29.無罪放免の裏側
レティシア大隊訓練場には24人の男達が倒れて呻いていた。倒れている男達を取り囲むように護送の兵とレティシア少佐、ブルーロ大尉、ギュンター中尉、そして情報局長レオポルドと囚人のクルトが立っていた。まだオスカーは立ち上がれない。オスカーの傍にはクルトが、ぼそぼとオスカーに話しかけていた。
「オスカー、大丈夫か?」
「……ぐ……痛ェ……」
「お前、あの女に相当手加減されてたぞ。」
「……お前、一部始終見てたのか?…イテテ…」
「ああ。俺以外全員ぶっ倒された。あの女、噂以上だ。強い。」
「最初からあのレティシアだと知ってたら喧嘩吹っ掛けなかったぜ。ちくしょう…」
「だろうな。俺達を護送していた兵達があの女に飛び掛かっていったお前等を見てた時の表情は憐れみだったぞ。正直、俺達が得物持って襲い掛かっても、確実に殺されるだろうな。」
その時、ブルーロが倒れ込んだ囚人達に話しかけた。
「いいか貴様等、良く聞け。俺はレティシア大隊のブルーロ大尉だ。これから貴様等は我々が鍛えに鍛え上げてやる。満足の行く成績を上げた者達を選抜した上で、ある作戦に参加してもらう。この選抜に漏れた者は元の牢に戻る。減刑も無罪釈放も無しだ。貴様等の隣に居るのは囚人仲間じゃない。この作戦参加を掛けて競い合う競争相手だ! 10秒以内に立ち上がって整列しろ!」
「マジかよ……」
「なんだってんだよ、ちくしょう。」
「良し、全員整列したな。これより貴様等の中で栄えある作戦に参加する者15名を選抜する。期間は2週間だ。貴様等、この2週間を死ぬ気でやり遂げろ。この作戦に参加し、尚且つ成功裏に終われば参加した者は無罪放免だ。貴様等の罪は消える。」
「あの大尉さん。俺達ゃ殺しや叩きで50年以上も刑期がある。その俺達の刑期が無くなるって事かい?」
「ああ、そうだ。貴様等はこれからの訓練の事だけを考えて居れば良い。結果として作戦に参加して成功すれば無罪放免なのだ。刑期の事は考えるな。これからの訓練の事だけに集中しろ。それから大尉さんではなく大尉殿だ。復唱!」
「了解しました、大尉殿!」
「それでよし! ん、貴様は何か疑問があるのか!?名前は何だ?」
「クルトと言います、ブルーロ大尉殿。俺の刑期は45年あるんですが、別に刑期の短縮は必要無いです。その場合は元の牢屋に戻して貰えますか?」
「残念ながら貴様等はここに来た時点で選択肢は無い。腹を括って訓練に参加しろ。2週間後に選抜に漏れたならその時点で元に戻すという選択が初めて可能となる。分かったな?」
「あぁ……万事分かりました、ブルーロ大尉殿。」
実の所、レオポルドの計画では25人全員が参加となる予定なのだ。ここで振るい分けという工程を経る事によって彼等は死に物狂いで訓練を行うだろう。そして、このクルトという男は何が理由で刑期短縮に興味が無いのかは分からないが、恐らく訓練にもロクに参加せずに選抜から外される様に画策するだろう。だが、実際の話この計画に参加した者達は全員死亡というシナリオなのだ。つまり途中で脱落しようが、選抜に洩れようが全員死ぬ事は確実であり、それが故の作戦成功の暁には無罪放免という大盤振る舞いも空手形なのである。
「分かったか?良し、それでは貴様等がこれから二週間泊まり込む宿舎に向かう。全員駆け足!」
こうして囚人達はこれから二週間を過ごす宿舎へと移動していった。
残ったレティシア達は、今後の作戦工程についてハルメル中将が予定する三週間後の日本のPKF基地見学の時までには囚人部隊を使えるようにしなければならない理由をレオポルドから説明を受けていた。ハルメル中将が日本への何等かの交渉を行った後に、彼等囚人部隊がガルディシア帝国陸軍の第一軍を装って基地へ見学に行き、そして見学の最中に襲撃を行う。第一軍の軍服には第一軍を表す飾りが左肩に取り付けられており、他の軍とは一目で見分けられるようになっていた。勿論ハルメル達第四軍の軍服には違う形の飾りが取り付けられ、第四軍である事を主張している。これらの軍服は既に調達してあるのだ。つまりは囚人部隊が使い物となるまでにどれだけの期間かかかるのか。囚人達には2週間と説明していたが、実際は1か月程はかかると見ている。その彼等の仕上がりによって、投入する時期は決まる。レティシア大隊がどれだけ彼等を鍛える事が出来るかどうかによって、日本のPKF基地への被害状況を左右する。そして被害が大きければ大きい程に、彼等は激烈な反応をするだろう。その時が現皇帝ドラクスルの最後となるのだ。
「なっるほどねー。正直権力闘争は全く興味無いけど、ニッポン軍って強いって聞いているから興味はあるのよね。」
「まぁ、お前ならそう言うだろうとは思っていたが、本当に思った通りだったな。簡単な奴だ。」
「ま、レオポルドったら。次に口に出したら殺すわよ。」
「ふふっ、そういうのも相変わらずだ。ところであの囚人連中で見込みが有りそうな奴は居たか?」
「そうね……クルトって人、ほら戦闘に参加しなかった彼。彼は相当やるわね。彼の経歴か何か取り寄せて貰える?」
「ああ、後で持って来よう。それから他に使えそうな奴は?」
「あと他に使えそうな……?」
彼女の脳裏には、解放戦線のエンメルスの顔が思い浮かんだ。
自分と対等とまでは行かない迄も、相当に彼は強かった。そしてこの囚人達の中で彼程の強さのレベルに達していそうなのはクルト位だろう。訓練場で乱闘した結果として、レティシアのなかでは囚人達の能力がほぼ判定されていたのだ。そしてそのレベルに合わせた強化スケジュールを設定してやらなければならない。クルトとは戦わなかったが、彼はレティシアの戦い方を全て観察していたのだ。こういう手合いは相当に曲者だ。
「みんなこれからの訓練次第かなぁ。でも大丈夫、私が鍛えるんだから、任せてレオポルド!」
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