48.休戦協定の軍使
エウグスト解放軍は大幅な組織改編を行った後に、マルソーの空港近くに大規模な陸軍基地を作り、そこに中央司令部を設置した。ここには3万人収容可能な兵舎群を作り、各種練習場や訓練の為の施設も作られたのだった。エウグスト解放軍の心臓部と言えるあらゆる兵力が集中した。そしてル・シュテル伯爵の尽力により日本から大量のトラックが送られ、それを元にガルディシア帝国には無い機械化歩兵大隊が作られた。今回、自衛隊のPKFロアイアン南基地に派遣された戦力は、この機械化歩兵大隊である。彼らがロアイアン南から引き上げた翌日に、エウルレン北の検問所に帝国陸軍の軍使がやってきた。
「伯爵、エウルレン北検問所に帝国陸軍が来ていますが、どうします?」
「北検問所に帝国陸軍?第三軍?それとも第四軍ですか?」
「分かりません、帝国陸軍とだけ名乗っています。交渉を求めているそうです。」
「交渉?ふーむ、なんだろうか。武装を解除してマルソーの基地に連れてきて下さい。」
エウルレン北検問所に派遣されたエウグスト解放軍のトラックは、交渉を求めてきた帝国陸軍第四軍の軍使の一行をトラックに乗せ、そのまま武装を解除した上でマルソー陸軍基地へと移送した。マルソー陸軍基地にある簡素な建物の中に案内された一行は、軍使のギュンター中尉のみを一室に案内し、その他の一行を別の部屋へと連れていった。ギュンター中尉が別室で待っていると、その部屋にル・シュテル伯爵と護衛の兵がやってきた。
「ようこそマルソーへ。ル・シュテルです。どういうご用件でしょうか?」
「ガルディシア帝国陸軍第四軍レティシア大隊所属のギュンター中尉です。本日はお会いして頂き感謝します。単刀直入に申し上げます。我々はエウグスト解放軍と休戦協定を結びたく思っております。こちらは我が第四軍司令ハルメル中将及び第三軍司令シュテッペン中将による休戦協定書となります。」
「それはまた急な話ですね。どちらにせよ我々とあなた方帝国軍の間にニッポン軍の平和維持活動部隊が居る限り、どちらも軍事的な行動は行えないと思いますが。」
「我々はニッポン駐屯軍存在の有無に関わらず、貴軍との休戦を求めております。」
「……それはどういう意味ですかな?」
「私に許される範囲でご説明致します。我々は、現帝国の体制打倒を目指しております。それには帝都ザムセンの占領と皇帝ドラクスルの捕縛を目標としております。ですが、それらを行うにあたり、我々はザムセン周辺への軍の移動が行えません。その理由はザムセンへの侵入路の一つ、エウルレン街道が貴軍の勢力下にある事、また一つに別の侵入路の一つティアーナ海岸線の街道もまた貴軍の勢力下にある事。それが故に我々の活動は制限されており、帝都ザムセンに対する軍事行動が行えません。一つ言える事は、現在貴軍に対して我々は敵対するつもりはありません。」
ル・シュテルはあまりに明け透けに話す帝国軍中尉に疑問を持っていた。彼が言いたい事はお前の領地の向こうに敵が居るから、領地通過を許可させろ、という事だ。この軍が通過を装ってエウグスト解放軍に襲い掛からない保障も無い。何を都合の良い事を言っているのか。それにこの話が仮に本当だとして、ザムセンのドラクスルが倒れた場合、エウグストは統一された敵軍を上下に抱える事になる。ゾルダーの情報では現状でドラクスルにニッポンと敵対する積もりは無いと聞いている。しかも防衛施設の強化は行っているが、ザムセンの外に出るような体制は整えていない。そう考えると現在の皇帝の方がエウグストにとっては御しやすい。ドラクスルが倒れるのは未だ時期尚早だ。
しかしこうも考えられる。帝都第一軍と第三・四軍が相打つなら帝国軍としての総兵力は確実に減る。もし本当に帝国第三・第四軍がザムセンの第一軍と事を構える積もりなら、領域通過を許可した上で彼らが相打つのを放置するのもエウグストにとっては利益となる。とするならば、領域通過を許可する場所を限定し、そこにこちらの兵力を貼り付けた上で彼等第三・第四軍を通過させるのは良い事かもしれん。……だが、こうも考えられる。第三・第四軍は敵を装って第一軍と合流し、ザムセン側の兵力を増大させた上でエウルレンを挟撃する積もりなのではないか?
ル・シュテルは解答が出せない。情報が足りなさすぎる。
もう少し、この中尉から情報を引き出さなければ…
「つまり何かな。君達帝国陸軍はドラクスルに反旗を翻そうとしている訳かな?」
「左様に。我々の現在の目的は現皇帝の打倒、それのみであります。」
「質問なのだが、移動する兵力の予定は? そしてそれはどこの経路を予定していますか?」
「移動を予定しているのは二個歩兵師団総兵力37,000、予定経路はティアーナを南下する東海岸線です。」
ここでル・シュテルは大陸北方に残る第三・第四軍の兵力総数を思い出していた。四個騎兵師団と四個歩兵師団併せて14万8千の兵力があった筈だ。その1/4の兵力を抽出して南のザムセンに送るとしても、北側には10万以上の戦力が残るのだ。こんな事を受ける馬鹿者は居ない。だとすれば、我々が喰い付く様な何等かの餌を撒いてくる筈だ。それは何だ?
「ふむ…つまりは東方都市ヴァントからザムセン後背に侵入するルートですか。して貴軍が我々に提供するメリットは何になりますかな? そして仮に約束を交わしたとして、担保するものは何になりますかな?」
「我々がご用意出来るのは、旧エウグスト領域迄の自治権の拡大です。」
「それは、元々あった物を元に戻す程度の事ですね。しかも自治権ですか。」
「いえ、仰りたい事は理解しております。ですが私に与えられた条件はこれしかありません。勿論、この条件以外にもご希望があれば仰って下さい。可能な限り希望の条件に合う形で休戦協定を結びたく思っております。少しお時間を頂く事になりますが。」
ル・シュテルは帝国第三・第四軍の連中はこれでエウグストが釣れると思っているのだろうか?と正直思ったが、冷静に考えてチャンスでもあると判断した。本当に単なる兵力移動と第一軍への攻撃が目的であれば、帝国軍の兵力を削ぐ事が出来るし、もしエウグストへの攻撃が目的ならティアーナの海岸線街道は移動中の兵への攻撃は容易だ。地の利から圧倒的に有利な状況で戦える上に、移動する兵力は二個師団だ。十分にエウグストの兵力で対抗可能なのだ。あとはゾルダーに第一軍の動きを確認した上で裏付けを取れば良いだろう。
「そうですね。即答は出来ないですね。が、少々お待ち頂けますか?」
そしてル・シュテルは退席し、ザムセンのゾルダーに連絡をした。
「ゾルダーさん、緊急に確認したい事があるんですよ。」
「伯爵、久しぶりだな。緊急とは何の件だ? 我々の反帝国組織は現状で第二艦隊を味方に引き入れて総兵力二万程度までになったぞ。この件でそちらにも要請したい事があるが、その後のそちらの状況はどうだ?」
「ああ、それはまた別の機会に。緊急の別件なんですよ。今、ここマルソーにガルディシア帝国陸軍第三・四軍の軍使が来ています。我々エウグスト軍と休戦を結びたいと。」
「なんだって? 一体どういう事だ? いや、そもそもニッポン軍が駐留している限り、休戦も何も無いだろう。戦闘がそもそも起き様がないんだから。」
「彼等は前面の我々と休戦した後に、帝都ザムセンに攻め入る事を企画しています。何かそちらには情報ありますか?」
「はぁ??!帝都ザムセンを攻めるだと!? そんな事は無理だ。エウルレン街道出口は今や相当強力な要塞と化しているぞ。海軍だって未だ健在だし、第一軍も秘密警察軍を取り込んで、以前程ではないが相当に復活している。一体連中は何を考えているんだ?……待てよ、海軍…第一艦隊か…ザームセン公爵! 海軍が敵になるという事か!」
「その辺りの詳細は掴めておりませんが、二個歩兵師団をティアーナの海岸線街道を通させろと言っていますね。引き換えに旧エウグスト領域の自治領拡大だと。」
「馬鹿な!そんな約束は見え透いた罠に決まっている!」
「ええ、私もそう思いますよ。ただ、これチャンスだとも思えるんですよね。ゾルダーさん、この情報を疑われないように皇帝に流す事は可能ですか?」
「そうだな…可能は可能だがエウグスト側の協力も必要になるな。第三・第四軍の兵力移動の際に公式に"海岸線を移動する兵力は何か?"と問い合わせてくれ。俺が情報局経由で情報を流しても出所が真偽不明状態であれば、皇帝の目にも止まらんだろうが、実際に動きがあれば真偽不明の情報に対しての一つの答えになるだろう。」
「なるほど、そうですね。それと反帝国組織が2万との事ですが、彼等がザムセンで交戦状態になった場合に何等かの動きが可能ですか?」
「そうなのだ、先程出た要請したい事とはそれなのだ。我々には武器が無い。なんとか武器を都合してくれないか?」
「ああ、そういえばそうですね。でもエウルレン街道は検査も厳しいですから、おそらくそちらに荷物を流すのは無理でしょうね。うーん…今、海軍の動きはどうですか? 海から武器を輸送する事も可能だとは思いますが、海軍が活発に動いているなら難しいかもですね。」
「海軍か…何故か陸に上がって陸戦の訓練をしているという噂が出ていたが、ここに繋がるのか。活発は活発だが、海では無く陸に上がって陸戦の訓練をしているようだ。なるほど海軍も確実に敵側だな。するとザームセンの兵力は8万位か。」
「ふむ…そうすると武器を船に積んで輸送するにあたり、怪しまれずに荷揚げ可能な港はどこかありますか?」
「ああ、帝国第二艦隊が駐留するムルソーなら大丈夫だ。ロトヴァーン侯爵はこちら側だ。」
「了解しました、こちらでも武器弾薬の手配を行っておきましょう。ロトヴァーン侯爵にも話を通しておいてください。上手く行けば、アルスフェルト伯爵への変更は思いの外早く実現するかもしれません。さて、それでは私はこれにて失礼しますね、軍使の方をお待たせしているもので。」
「ああ、分かった伯爵。色々手配頼む。決まったら連絡をくれ。」
こうしてル・シュテル伯爵は帝国軍の領域通過の許可を出し、引き換えに休戦協定と自治領の拡大を手に入れた。即座にル・シュテルは解放軍の主だったメンバーを招集し、状況の共有とこれからの戦略を協議した。結論として、解放軍はザムセンの帝国第一軍と攻める第三・四軍及び第一艦隊の戦いで、アルスフェルト伯爵の反帝国組織と共同で終盤に介入し、生き残った帝国陸軍及び海軍を倒し、アルスフェルト伯爵がガルディシア帝国皇帝として即位するという計画に修正したのだった。




