に巻き込まれていた。
「くそっ、連中は連続射撃出来る銃を数発に絞って撃ってきているぞ!」
「止まるな!走り続けろ!!戦闘に巻き込まれるな!!移動し続けろ!!」
森の中のあちこちで"撃たれた!"という悲鳴が聞こえる。それでも全員は撃たれた者を放置してでも足を止めなかった。事前に選抜の際に、動けなくなった場合はその場に捨て置く、との取り決めがあり、それでも志願する者を選んでおいたのだが、実際に撃たれて動けなくなると事前の決意も皆揺らいだ。
「助けてくれ…置いて行かないでくれ…!」
「すまん、後で必ず来るからな!」
森の中で腹を撃たれて動けなくなった兵は、恐らく戻ってきた所で死んでいるだろう。だが、何かの声を掛けずには居られなかった。ザムセンに向かう200名の兵は、攻撃を受け始めてから1時間程で部隊の1/5の兵力を喪失した。
「不味いぞギュンター、被害が多すぎる!」
「敵の姿が見えん、銃の性能も良い、だが体力は同じだろう。逃げ続ければ何れ諦める!」
「その前にこっちが全滅しそうだぜ。」
「マイヤー、泣き言は言うな!走り続けろ!!」
反撃を諦めた二人の中尉と彼等の部下達は、森の中を全力で駆け続けた。