50.ドラクスルの決心
「タカダさん、予定通り帝国陸軍第四軍が東海岸線を南下し始めてます。」
「こちらも偵察機飛ばして確認していますよ、伯爵。ただ歩兵師団の動きが早いんですね。恐らく装備の類を別に運んでいる様です。」
「そういえばタカダさん。ゾルダーにも連絡をしておいたんですが、帝国第四軍反逆の動きはドラクスルには伝わっているんですかね?」
「そうですね、今の所ザムセンには動きは見られ無いので、確認中だと思いますよ。ゾルダーさんとは別に、こちらから確認の形で皇帝に情報を流しておきましょう。」
「そうですね。別々のルートから同じ情報が来たならば、皇帝も信じるでしょう。そういえばロアイアンの基地はどうなったんですか?」
「それがですね……収容した不審者達の対応で完全に基地が動けない状態になっているんですよ。帝国軍の狙いが基地の麻痺にあったのなら大成功という所ですね。早期の釈放なり何なりで基地機能を整えないと、不慮の事態には対処し辛い状況です。まぁ返した部隊を急遽再び呼び戻しているんですが、それでも全部が戻る迄は数日はかかるんですよね。」
「ああ、ニッポンに帰した部隊を戻すんですね!それは良かった。」
「もしエウルレンへの帝国軍の南下を心配しているのでしたら、マルソーの空自で対処しますので大丈夫ですよ。」
「そうなんですか? でもマルソーの空港にはニッポンの航空機は来ていない様ですが…」
「ああ、ええと今はそうですね…ロアイアンの第三軍駐屯地上空を回っています。恐らく、その後は第四軍の駐屯地上空を回った上で、マルソーに来る予定です。」
「ああ……それって領空侵犯って言うんですよね……?」
「いやぁ伯爵は難しい言葉をご存知ですねぇ。冗談はさておき、あとで帝国には公式に外交ルートを通じて謝罪を致しますよ。手違いでした、と。でも恐らく皇帝側はそれを受け入れる事になるでしょうね。第三軍と第四軍の駐屯基地上空を回る事によって、彼等は日本が何等かの介入をエウグストにしている事を匂わせているんですよ。もし、エウグストに何等かのアクションを起こせば、あの航空機による攻撃があるだろう、と。ま、実際はただ飛ばしているだけなんですけどね。」
「ふむ…成程。帝国軍の上空をあれが飛べば確かに脅しにはなりますね。タカダさん、えげつないですね。」
「ははは、いや照れるなぁ。それはそうと、マルソーにはもう暫くしたら来るので滑走路は開けて置いて下さいね。」」
「了解しました、直ぐに。」
そしてちょうどその頃に、ゾルダーからの報告を受けた皇帝ドラクスルはその情報の真偽について悩んでいた。ゾルダーからの報告では帝国陸軍第三軍と第四軍が反乱を起し、反帝国勢力として東海岸街道を南下しているという。その勢力は二個師団程度だが、弱った帝国陸軍第一軍では圧倒するまでには至らない。正直、二個師団と同等と言っても過言では無い程に、帝都ザムセンの守りは弱かった。その為、敵と目されるエウルレン方面に防衛線を構築していたのだ。だが、東海岸線の街道には全く備えは無い。海岸線街道に敵があれば海軍の軍艦を出撃するだけで、殲滅可能と長い間思われていたからだ。だが、それは敵だった場合だ。この南下しているという第三、第四軍の二個師団はザムセンの増援かもしれない。だが、連絡も無しにこれだけの兵力を態々移動させるだろうか?
その時、ドラクスルの元に二つの情報が入った。
一つにはザームセン公爵の第一艦隊が演習を行う為に、明日出航を予定しているという事。そしてもう一つにはニッポンの外務省が緊急の用件ですぐにザムセンまで訪れるという事だった。急ぎ、第一軍司令ルックナー少将を呼び出した上で、日本から来る使者との会合の際に、同席してもらう事とした。果たして日本からの使者は直ぐにUS-2でやって来たのだが、皇帝が心配しているような難癖ではなかった。
「すると、ニッポンはガルディシア帝国に対して敵意ある何かをしようとしているとか、何かを要求しようとしていうる訳では無いのですな?」
「ええ、そうです。今回我々は帝国領土へ航空自衛隊所属の航空機三機による上空侵犯への公式な謝罪の為に訪れました。マルソー空港に向かっていた筈が手違いでヴァント方面まで飛んでしまい、途中で地形確認の為、都市や基地上空で旋回をした事は、恐らくガルディシア帝国の臣民の方々に大変な苦痛を与えた事かと思います。大変申し訳ありませんでした。」
勿論、皇帝は自衛隊の戦闘機がロアイアンやヴァント上空を飛んでいた事も知らなかったし、その航空機の目的が帝国陸軍に恐怖を与える物であった事も分かろうはずが無かった。その為、額面通りに言葉を受け取っていた。
「ニカイドーさん。我々に実害が無いのであれば、もう気にしなくても宜しいですよ。いや、色々帝国もバタバタとしておりましてな。」
「なるほど、バタバタと。そういえば、帝国第四軍所属の二個歩兵師団が大陸東側の街道を南下しておりますな。これは何等かの軍事行動なのですかな?」
「まぁ、そうですな……」
「我々が小耳に挟んだ情報では、何やら大陸北方の陸軍が海軍と共同でザムセンで軍事行動を起こすという。ご存知でしたかな?」
ドラクスルは気が付いた。
そうだ、ニッポンの使者が来た本命の理由は、この情報を我々に届ける事だ。領空侵犯への謝罪だの何だのは表向きの理由に過ぎない。だが、その目的は何だ? もしや帝国軍同士が戦い、共に倒れる事を画策しているのか? それとも皇帝たる自分に情報を入れて貸しを作ろうという事か? 一体何が目的なんだ?
「ふむ、それはまた面白い情報だ。真偽は兎も角、我々は他国の介入を望まない。例え貴殿のいうザムセンで軍事行動云々が起きたとしても、それは我々帝国軍のみで対処が可能である。ここらでお引き取り願おうか。」
「陛下、宜しいのですか?」
「何がだ、ルックナー?」
「ここは一つ、ニッポン軍に協力を求めては?」
「馬鹿を申せ。仮に内乱でザムセンが攻められようとも。ルックナー、貴様の軍だけで対処が可能であろう。態々、内乱に大国を引き入れる者が居るか。後の世になんと言われるか分からん貴様ではあるまい。ああ、ニカイドーさん、情報を色々感謝する。我々は我々で十分に対処が可能だ。」
「分かりました、それでは我々はこれにて失礼致します。ああ、そうそう近々に通信インフラ復旧の為の人員を派遣しますね。こう何度も航空機でのやり取りは非常に問題がありますので。ではこれで失礼致します。」
「そうしてくれると有難い。では。」
こうして日本からの使者は戻っていった。
しかしこれでドラクスルは第三、第四軍の反乱は確実な物と判断した。そして皇帝即位からろくに顔を見せていない第一艦隊司令ザームセン公爵もまた、この時期に突然の演習で港を出る動きをしている事とも結び付いた。第一艦隊の全ての海兵は数万人のオーダーだが、海兵を陸戦力としてみた場合は、精々が2万人程度しか無い筈だ。これでは弱ったとは言え第一軍を破る事は出来ない。だが、その2万にこれから来る二個歩兵師団総兵力3.7万が加わった場合はどうなるのか? その戦力比は逆転する。その上、第一艦隊の数艦程度でも構築した陣地を海から砲撃された場合、幾ら数が優勢であっても、正面と側面から磨り潰される可能性が高い。
皇帝は、北方から来る二個師団が海兵と合流する前に、第一艦隊の海兵達を殲滅する事を決めた。




