62.ザムセン手前80kmの苦闘
ザムセンの門では、レティシア少佐指揮による偽装工作が行われていた。門番兵は全て死んだ為、装備をはぎ取り彼等の恰好をしているだけだったが、この門を通る者も居なかった為、彼等の正体は露呈しなかった。
「本隊遅いな。そろそろ到着しても良い頃だが……」
「いや、俺達がここに着くのが早過ぎただけだろ。明日中には到着するだろうよ。山の中を突っ切って来るから、もう少しかかるかもな。」
「だと良いがな。…まぁ、第一軍の連中も余計な所に回す戦力も無いか。」
「そうそう、皆ザムセン東方に集中している筈だ。ここだって要塞化したと聞いていたが、結局守備兵も30人そこそこしか居なかったし、恐らく大部分が東側に兵力を集めているんだろ。」
「そうかもしれんな。取り合えずここで待つしか無いか。」
彼等レティシア少佐の先遣隊がザムセンの門で待機している間、レティシア大隊は80kmの彼方でエウグスト解放軍のレイヤー部隊との戦闘に巻き込まれていた。人数の上では勝っているが、彼等は目に見える物が全てであるのに対し、レイヤー部隊は上空からの探知によって、彼等レティシア大隊の動きは丸見えだったのだ。
ストルツ少尉の狙撃部隊とベール中尉の遊撃隊に挟まれ身動きの取れなくなったリンデマン大尉の第四中隊は、それでも幾人かは後方に逃れ、ギュンター中尉の第二中隊と合流した。だが、未だ釘付けになっている第四中隊の一部には中隊長のリンデマン大尉も含まれている。ギュンター中尉は状況を確認すると、直ぐに第三中隊のマイヤー中尉を呼び寄せた。
「マイヤー、状況はこうだ。この地点周辺に狙撃兵が潜んでいる。恐らくこの小高い丘の部分だろう。そしてその側面には別動隊がいる。別動隊は連射の効く銃を数発づつ発射して牽制をしている。リンデマン大尉は狙撃兵への攻撃を行おうと一直線にこの丘に向かって直進し、側面からの攻撃を受けて釘付けにされている。狙撃兵は周囲を見渡す様な位置に居る為、俺達の動きは丸わかりなんだろう。」
「ふむ、そうだな。だとすると、この遊撃隊を囲んで殲滅した後で、丘の掃討を行おう。第四中隊の攻撃に集中しているなら、今居る場所だと……更に3時の方向に回り込んで連中の側面を攻撃しよう。だが、悟られると不味い。一部は第四中隊の救援の構えを見せて奴等こそを今の場所に釘付けにする。」
「やるなマイヤー、その手で行こう。どっちが回る?」
「俺の部隊が回り込む。ギュンター、お前は第四の救援を頼む。」
「了解だ、よし第二中隊は第四救援に向かうぞ。但し、深入りするなよ。」
「そういえば、第一中隊の例のあいつはどうした?」
「ザムセンの門に向かったよ。そもそも命令と違うとさ。」
「お前いいのか、それで?」
「いいんだよ。何がブランザックの英雄だ、クソ喰らえだ。よし、この話は終わりだ、終わり。動くぞ!」
腑に落ちない表情のマイヤー中尉だったが、そもそも第一中隊とは言っても戦力的には小隊規模しか無い。その程度が抜けても大勢に影響は無いだろうと考えたマイヤーは直ぐに前面に居るであろう敵遊撃部隊へと意識を向けた。その頃、本隊から外れたクルト中尉以下40名程の第一中隊は、深い森を一直線にザムセンの門に向かって行進していた。
「クルト中尉、本当に良かったんですか?」
「んん? 君達もあのまま第四中隊救援に行きたかったのか?」
「いえ、そういう訳では。先ほど仰られた我々の目的と言うのも納得は出来ますし。」
「彼等も生きていれば俺が言った事を理解出来るだろうさ。」
「…生きていれば?」
「恐らく空から降りてきたエウグスト人部隊というのは、レティシア少佐から聞いているニッポンで鍛えられ、ニッポン式の装備で固めたエウグスト人部隊だろう。彼等の装備は異様だ。我々には無い技術と知恵で固めた先進装備だ。話に聞くだけでも対抗なんぞ出来ない上に、空から降りてくるとかどこの神話の話だ。」
「いや、確かに…ちなみに連中の装備で判明している物ってどんなモノですか?」
「そうだな…非常に近距離で猛烈な発光と異常な音を発する手榴弾がある。これを間近で浴びると数秒間行動不能となるそうだ。レティシア少佐はこれにやられて捕まったらしい。それと超長射程の銃、銃から発射される手榴弾、携帯する砲。携帯装備とは別の非常に威力の高い連射銃、それと部隊間の間で行える通信機。それらは皆、個人の装備品だ。」
「え?一体、その…一人の兵が持つ火力ってどれ程になるんですか?」
「正直想像もつかん。俺はレティシア少佐の話を聞いて、何を馬鹿なと思っていたが、ニッポンの基地見学で殆どの実物を見た。あんな連中を相手にしたら命が幾つあっても足りない。彼等もアレを見ている筈なんだがな。で、エウグスト人の部隊はそのニッポン人と同じ装備をしているのだ。」
「そんな連中を相手に他の中隊全員が立ち向かったって、それは無理なのでは無いですか…?」
「そうだ。だからこそ第四中隊が稼いでくれた貴重な時間を利用して前進をするならば、と思ったんだがな。彼等は目的よりも大切な物があるらしい。さぁ、無駄話は止めて先を急ごう。少佐が待っている。」
「了解です。」
その頃、レティシア大隊の第二中隊と第三中隊は思いもよらない苦境に陥っていた。クルト中尉に言わせるならば当然の帰結だったのだが、相手の戦力を正確に見積もれないままに突っ込んでいったのだ。相手の姿も見えないままにこちらは正確に撃たれ続けている。しかも敵遊撃隊が何時までも捕捉出来ない。捕らえたと思った瞬間には既に移動してもぬけの空だ。
「一体全体、やつらはどこに居るんだ!!」
どこかには居る。それは確かだ。何故ならば俺達への攻撃が続いている。…だが、これだけの時間が掛かっていて全く敵の姿を見かける事も無く一方的にこちらを攻撃する事が可能なのか? 俺の判断は間違っていたのか。こいつは相手にしてはいけない連中なのか? こんなヤバいとは思わなかった。ここまで振り回されて、既にここから抜け出る事も出来ない。先程はギュンターに乗ったが、クルトが言っていた事を思い出し、マイヤー中尉は後悔し始めていた。