39.野党から送り込まれた男
「枝野陸将補、本当に戻す気なんですか?」
「当たり前だよ、私達は彼等にとって敵軍なんだ。それがこれ程の戦力をここに駐屯している事自体が彼等の反感と脅威になっているんだ。彼等の気持ちを思い図るなら、危険な兵器は削減しなければならん。」
「しかし、そうなると我々の防衛体制に穴が空き、我々が危険に晒されますが……」
「そんなモノは君達がこの国の人達と真摯に話し合えば理解されるんだ。話し合っても理解が足りないから、ああいう事が起きるんだ。理解されたなら攻撃などされない筈だ。」
「はぁ……そういうものですか。」
「君達は好戦的に過ぎる。我々はここに平和維持に来ているのだ。それを忘れては行けない。」
枝野陸将補の出身は病院の衛生資材部長だった。ところが笹川陸将補を更迭した際に交代人事を協議した所、野党系の圧力がかかった。政府としては混乱した国会の状況を抑える為に野党側と取引し、野党が希望する人事を行った。その結果として、野党側推薦の彼が、このPKF基地指令として枝野陸将補として昇進の上で赴任してきたのだった。だが、当の第五旅団の将兵達はどうやって彼がここに来たのかの裏を知らず、指揮能力がある者と認識して受け入れた。
だが、この枝野陸将補の指揮能力には重大な疑問が沸き上がる事になった。事ある毎にガルディシア帝国との話合いを強調し、一線の戦闘部隊を下げようとしていた。結局の所、基地防衛の要となる三個普通科連隊のうち二個普通科連隊を日本に戻し、更に戦車大隊と特科隊をも下げようとしたのだ。
「ですが枝野陸将補、私は反対です。基地の防衛力の要たる普通科連隊は既に1/3に減っております。装甲兵力は少ない人数の穴を埋める為に重要です。この装甲兵力を減らすのであれば普通科連隊を呼び戻す様にしてください。」
「だから君は好戦的と言われるのだよ。ここで兵力を可能な限り減らす事によってガルディシア帝国が受ける印象は大きく変わるだろう。彼等は我々のこの動きを見る事によって、より我々への信頼感を作り上げる事が可能となるのだよ。」
「ですが……」
「私は、私の信条に従ってこの任務に全力を尽くしている。そして当該基地の兵力削減はこの信条に従って行っている。君にも協力を要請する。」
「いえ枝野陸将補、私共は兵の命を預かっております。彼等を危険な状況に晒す事は可能な限り排除したく思います。その為には装甲兵力を日本に返す事は賛同出来兼ねます。」
「君も分からん奴だな、鴻上一佐。もう良い、下がり給え。」
どうしてこの実戦部隊である第五旅団に彼の様な人物が来たのか、鴻上一佐には理解不明な状態だった。だが枝野陸将補が成す事は全てPKF基地としての防衛力を弱める事ばかりだった。実の所、枝野陸将補は自らの思想信条に基づいて行動していたのだが、その裏では野党側からの工作による誘導があったのだ。野党側は現政権を弱める為に、基地防衛力を可能な限り合法的に落とし、結果として敵から襲われやすい状況を作り出し、更には犠牲者が出る事によって政権与党の力を弱めようとしていたのだ。野党側の目的に合致するような傾向にある幹部自衛官を探した結果、枝野衛生資材部長に行きついた。彼と面談した結果、彼の思想信条の傾向を把握し、それとなく兵力削減の方向に話を誘導して彼の思想信条を褒め称えた。その後に彼が第五旅団長への配属を与党重鎮に交渉を行い、彼の人事によって野党が国会での追及に関して妥協する方向が決まって以降は野党側としては彼には何もしていない。彼が勝手に彼の思想信条に従って、兵力削減に勤しんでいたのだ。彼は誰に誘導されているという事も自身の自覚も無かったのだ。
だが、この兵力削減の動きはガルディシア帝国の第N14監視所からも良く見えていた。
「おい、またニッポン軍の車両が引き上げて行くぞ。どうなってんだ?」
「分からん。分からんが、ニッポン軍の判断は兵力削減なんだろう。」
「攻められたから引き上げるとか? ありえんだろ、そんな話。」
「俺も知らんよ。あ、あの部隊は帰り支度か?」
これら一連の動きは帝国の監視所から帝国第四軍へと情報が送られた。
「ハルメル閣下、ニッポン軍が次々と兵力を引き上げている様です。」
「……やつら一体何が目的だ? もしや基地の撤収か?」
「撤収とまでは行かないようですね。ですが、確実に兵力を下げています。」
「分からん。ここで兵力増強や防衛力強化に移行すると予想していたが……一体目的は何だ?」
「閣下……もしや、兵力を下げてワザと隙を作って、誘われているのでは?」
「それも考えないでは無かったが、奴等の守備の要であろう戦車の類を下げようとしているのが分からん。あれがあると無いでは相当拠点の防衛力が違うだろうが、何故それを下げる? 何を目的としているのだ? それに奴らは歩兵部隊も相当少なくなっておる。意味が分からん。」
「ここは暫く様子を見ますか。何を目的としているか見極める為にも。」
「ああ、そうだな。しかし連中の考えがさっぱり分からん。」
この枝野陸将補の動きを掴まれつつもガルディシア帝国では目的がさっぱり理解出来なかった事から、一定の小康状態が訪れた。だが、第五旅団内部では新しい陸将補の動きに不満が爆発する一歩手前であり、しかも次々と戦力が抜かれてゆく状況に、残される兵達の不安は増大していった。
こうした中で、旧皇帝派閥は次なる手を打ってきたのだ。