33.その国の名はニッポン
「どうやらようやく貴様等にも基礎体力ってモンが付いてきた様だな。それでは次の訓練に進む。全員整列。これより連隊長より貴様等に訓示がある。傾聴して聞け! レティシア少佐、お願いします。」
グラウンドにへばって倒れ込んでいた囚人兵達は慌てて立ち上がり、整列した。
「ありがとう、ブルーロ大尉。貴方達はこの二週間の訓練によく付いてきたわ。当初の発表ではこの時点で訓練を終了して、選別をする予定だったけど、予定を変更して二週間の特別な訓練を行います。既に貴方達は通常の兵よりも数段上の体力を身に着けている筈よ。次には作戦遂行に必要な技能と知識を身に着けて貰います。良いわね!」
「レティシア少佐の訓示通り、貴様等はこれからは屋内での訓練に入る。回れ右、前方の庁舎に向かって駆け足!」
囚人兵は庁舎の中に駆け込んでいった。その庁舎内の教室では主に破壊工作系の講義を彼等は学んだ。帝国軍にあるあらゆる爆発物の種類、特性、信管の扱い、爆発に至る方法、そしてどこに仕掛けると効率良く破壊が可能なのか、それらに関する講義と実戦の授業が二週間続いた。平行して実践訓練が行われ、彼等は一通り爆破物を扱う近接戦闘のスペシャリストとして仕立て上げられたのだ。そして翌日に再び選考の日の夜を迎えた。
「よく持ったな、オスカー。」
「ああ、何とか付いてこれたってレベルだがな、クルト。あんたなら軽いモンだったろう。」
「俺も結構なブランクがあったからな。それなりにきつかったよ。だが、この1か月で脱落者が出なかった事を喜ぼう。」
「おお、皆何だかんだと耐えきったな。だが、この後が問題なんだろう?」
「これから俺達がどこに送られるかは知らんが、確実に死地だ。俺達に教えられたのは爆発物の知識だった。という事は、どこか敵の要塞に忍び込んで、その基地の破壊を内側から行うという辺りだろう。近接戦闘能力は爆発を行う迄の自衛と目標に行く迄に戦闘になった際に、自ら切り抜ける為に必要な能力なのだろう。問題はどこに送られるか、だな。」
「だが、この1か月間他の連中とは全く接触出来なかったから情報が全く手に入れられなかったんだぜ。大体、ガルディシアは前の戦いでバラディア全土を統一した筈だ。一体どこのどんな敵で何の要塞なんだ?」
「クルト!! クルト・ヴェッツェル! 居るか!?」
囚人兵達はそれぞれ固まって会話をしたり博打をしている兵舎に突然ヴァルター曹長が現れた。ヴァルターはクルトを呼び出すと、レティシア少佐からの呼び出しなので急いで将校宿舎に行く様に指示されたクルトは将校宿舎に向かった。
「クルト・ヴェッツェル入ります!」
「よし、入れ。」
クルトが室内に入ると、中央の大きな机には見た事の無い偉そうな将軍が居た。両脇にはレティシア少佐とブルーロ大尉が控えていた。それと初日に遭ったレオポルドが同席していた。その中で一番偉そうな将軍が口を開いた。
「貴様がクルトだな。所謂ブランザックの英雄で相違無いな?」
「はい。そう言われるのは随分と久方振りでありますが。」
「私がブランザック戦線に居た頃には中佐であった。その際に貴様の噂は方々で聞いたぞ。貴様のお陰でエウグスト中央戦線で勝利を得られたと言っても過言では無かったのだろうが、今の貴様にはそれも遠い昔の事に見えるな。」
「申し訳ありませんが、私は自分の力の及ぶ限りに於いて全力を尽くします。例え使い潰される様な作戦であっても。遠い昔も今も私にとってはそれ程の違いはありません。」
「あんまり虐めないで、ハルメル中将。」
「……レティシア、少し黙っておれ。いいか、これから言う事を良く聞け、クルト・ヴェッツェル。貴様は囚人で刑期も45年ある。この作戦に参加する事で無罪放免が得られる、と聞いていた筈だ。だが、これから行う作戦は貴様等の想像を超えた国家なのだ。そして、そこに行けば必ず死ぬ事となろう。」
聞いた瞬間に、ああ、やっぱりか…使い潰しどころの話じゃないって作戦なんだな、と密にクルトは思っていた。だがクルトの中には疑問が沸いた。それ程の敵がガルディシアに居るのか? いや潜入して攻撃するのならエウグストかヴォートランか?だが、それらの国にある難攻不落の要塞なんぞ聞いた事が無い。俺が軍刑務所に入っていた間に新しく出来たのか?と考えていたクルトに対し、ハルメルは聞いた事のない国名を言った。
「その国の名はニッポンと言う。貴様は知らぬだろうが、嵐の海に現れた新興国だ。この国は我等の科学力を遥かに上回り、それに伴い戦闘能力も高い。信じられない兵器を多数保有し、我等が抗する事が出来ぬ力を持っておる。更にはエウグストでの反乱が起きた際に奴等がニッポンから齎された武器により我々は大損害を被った。」
「ちょ、ちょっと待って下さい、中将殿! なんですか、そのニッポンとは? 自分は聞いた事がありません!」
「貴様が軍刑務所に入っている間に嵐の海から現れた国だ。そのうちに色々と知る事となるだろう。そこで貴様には一つ提案がある。貴様、レティシア大隊に入る気は無いか? 今迄の罪も帳消しにしてやろう。元の階級は少佐だったか。復職は無理だが、中尉辺りには戻してやる。どうだ、受ける気はあるか?」
「ど、どういう事でしょうか? その…ニッポン?とやらへの潜入は?」
「大隊に入ればそれは免除となる。行けば必ず死ぬ作戦だからな。」
「少し考えさせて貰える時間はありますでしょうか?」
「いや無いな。今すぐこの場で決めろ、クルト・ヴェッツェル。」
「……分かりました、お受け致します。」
「うむ、そう言うと思っておったぞ、クルト中尉。それもこれもここに居るレティシア少佐とブルーロ大尉からのたっての願いだ。彼等に感謝しろ。では解散。」
今なお混乱しつつクルトは囚人宿舎に戻ろうとした。
だがブルートに止められた。今日からは兵舎に来いという。クルトは何とかこの作戦内容をオスカー達に聞かせたかった。だが、その機会は永遠に来なかった。
40万PV到達記念、2回目の更新~