42.第5偵察隊の撤収命令
ロアイアン南の基地から離れる事350km地点に給油ポイント・チャーリーがある。
マルソーの港からロアイアン南までに新設された街道は途中300km毎に給油ポイントが設けられ、チャーリーはマルソーから離れる事900km地点に設けられた給油ポイントである。ここでは給油所の他に軽食や休憩を取る事が出来る簡易施設が設けられていた。ここには後送を命じられた第5偵察隊の87式偵察警戒車と軽総甲機動車、そして小型トラックやオートバイの類が纏まって停車していた。
「小島ニ佐、全車両何時でも出発出来ます。」
「まて。先ほど鴻上一佐から至急の連絡が入った。第5偵察隊はポイントチャーリーで待機、だそうだ。」
「どういう事でしょうかね。いや、そもそもこの撤収命令もどういう事なのか不明なんですがね。」
「ああ。あの新しい基地司令のやる事はさっぱり分からん。だが、命令を下されたからにはそのようにせねばならん。」
「詳細は後程改めて連絡をするそうだ。それまでは待機!」
突然入った鴻上一佐からの待機命令を受領した小島ニ佐は、そもそも急襲事件によって前基地司令が責任を取らされる形となって罷免された事も、新しい基地司令である枝野陸将補のやる事成す事も、そしてこの撤収命令も気に入らなかった。そこに新しく待機命令が来たのだ。小島ニ佐は部下達に不機嫌さが漏れない様に努力を行いながら待機した。
同じ頃、マルソーから民間ヘリがロアイアン南基地に到着した。
この中から一人の背広姿の場違いな男が降りてきた。
「どうもどうも内調の高田です。お初にお目にかかりますね、鴻上一佐。」
「ああ、あんたが高田さんか。来て早々急ぎの報告だよ。現在、第5旅団で下げられた部隊は第6・第27普通科連隊、第5戦車大隊の全て、そして第5特化隊だ。今回そこに第5偵察隊を引き上げさせようとしている。急ぎ俺の方から、基地から一番近い補給所で停止を命じている状況だ。」
「第5偵察隊とは連絡が付いているのですよね、鴻上一佐?」
「ああ、ただ事前の情報を入れる前に撤収命令を受領していたので話す暇が無かった。今、停止で待機しているので、この後に情報を入れようと思っている。」
「なるほど。では旅団司令部と第4普連と施設と通信が現在残っている全てですね?」
「第5偵察が戻らなければその通りだよ。」
「ふうむ……第5偵察が無いと機動力に欠けますね。どうしても彼等は戻って貰わなければ困る。ただ、命令違反だのクーデターだのという状況は避けたいんですよね。あくまでも正当な命令下に動いた形が大切なんですよね。」
「ああ、それは分かる。何事もそうだが我々は特にそうだ。」
「という訳で、北部方面総監森口陸将からの命令書です。第5偵察を至急ロアイアン南基地に戻す事が可能となります。ただし、この命令書が効力を発揮するのは、ロアイアン基地に何等かの問題が発生した時点からです。」
「ほっ、北部方面総監だと!? アンタどういう人間なんだ!?」
「まぁ、その辺りはどうでも良いじゃないですか。何れにせよ直ぐに第5偵察隊の方に事情を説明しなければなりませんよ。」
「それは任せてくれ。後はどこに連中が穴を空けたかだ。それと出口に関しては連中の動き次第だな?」
高田は、常に上空へ無人偵察機を飛ばしていた。その偵察機の発進基地はル・シュテルの居城近くの飛行場である。この飛行場では日本とエウグストの間での航空機発着に利用していたが、主な利用は自衛隊だけであった為、こういった無人偵察機の発着も特に周辺の視線を気にする事無く行っていた。この偵察機に引っ掛かったのが例の侵入口だったのだ。
政府と野党との取引によって送り込まれた枝野陸将補の背景を知っていた高田は、どうにかして枝野陸将補を排除しようと赴任前の行動を詳しく調べたが、スキャンダルは何も無かったのだ。そこでスキャンダルをでっち上げるか、それとも別の手法での排除か悩んでいた所で、枝野陸将補による第5旅団後送が始まってしまった。それと同時に偵察機で発見した侵入口を詳しく解析した結果、再度のガルディシア第四軍がロアイアン南基地に侵入しようと画策している事を確認した。そこで高田は総理の了承を得た上で、北部方面総監と面談した上で無理やり命令書をもぎ取ってきた上で、鴻上一佐に話を持ち掛けたのだった。
「そうですね。今の所、侵入穴Aの座標がここ、侵入穴Bの座標はこの部分です。ちょうど基地からは直視出来ない斜面から掘削している様ですね。」
「こんな近くでか。どうして気が付かなかったんだ。……ああ、兵力削減の影響か。」
「そういう事です。後々現基地司令糾弾の際には証拠としてどうぞ。それでは、今後の展開として基地に大きな被害を齎す事無く適度な被害を受けつつ、反撃に転じる際には兵力的には十分な戦闘方法をどうするかが、こちらに纏めてあります。」
「手際が良いな……ふむ、そうか。なるほどな、だから第5偵察が必要なのか。それでエウグレン独立軍は何時入る?」
「既に彼らは移動中でして、ここから300km以内には来ておりますね。移動はエウグストで改造したトラックの兵員輸送車なので、移動速度に関しては80km程度と思って頂ければ。」
「ふむ、4時間以内には到着か。それでは第4普連と通信を、演習と称してこの位置に布陣しておけば良いのだな?」
「そうです、時間的余裕は十二分にあります。予定通りに連中が進めば、数日後には彼らは基地直下まで掘り進めている事でしょう。その時点でエウグスト独立軍の兵力500程度は移動が完了し、基地内で展開が可能となります。それまでの間に陣地構築をお願いします。」
「了解した。……枝野陸将補はどう扱ったら良いかな?」
「それも考えてありますよ。彼は旅団司令部と共に行動してもらいますが、途中で旅団司令部と逸れて貰いますかね。ほら、彼の信条は敵と会話によって理解を深めるそうですから、そういった状況に陥ってもらいましょう。」
「面白そうだな。上手く行くかな?」
「その辺りはエウグスト独立軍の中でも相当使える人達が来ますから大丈夫でしょう。」
「その独立軍というエウグスト人達の装備は?」
「ん-……言っても良いかな。建前はエウグスト独立軍なんですが、中身は自衛隊で鍛えた特殊部隊です。」
「まさか噂になっていた第一空挺で鍛えている外国人部隊って…?」
「なんだ噂になっていたんですか。それなら話は早いですよね。その噂は真実です。正確に言うと特殊作戦群ですけどね。」
「……そうか。それならば大分心強いな。ともかく、これから第5偵察に連絡を入れ事情を説明する。」
「分かりましたよ、早急に願いますね。」
こうしてPKFロアイアン南基地に派遣された第5旅団は、司令官の陸将補が知らないままに臨戦態勢を高めていったのだった。




