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ガルディシア帝国の興亡  作者: 酒精四十度
【第四章 ガルディシア落日編】
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23.戦うか、講和か

新皇帝ドラクスルは思い悩んでいた。

依然として通信環境は復旧していない。電話という物は斯くも便利な物であったか、と使えなくなってからしみじみ思う。何せ、以前の通信環境に戻っただけなのだが、今迄数分で終わった情報のやり取りが、往復6日だの掛かる様になってしまっていたからだ。その結果起きたロアイアン街道の虐殺は前皇帝の退位を引き起こし、今や帝国内は不穏な空気に満ちていた。そして皇帝の護衛たる親衛隊も既に無く、再建の目途さえ立っていない。


そして不穏な空気に相応しい程にザムセンは荒んだ空気に満ちていた。

第一艦隊が駐留していたザムセン港では未だ沈没船の引き上げは行われておらず、第一艦隊主力艦艇が港の外に出る事が出来ない。辛うじて一部を撤去して駆逐艦クラスの出入りが可能となっただけだ。臨時の海軍・陸軍合同司令部は暫定のまま使われ続け、町は壊れた瓦礫の撤去がようやく着手されつつあるが、当然に市民生活は以前の様には戻っていない。そして、ザムセン-エウルレン街道は、そこからの敵の侵入を防ぐ為にザムセン側の出口で厳重なトンネルが作られつつあった。つまりは、ザムセンの防備優先で復旧が行われていたのだった。


更に第一軍で発生していた原因不明の病は、いち早く軍医ベリエール大尉が日本からの情報と同様の症例をまとめたファイルを学会に提出し、学会側もこのファイルの有用性を認めた上で彼等の症状改善に向けて取り組んでいたが、一向に改善に向けた予算は降りてこなかった。


「ルックナーよ。このまま我等が何もせぬとして、エウグストの連中はどう動くだろうか?」


「そうですな…北の戦力は大半が健在です。ですが間にニッポンの駐屯部隊が居る限りは我々も動き様がありません。ですがエウグストの連中は自由に時と場所の選択を行えます。特に首都ザムセンを守る第一軍がこのような状況であれば、奴等はザムセンを攻める、という選択をしない訳がありません。」


「それは理解しておるよ。だが、我等の戦力はあの通りだ。当座海軍からの転属で第一軍の補充を繰り返しておるがそれも限界がある。ザムセン市民の連中は何時なんどきに自分が徴兵されるかと表も歩かなくなった。我等の予算は全て防備に向けられ、他の事は何も出来ん。」


「ですが、陛下…我々には今それしか選択肢が残されておらんのです。」


「戦う道ならば、な。なんとかエウグストの連中に一定の権利を認めて、今この状況を緩和させる事は出来ぬ物かな。」


「それをすると、強硬派が黙ってはおりませんでしょう。特に海軍が。」


既にドラクスルの耳にも、そこはかとなくザームセン公爵暗躍の噂が流れてきている。同じザムセンの中に居てもドラクスルの居城にはザームセンは滅多に来ない。敢て避けているとも取れる状況ではあったが、ザムセンにおける混乱は、それを不自然には見せてはいない。しかし、強硬派が言う日本との融和反対、そしてエウグストの殲滅、これら彼等が主張している事を実際に行った延長線上には圧倒的な戦力と正論を以て日本に叩き潰される未来しか見えない。


「ふん、連中はニッポンの危険性が全く理解しておらん。奴等に大義名分を与えたら、喜んで我等に爆弾を降らすだろうよ。正義面してな。残念な事に我々にはそれに対抗する能力も無い。今や、ではなく最初から無いのだ、微塵もな。」


「ですが、彼等が条約やら大義名分やら信義やらを重んじるが故に、我々はこうして将来を考えられると思いますが。これが逆の立場であったならば、我々は即座にニッポンを占領しているでしょうな。」


「確かにな…ああ、そうだ。ザムセンには秘密警察が居ったろう。あれは解体するぞ。解体後に全てを第一軍に編入する。今更解放戦線を探るだの何だの、表向き動き出した連中を探るという事もあるまい。ガルディシア管轄区秘密警察局長は誰であった?」


「ええと、あれはハインツリィー大佐ですな。」


「うむ、分かった。そのハインツリィー大佐を後で呼んできてくれ。秘密警察はここザムセンでも半個師団程度の人数は居るだろう。第一軍再生には未だ足りんだろうが、上手くやってくれ、ルックナー。」


「承知致しました。それと陛下、くれぐれもエウグストとの融和はお考えにならないよう愚考致します。」


「ああ、強硬派か?ザームセンもそこまでやるかな。」


「彼等は我々以上にニッポンとの接触がありません故。そして例の解放戦線とも相まみえた事が無い故に、見縊っている節があります。」


「ふん、一度痛い目に遭えば良いのにな。」


「ですが、それで痛い目に遭うのは一般の兵士でありますが……」


「上手く行かんな。まあ良いわ、ハインツリィー大佐を呼んできてくれ。」


「承知致しました、それではまた後程。」


ドラクスルは一度の敗戦で日本の怖さを理解していた。

彼等は大義名分さえあれば、自分達に傷一つ付けられる能力が無くても、過剰な戦力を以て叩き潰しに来る。彼らの主義主張、信じる物や利害関係、それらの何かに琴線があり、それに触れた途端に激発する傾向にある。しかも彼我の戦力差や能力なんぞ関係無く襲ってくる。そんな彼等に大義名分を与えてはいけない。だが、エウグストの連中と何等かの形で和解なり融和なりを行わないと、ザムセン自体が干上がるのだ。物流の流れは停止し、僅かに海路で上下に別れた帝国を繋いでいる。こんな状況は長くは続けられない。どこかで解決しなければならない。戦うか、講和か。


ドラクスルの悩みは続いていた。

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