43.PKF基地、再度の襲撃
「いいか、我々帝国第四軍は決してニッポンとは交戦してはならない。侵入路は二カ所だが、これに突入させるのは囮部隊だ。戦闘能力も低くそもそも軍籍でも無い、金さえ払えばこちらの要求に従う荒くれ者共だ。この連中の一部に紛れてレティシア大隊がニッポンの基地内の配置や戦力を判定する。潜入部隊は必ずや生還せよ、そして絶対に交戦するな。」
「えー、ハルメル中将、交戦しちゃ駄目なんですかー?」
「控えろ、レティシア少佐。我々の目的はあくまでもニッポン軍基地戦力の撤退だ。今回の工作でもしもニッポンが戦力を引くような事があれば、この作戦で得た情報を元に更なる工作に出る事も可能だろう。だが、我々第四軍が矢面に立つ状況になってはならん。彼等が正面で我々と対峙した場合、我々が対抗する術が無いのは知っておろう。」
「少佐、堪えて下さい。何れそういう機会も出来ます。」
「ギュンター、あんたも言うの? つまんないわ。」
「すいません、ですが俺はニッポン軍と戦うのは正直気が進みませんや。」
「ふっ、これまでの傾向からニッポン軍は圧倒的な戦力を以って敵の反撃が来ない遠距離から攻撃し、敵を殲滅している。それが意味する所は近接の戦闘が苦手であろう事が推測出来る。前回の基地奇襲を行った際にそれは証明された。そして、彼らは被害を受けた後に何をしたか? 自らの軍を引き始めたのだ。これは攻撃され被害が発生した事に臆したと判断しても問題が無いだろう。事実、彼らは彼等の重要と思われる主攻撃兵器を撤退させている。彼等は自らの被害に耐えられない。」
「ああ、戦車とか自走砲とかですね。あんなモンが敵に居たら正直何も打つ手は無いでしょうな。」
「その通りだ、リンデマン大尉。我々の目的はニッポン軍の兵力を用いて帝国第一軍の戦力を削る事だった。だが、前回の奇襲によって引き出されたのはニッポン軍基地兵力の削減だった。この際、ニッポン軍が引くのであれば、エウグストの連中との一時的な休戦を行った上で、第一軍への攻撃を考慮に入れても良いと思う。その為には駐留するニッポン軍は邪魔な存在だ。」
「ですが、帝都ザムセンは第一軍によって守りを固めており、特にエウルレン方面からの侵入は絶望的と見られておりますが……」
「エウルレン方面からはな。だがヴォルン方面からの侵攻は可能だ。その為には大陸東側の交通路を確保する必要がある。海路は勿論の事、エウグスト解放軍の手に落ちているティアーナ以南も確保する必要がある。そこでエウグスト解放軍に対し一時的な休戦と無害通行による兵力移動を認めて貰う必要がある。だが、ニッポンの基地がロアイアンにあれば、その兵力移動そのものが出来ん。必ずやニッポン軍による妨害が入るだろう。」
「……エウグスト解放軍が受けますかね?」
「受けるだけの餌を用意せねばならんがな。そうだな、ル・シュテルの伯爵領から旧エウグスト領域までの自治拡大と、関税の免除辺りが落としどころであろうか。独立まで認めてしまうと、それこそ厄介な事になる。それに我々が帝国を掌握した暁には再度のエウグスト侵攻となるがな。」
「それはニッポンが認めますかね…?」
「分からん。今は分からんが、エウグストが独立しニッポンと対等に外交を始めた場合は確実にニッポンは認めないだろう。だが、今は内乱状態にあって国とは認められてはおらん。つまりガルディシア帝国内部の話に過ぎない。奴等の建前で語る外交で言うならば、内政干渉に当たる。そう我々が主張するならば、彼らの理屈で行けば口を閉ざさざるを得まい。」
「ああ、それで独立までは認めないと。でもその条件でエウグストの奴等が納得しない場合はそれこそ厄介ですね。」
「連中が納得しないのであれば、納得するだけの空手形を出すだけだ。何れにせよ目標の一段階目がニッポン軍の軍事基地撤収、次にエウグスト解放軍との交渉と休戦、そして次にザムセンまでの兵力移動、最後にドラクスルの捕縛とガルディシア全土の掌握だ。この再度の急襲によりニッポン軍が被害を嫌って撤収に傾けば、次の段階に進めるだろう。」
ロアイアンにある帝国第三軍では、報酬に釣られたならず者達が集められていた。彼等には今回のニッポン軍基地急襲に関して事前に30,000マーク(=30万円)、事後に70,000マーク(=100万円)の報酬が用意されていた。しかも彼等に要求されたのは、穴を通り抜けた先で騒乱を起こせ、という物だった。通り抜けた先ではかっぱらうも良し、暴れるも良し。その為に"そんな程度の事でこんなに報酬が貰える"事に目の色を変えた連中が大挙して参加し、既に3,000人程になっていた。そして彼等は掘削作業をしている第三軍の兵と入れ替わり、侵入口へと移動を開始していたのだ。その中にはレティシア大隊の手の者も何人か含まれていた。
「あれ?帝国軍の例の侵入口に別の集団が移動していますね。」
「うーん、これは何だろう。周辺偵察の部隊を派遣しますか?」
「そうですね。装備も確認したいですし、第一レイヤーの部隊に確認してもらいましょう。」
PKFロアイアン南基地内では高田と鴻上一佐他数名の幹部がモニターを見ながら状況を確認していた。この基地では既にエウグスト解放軍が定められた陣地に入っていた。これは演習と銘打って帝国軍が出口として推定される場所の周辺を封じ込める為に陣地構築をしていたのだ。そしてエウグスト解放軍がその陣地に入り、侵入してくる帝国軍を待ち受けた。
高田の作戦では、出口から出てくる帝国軍兵士を出来るだけ無力化して捕縛し、同時に侵入口へ第5偵察隊によって制圧する予定だった。現在、PKF基地内にある機動力では侵入口二カ所を同時に制圧が不可能である事から、第5偵察隊の戦力は必須であり、その為にポイントチャーリーに待機させていたのだ。既に何等かの動きがある事から、鴻上一佐は直ちに第5偵察隊の小島ニ佐にロアイアン南基地に戻る様に命令を出していた。この命令を受領した第5偵察隊は直ちに基地へと帰投した。つまりは出口から数名の敵兵を出した上で出口を塞ぎ、同時に入口を第5偵察隊で塞ぐ。敵兵はトンネルの中で無力化される予定だった。
だが第一レイヤーが偵察して持ち帰った情報は、この作戦を実行するかどうか迷わせた。何故なら、トンネルに次々と投入されているのは正規兵では無くならず者達と判明したからである。




