53.反乱軍、ヴァント軍港に
ザームセンは這う這うの体でドラクスルの元を去った。
だが、直ぐに彼本来の生気を取り戻し楽観的に考え直していた。どうせ現有戦力でもドラクスルの軍を圧倒している。それに艦隊から兵を陸に上げたならば、その差は更に広がるだろう。恐らくドラクスルは国家反逆の布告を出して、こちらの士気を挫いてくるだろう。だが、既に南下する師団も自らの艦隊の海兵達も教育済みであり脱落者など出る筈も無い。作戦の修正は艦隊砲撃が出来なくなった事だけだが、逆に言えば問題はそこだけだ。それに頼らずとも数で押せば良い。ザームセンは海軍司令部に戻ると直ちに艦隊に命令を出した。
「今直ぐ出航可能な高速の船はあるか!?」
「はっ!現在、駆逐艦グラムツォーが出港準備中です。」
「グラムツォーだな。艦長は誰か?」
「ヴァルモウ少佐です。」
「よし、ヴァルモウ少佐に伝令を出す。先行する艦船に追いつき出航した全艦艇をザムセン港に戻す様に伝えろ。可及的速やかに命令を遂行し、遂行次第自身も帰港せよ。行け。」
「了解しました。」
恐らく先行して出航した艦隊は外輪戦列艦の速度に合わせて移動中の筈だ。つまりはそれ程遠く迄は行っていない。ニッポン軍がどう動くかは不明だが、ザムセンの港に戻れば被害も発生しないだろう。さて、次はヴァントの海兵陸戦隊だ。ドラクスルがこちらの動きを掴んでいたならば、ヴァントの海兵に対して威力偵察位は行うだろう。
「伝令兵!他に誰か居るか?」
「はっ、お呼びでありますか?」
「よし貴様。ヴァントに急ぎ伝令を送る。第一軍奇襲の懸念あり、警戒せよ。以上だ、行け。」
後はドラクスルは何れザームセンを拘束に来るだろう。艦隊を引き上げさせる命令を出してしまえば、ドラクスルにとってザームセンは用済みなのだ。海軍基地に籠ってしまえば抵抗も可能だろうが、この海軍司令部のある基地は半島にあり、逃げ道が無い。海軍の艦艇が日本軍に監視されていると判明した今となっては、海への脱出は死出の旅だ。とするならば、袋小路の基地に居るよりは自らのヴァント方面に引いた方が良いだろう。
「ボーデン子爵、我々もヴァントに向かうぞ。ここは何れドラクスルの軍が反逆者の逮捕にやって来るだろう。ここで戦うには条件が悪すぎる。海軍司令部はシェーンハウンゼン准将に一任する。」
「なに? 一体どういう事ですか、ザームセン公爵?」
「奴等に全て露呈しておったわ。しかもドラクスルの奴め、ニッポンと結託しておる。ドラクスルの元に行った際にな、ザムセン攻撃の意図を見せれば我等の艦隊を全てニッポンが撃沈すると脅されたわ。例の二個師団の移動も海兵陸戦隊も全て知っておったわ。」
「なんですと!? では……では如何致します!?」
「如何も何もあるか。全て予定通りだ。ドラクスルを打倒する。それに変更は無い。一部変更となったのは、艦隊出撃の停止と、全艦隊乗組員は陸戦準備を行う、という事だ。」
「ですが…ですが、それでは支援攻撃用の砲が足りませんぞ!?」
「それもそうだな。ハルメルと協議せねばならん。ハルメルはどこだ?」
「ヴァントにて海兵訓練の指揮をしておりますが。」
「ふむ、何れヴァントに行かねば何も始まらんという事か。おい、シェーンハウンゼン准将を呼べ!」
「シェーンハウンゼン准将が参りました。」
「来たか、シェーンハウンゼン。貴公はこれより当該基地の司令代理となる。儂とボーデンはヴァントに行く。恐らく皇帝ドラクスルは我等を反逆者扱いにして捕縛の軍を差し向けるだろう。貴公はそれを消極的協力を行い時間を稼げ。その後、第一艦隊の全将兵を陸戦に転用せよ。第四軍の二個師団が到着次第、貴様等は海兵陸戦隊に編入する。良いな?」
「承りして御座います、公爵閣下。」
「うむ、任せたぞ。それでは我々は移動する。」
こうしてザームセン公爵とボーデン子爵は護衛を伴ってヴァントに移動した。果たしてドラクスルが派遣した完全武装した部隊司令官のブレーゼン大佐は一歩遅くザームセン公爵の捕縛には失敗したが、ドラクスルが発した命令はもう一つあったのだ。それは第一艦隊乗組員への命令だった。
「シェーンハウンゼン准将。あなたが基地司令代理となった事は理解しました。それでは基地司令代理として以下の命令を発令して下さい。第一艦隊乗組員全員は、全員下船した上で第一軍司令部に出頭せよ。以上です。」
「ブレーゼン大佐。我々も帝国の艦隊だ。当然命令には従うが、全乗組員となると少々時間が掛かる事をご了承頂きたい。宜しいか?」
「それは当然でしょう。ですが陛下の命令故に必ず遂行して頂きます。私が率いてきた二個中隊で下船と出頭の監視を行いますが、ご了承頂きます。」
「むぅ……致し方あるまい。」
シェーンハウンゼンは可能な限り時間稼ぎを行おうとしたが、監視の兵まで配備されては抵抗が出来ない。制圧も考えたが、派遣されてきた部隊の装備は見慣れない銃を装備しており、以前演習場で見た連射銃によく似ている事から、恐らくそのものか良く似た性能の銃だろうと判断した。つまり抵抗した場合は、相当被害が出るだろう事を想定し、ここは大人しく従った方が後々巻き返せるだろうと思ったのだ。
そして第一艦隊司令部と艦艇が置いてあるザムセン軍港と陸軍第一軍までの街道の間に長蛇の列が生まれた。海軍艦艇の凡そ2万の下船した乗組員達が陸軍第一軍まで出頭の為、行進したのだ。彼等は陸軍基地に到着次第、一時的に拘束され陸軍基地内の別の建物に一部が収容されたが、全員は収容し切れずに野外に粗悪なテントや簡易の雨避け施設を設置して、そこに収容されたのだった。そしてそこも全てが収容しきれる訳でも無く、最後の方に収容された者達は自らの衣服で夜露を凌いだ。
「ルックナー閣下、既に収容する場所も施設もありません!」
「既に資材も何も無い。必要な資材は全て防御陣地構築に回しておるのだ。適当に野営させよ。」
「ですが、敵では無く味方の艦隊乗員に対する仕打ちという事で、我が軍の士気が著しく低下しておりますが……」
「そちらの問題か。それは良い。どうせ反逆軍だ。それよりブレーゼンはどうした!?」
「ブレーゼン大佐は依然としてザムセン軍港の監視を継続中です。」
「海兵共はもう残っては居らんだろう。奴が指揮しておる二個中隊は連射銃大隊の中核だ。急ぎ引き戻させろ。代りの兵をイエネッケに相談して第一軍第三歩兵師団から抽出して送れ。」
「了解しました。」
ドラクスル側では第一艦隊艦艇に残っていた乗員を確保する事により、これ以上の反逆軍の増員を防ぎたかった。その為、ザームセン公爵捕縛を口実に第一艦隊に対しての皇帝令を発令していたのだ。そしてそれは凡そドラクスルの予想通りの結果が得られた。これでザームセンの軍には増援は無くなったと見て良いだろう。戦力はほぼ互角、地の利はこちら側にあり、連中には海軍の支援砲撃も無い。あとは強固な防御陣地を用意し、防衛に徹すれば勝てる戦いになる、そうドラクスルは判断した。