56.山頂砲兵対海上砲艦の戦い
ザムセン東方の半島、第一艦隊が係留する海軍基地後背には小高い山がある。ここは以前ザムセンでの皇帝誘拐を目論んだエウグストのコマンドが山頂から海兵に対する攻撃を行う為に陣地構築した場所である。そして今、ザムセンの第一軍第一歩兵師団配下の第二砲兵大隊が山頂で砲兵陣地を構築していた。完全に街道に対して銃の射程外から打ち下ろしが可能な為、ヴァントから出撃した反乱軍は射程外から遠巻きに見ているだけの膠着状態となっていた。この砲兵大隊のすぐ近くにはイエネッケ少将旗下の第三歩兵師団残余6,000の兵力が砲兵陣地を守っている。皇帝ドラクスルの判断により配備された第三歩兵師団であったが、イエネッケの目から見ても反乱軍が突破する可能性は皆無に見えた。
「ヴァイクス少佐。偵察兵からの報告ですが、奴等完全に引っ込んだ様です。」
「ふむ……奴等は帝国に反旗を翻したのだ。決して許される事は無い事を奴等自身が知っている。それゆえに必ずどこかで攻撃に転じる筈だ。我々はその瞬間に奴等の目的を挫くのだ。絶え間なく偵察を行え。その瞬間を察知せよ。」
「了解です。ですが、ここから撃たれたら反乱軍の連中は逃げ場が無い上に、ここは半島の山頂だけに海側からしか侵入出来ません。そこには第三歩兵師団も配置された事ですし、守備も万全。はやい所、連中無理を悟って降伏してくれりゃ無駄弾撃たなくても良いんですがね。」
「確かにな。ともあれ引き続き警戒を怠るなよ。」
ヴァイクス少佐の砲兵は、今回の戦い序盤の要だった。反乱軍の侵入路である街道を見下ろす場所に砲兵を配置した。しかも砲兵陣地は山の上であり、敵兵の侵入ルートが限られている。迂回して侵入可能な場所は海からの上陸しか無く、しかもそこには第三歩兵師団が配備されていおり、相当な戦力を持ち込まなければ上陸は無理だ。つまりは反乱軍がザムセンに入る為にはヴァイクス少佐の砲兵を突破しなければならない。だが、砲兵陣地の足元には第一歩兵師団が構築した防衛ラインがある。守りは完璧な筈だった。
だが完璧な筈の鉄壁は、側面の海からの一撃で崩された。
「一体何事だ! どこからの砲撃を受けているっ?!」
「う、海です!海からの攻撃!! 敵の砲艦が砲撃しながら接近中!!」
「なんだと!! 5番から12番迄の砲を海側に向けろ! 敵砲艦に反撃!!」
野戦砲を正面の街道から急いで砲艦が集まる側面の海に向け直そうとするが、その作業をしている間にも絶え間なく砲艦の攻撃が続く。しかも砲艦は確認出来ただけでも10隻も居る。山頂付近の砲は未だ直撃を受けては居ないものの、砲を操作する兵に若干の犠牲が出始めていた。ヴァイクス少佐は多少の被害を無視してでも敵砲艦を無力化しない事には、この陣地は守れないと判断し、街道正面を見下ている砲2門を残し、全てを敵砲艦に向け直して反撃を開始した。
「敵の砲一門が沈黙!!」
「慌てるな、砲が死んだのか、扱う兵が死んだのかが不明だ!引き続き同座標に向けて連続射撃しろ!!」
「了解!!」
ネダー中佐率いる10隻の砲艦は決死の覚悟だった。
どうせ艦艇を出せば、ニッポン軍の攻撃に遭って直ぐに撃沈する。誰もがそう思っていた。それ程までにガルディシア海軍には、デール海峡での最新鋭戦艦喪失の件が響き渡っていたのだ。だが、ネダー中佐の覚悟とは裏腹に、日本軍はやって来なかった。ネダー中佐は、どうせ"来ない"と安心した瞬間には死んでいるものと腹を括っていた。それが故に日本軍が来ても来なくても、限界ギリギリまで山頂の敵砲兵陣地を撃ち続ける覚悟だったのだ。
「……中佐、ニッポン軍は来ませんね。」
「来ないな。だが次の瞬間に我々は撃沈されておるかもしれん。その瞬間までは撃ち続けるぞ。それと臼砲降ろした砲艦を山麓の歩兵部隊に向けよ。あの歩兵達を射撃しろ。」
「了解!」
だが、ネダー中佐の覚悟とは裏腹に日本軍は来なかった。
それもその筈で、日本軍が反乱軍を沈めに来るという事はドラクスルのブラフだったのだ。それを知らない反乱軍のネダー中佐は、沈められる事前提で帝国軍の山頂砲兵陣地を潰しに来たのだ。その為、沈められるその直前まで撃ち続ける覚悟のネダー中佐率いる砲艦部隊は、山頂の砲兵陣地をほぼ壊滅状態にまで追い込んだ。
「ヴァイクス少佐!!引いて下さい、ここはもう駄目です!!」
「馬鹿者!!我々砲兵が引いたら、正面から反乱軍が押し寄せてくるぞ。奴等をこの正面の領域に押し留め、殲滅するのが我々の任務だ。最後の一兵までここで射撃を続けろ!!」
「ですが…ですが、もう操作する兵が殆ど居りません!」
ヴァイクスは、砲艦に向けた砲を操作していた。元々その砲を動かしていた兵は砲艦の臼砲により吹き飛んでいた。代りに操作したヴァイクスの砲撃はたまたま敵の砲艦一隻に直撃して戦線離脱をさせたが、残りは9隻も居る上に断続的砲撃は止まらない。ヴァイクスが辺りを見渡すと、自分を含めて生き残りの兵は僅かしか残っておらず、12門あった山頂の砲は既に正面を向いた1門、そして海に向けた2門しか残っては居なかった。
「兵が殆ど居らんのは仕方が無い。今直ぐ搔き集めて来い、キュヒラー中尉。今直ぐだ!この陣地は死守だ。そして我々が砲撃を行わんと、第一軍が死ぬ。分かったな。」
この時、街道の反乱軍は山頂砲兵陣地の射程外から様子見をしていた。だが、山頂に立ち昇る炎と煙を見てゆるゆると探るように前進を開始した。山頂の砲は既に街道に向けた砲は1門しか残っては居なかった。この1門を使い、ヴァイクスは殆ど人が居ない砲兵陣地で街道に殺到する反乱軍に対し射撃を開始し、街道上に着弾し飛び散った反乱軍兵士を確認した。これを続ければ、反乱軍など恐るるに足らんわ! 早く代りの兵を寄越せ、早く敵に砲弾を浴びせろ!早く! ヴァイクス少佐は力の限り、正面の街道に向けて射撃を続けた。兵さえ戻れば、街道の敵を排除出来るのだ。彼は最後の瞬間まで撃ち続けた。
「山頂の砲兵陣地の破壊に成功!! 全ての砲を排除しました!!」
「よし、引き上げた。運よく今迄ニッポン軍から撃たれなかったが、長居は無用だ。全艦撤収!!」
「了解です。……1隻やられましたね。」
「だが1隻だけだ。本当なら全部沈んでもおかしくは無いのだ。この幸運が続く事を祈ろう。」
ネダー中佐は満足してヴァント港に引き上げた。
そしてこのネダー中佐の冒険は、反乱軍に重大な転機を与えた。街道正面の山頂砲兵陣地が壊滅した事により、ザムセンへの防護扉が一部こじ開けられたのだ。この瞬間から、反乱軍は街道への前進を開始し、まずは第一歩兵師団が陣取る防衛ラインに接触し始めたのだった。
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