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ガルディシア帝国の興亡  作者: 酒精四十度
【第四章 ガルディシア落日編】
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55.ザムセンの防衛ライン

現在の帝国第一軍の構成はエウルレン南侵攻作戦時に比べ、ハイドカンプの騎兵師団は損害によって大幅に縮小し二個旅団規模の総兵力8,000程度となっていた。その理由は騎兵には馬が必要で、騎兵として育てるにもそれなりの期間が必要だった為、すぐに補充が効かないからだ。その為、ハイドカンプの騎兵師団は師団とは名乗っているが、全てを4つの連隊に集約した形で二個旅団として運用していた。しかも今回はザムセンの防衛戦である為、当面は出番が無い事から後方待機となった。


そしてルックナー中将の後任として第一歩兵師団にはファルマー少将が配属され、第一歩兵師団は秘密警察軍の補充を受け定数18,500を充足した。ヒアツィント少将の第二歩兵師団もまた秘密警察軍の補充により定数を充足していた。だが、イエネッケ少将の第三歩兵師団は前回の戦いから補充を受けておらず、1.5個旅団規模の6,000人となっていた。そして軍司令部直属で、ルックナー中将が直接指揮をする連射銃大隊が新設された。これが今や皇帝ドラクスルが率いる帝国陸軍の全てなのである。騎兵二個旅団、そして二個歩兵師団と1.5個歩兵旅団、総兵力5.1万少々。


「思ったように離反者が出ぬな。ザームセンめ、よく兵を教育しておる。」


「左様で。劣悪な環境に第一艦隊乗組員を拘束した上で、我が軍への編入とザームセンへの離反とを引き換えに交渉しましたが、一向に離反する者が出てきておりません。しかし、奴等めどういう教育を海兵達に施しているのか。」


「来ん者は仕方が無い。あの荒地に数日居ったら自分達が何れどうなるか奴等も想像が付くだろう。それよりもだ。偵察の結果を報告しろ、イエネッケ。」


「はい、陛下。反乱軍はヴァント西方の演習場に集結し、その後南下してきた第四軍の二個師団と合流、現在、ザムセンに続く街道上に兵力を展開しておりますが、こちらに侵攻する気配はありません。尚、艦艇から降ろしたと見られる臼砲数門を確認しております。」


「ふん、我が軍右翼の山頂砲兵陣地を狙う為であろう。もしくは構築した陣地を吹き飛ばす積もりか。」


「ですが、今回構築した防護陣地はあくまでも急ごしらえ。正面からの敵弾には耐えても直上から来る砲弾に耐えられる構造ではありません。これは厄介ですぞ、陛下。」


「ああ、それではその臼砲を撃たせぬようにすればよいのだ。臼砲であるならば射程も相当に短いのであろう。あの山頂に設置した砲兵陣地を狙い撃つには相当近寄らねばならん。そこまで近寄ればの話だ。臼砲の射撃に適した場所を集中的に攻撃が可能な陣営を整えろ。それと砲撃陣地後背に第三歩兵師団を配備しろ。恐らく砲兵陣地を叩きに半島裏側の海から上陸して来る兵力があるだろう。それの備えとせよ。」


「承知致しました。例の連射銃大隊は如何いたしますか?」


「あれはこちらの切り札だ。ここぞの場合に投入する。左翼の第二歩兵師団後背に待機させよ。正面の第一歩兵師団は元々の兵を配置しておるな?」


「はい、ご命令通りエウルレン南侵攻作戦での生き残りを配備しております。」


「うむ、秘密警察軍は連中より精強だ。まず被害担当は生き残りの連中を使い潰して反乱軍の能力を探れ。反乱軍がそれで勢いづいて突進して来るようなら秘密警察軍中核の師団で排除せよ。我々は防衛側だ。余程の好機では無い限り打って出るな。定められた陣地を死守するように戦え。」


帝国第一軍は、ザムセン東側と海軍基地のある半島部分に防衛線を築いていた。ザムセン東側正面の街道部分は第一歩兵師団の生き残りを中核とした大隊が急ごしらえの防御陣地と塹壕に入り込み、街道を正面に捉えていた。塹壕はエウルレン南でエウグスト解放軍が作っていた物の有効性を目の当たりにした第一軍の生き残り将兵達が、全く同様の物を掘って作っていた。また、布袋に土を詰めた土嚢も同様に作って陣地前に積み重ねていた。


「ボルツ少佐、街道周辺の陣地は概ね積み終わりました。」


「おう、そのようだな、良くやった。こんな土を詰めただけの袋でこちらの攻撃をある程度無力化出来るなんぞ、経験しなきゃ分からんよな。」


「ええ、全く。今度は我々がこれを利用してやりましょう。しかし、今度の敵は反乱軍とはいえ同じガルディシア人が相手というのは全く気が滅入る話ですね。」


「ああ、気が滅入るといえばだ。お前気が付いたか、シェーファー中尉。ここに配備されたのはエウルレンの生き残りばかりだ。編入された元秘密警察軍の連中が一人も居ない。あいつら後方で予備兵力になってる。どうやら俺達第13大隊は捨て駒かもしれん。」


「ですが、この街道正面でこれだけ陣地を構えて、しかも兵力は大隊規模ですよ。負ける気がしませんね。」


「ああ、そういえばそうなんだがな。ま、俺達は右翼の砲兵陣地から打ち下ろされた反乱軍の生き残り達を街道正面で消耗させる事が目的だからな。そこを敵が突破してこなきゃ俺達の仕事も無いという事だ。上手く行けばな。」


「大丈夫ですよ、少佐殿。きっと上手く行きますよ。」


ボルツ少佐はシェーファー中尉程気楽には考えられなかった。

今回、上からは防衛陣地の死守を命じられている。担当する防衛線はかつてない程に狭い。狭い範囲を大隊で守るにあたり、ボルツ少佐はエウグスト解放軍の陣地構築を真似た。今やザムセン東の街道周辺の2kmは街道の両側に展開する第13歩兵大隊が塹壕を張り巡らせ、街道を進む者を蜂の巣にするべく塹壕の中で待機中だ。ただ、形だけ真似ても相応に効果を発揮する塹壕だったが、唯一射撃の集中によるキルゾーンの設置が出来なかった。これはボルツ少佐にその概念が無かったからだった。


最もボルツ少佐が気になっていたのは、この塹壕に配備された第13大隊には症状の軽重はあれ少なからずPTSDの症状を持っていた兵が配備されている事である。今の段階では然程問題が無いように見える。だが、彼らはいざ攻撃を受けた際には正常に戦えるのだろうか。それは始まってみないと分からない。一撃を入れられた瞬間に、頭を抱えて動けなくなる状況では、たとえ大隊規模で防衛線を張っていたとしても、防衛線として機能しないかもしれない。正直、陣地の構築をするだけした後で、後詰の元秘密警察軍である第4大隊と入れ替えて欲しかったが、それは叶わない。


こうして帝国軍が着々と迎撃準備を整えている間に、反乱軍もまた準備を進めていた。司令官ザームセン公爵の元にボーデン子爵が数名の部下を引き連れてやってきた。


「ボーデン、急に何事だ。」


「ザームセン公爵閣下。この者共は旧第六艦隊に所属していた海兵達であります。現在は第四艦隊に吸収されており、例の臼砲を砲艦から降ろす任務にヴァントに来た者達であります。」


「ああ、あれか。うむ、ご苦労だった。下がって良いぞ。」


「いえ、この者達から提案がありまして、是非閣下にこの提案を聞いて頂きたいのです。」


「……なんだ、言ってみろ。」


「はっ、自分は砲艦ネール艦長のネダー中佐であります。発言許可ありがとうございます。我々はヴォルンより砲艦10隻を率いて参りました。今回5門の臼砲を砲艦より降ろしておりますが、残り5問は未だ砲艦に搭載しております。我々がこの5門の臼砲を用いて、敵砲兵陣地の攻撃を行いたく思います。」


「許可出来ん。艦船はニッポン軍に見つかり次第、全て撃沈されるぞ。」


「元より覚悟の上です。本来、艦隊によって陣地を叩く作戦だった筈。それがニッポン軍の介入により海からの攻撃が不可能となってしまった事により、ザムセン攻略は非常に難しい物となりました。ですが、我々が砲艦によってニッポン軍に撃沈される前に敵の砲兵陣地を落とせば、我々に有利に展開する筈です。どうか閣下の許可を頂きたく。」


ザームセンは考えていた。

そうだ、ニッポンの連中は港を監視していると言っておったが、それはザムセン軍港の第一艦隊の事だろう。ヴォルンから来た砲艦までは監視の対象となっては居らぬだろう。その砲艦がニッポン軍に撃沈されるまでにはどこまで砲撃が可能だろうか。そして仮に砲艦が砲兵陣地への攻撃が成功するならば、ザムセンへの道は一気に広がるだろう。やる価値はある。


「そうか……死ぬかもしれんぞ。それでも構わんか?」


「勝利の為です。我々の犠牲で勝利が得られるのであれば。」


「良く言った、今回の作戦に加わる砲艦に乗り込む将兵達への保障は末代まで手厚くする事を約束する。直ちに砲兵陣地への攻撃を行え。」


「受け賜りました。直ちに出航致します!」


「成功を祈る、ネダー中佐。」


こうしてネダー中佐率いる10隻の砲艦は、砲兵陣地へと移動を開始した。

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