16.第三軍の命令撤回受領
「一体あの音はなんだ?」
「いや、分かりません。なんでしょう、相当遠くの空から聞こえてきますね。」
「こちらに近づいて来ている様だが……」
その時、ビュノーが率いる中隊の上空を見た事も無い矢じりのような物が高速で通り過ぎ、急角度で上昇していった。
一体あれはなんだ!?どれ程の速度で移動しているのだ?あの矢じりには真っ赤な円が書かれていたが、まさかあれは噂に聞くニッポンの作った物なのか?あれ程の物が作れるとは強ち海軍が言っていた事も嘘ではないようだが…だが、ニッポンの物だとして、何故ここに来た?音はまだ遠ざかっていない。どうやらあの矢じりが出している音のようだが、どういう仕組みだ?
そして再び、あの矢じりがこの上空にやってきた。
「一体あれは何をする積もりなのだ……?」
「あ、何か下の部分から何か落としたようです!」
「おい、誰か落ちたあれを見て来い。だが危険なモノかもしれん。気を付けろ。」
「了解です、おい。ツェーグラー二等兵、アレを見て来い。十分に気を付けろ。」
「了解しました!」
ツェーグラー二等兵は落下物の傍に一気に近づいて恐る恐るその落下物を確認した。
ヴァイス少尉達はやや遠巻きに見ていた。
「少尉!これは金属製の筒の様です。蓋のような物が壊れて外れています。筒の中には…紙が入っています。危険な物では無いようです。」
「よし、ツェーグラー。中の紙とやらを確認しろ。」
「了解です……え?これ、陛下の……て、撤回??……2日前の日付!?」
「なんだ、ツェーグラー、どうした。どういう内容だ?何が書いてある?」
真っ青な顔をしたツェーグラーが戻ってきて、中に入っていた紙をヴァイス少尉に渡した。その紙をヴァイスは改めると、同じく蒼白な顔となった。なんてこった、皇帝が殲滅指令の命令撤回をしていたのだ、しかも撤回は2日も前だ。どうしてこんな事になった…ヴァイスもまた無言でビュノー中尉に紙を渡した。
「これは……2日も前の日付ではないか!!我々がしてきた事は……」
全く納得できないが命令という事で心を殺しながら任務を遂行してきたビュノーは、既に撤回された命令を今の今まで実行してきた事に絶望を感じ始めた。この場合、どういう事になるのだ。もしかして戦争犯罪人という事になるのか?いや、我々はあくまでも上からの命令に従っただけだ。そうだ、命令に従っただけなんだ。この惨劇を作り出したのもだ。俺達に責任は無い。俺には責任が無い。無い筈だ。責任なんてとれないぞ、責任なんて…俺達がやった事は単なる人殺しではないか、これは!
「中尉!!中尉、大丈夫ですか、ビュノー中尉!!!しっかりしてください!」
「あ…ああ……ヴァイス、どうした?」
「いや、大丈夫なら良いです。差し出がましい事をしました。」
ビュノーは目を大きく見開いて放心しながら立ち尽くしていた。何度もヴァイス少尉による呼びかけも暫く返事をしなかったのだ。ようやく声が届いたと感じたヴァイスは、更に続けた。
「中尉、これは敵の謀略の可能性もあります。そしてあのニッポンの飛行機械がアレを落下させたとなると、裏側にニッポンが絡んでいる可能性も高いです。あの内容の真偽も確認出来ない状況であるからには、慎重に動いた方が良いでしょう。」
「……うむ、そうだな。だが、まずは一旦進軍停止だ。少尉、あの紙を何枚か持ってロアイアンに伝令を出せ。真偽を確認するのだ。それが確認出来るまでは、ここに野営する。」
「了解しました。マークス、バイル、聞いたな?お前等はロアイアンに一度戻れ。あの紙を持って大隊長に確認しろ。確認次第、早急に戻れよ。行け!他の者は野営の準備だ!」
そのロアイアンは既に大混乱が巻き起こっていた。
ゾルダーから連絡を受けていた高田は、ロアイアンに集中的に航空機を派遣してチラシを投下するように要請していた。その為、急遽増槽を改造し、中を空にして皇帝からの撤回命令をコピーしたものを大量に印刷して詰めた。そしてそれをF-15DJに積み、ロアイアンの複数のルートに対して投下したのだ。勿論ロアイアンも例外ではない。ロアイアンでは、突然現れた爆音を放つ空飛ぶ機械が飛来した時点で相当に動揺していたが、それらが落とした物を確認し、内容を読んで混乱した。何故、他国が皇帝の勅命を送ってくるのか?そもそもこれは本物なのか?何かの謀略か?この内容の真偽が確認出来ない為に、ロアイアン駐屯の第三軍は以降の動きが麻痺した状態となっていた。
その大混乱中であるロアイアンにゾルダー率いる情報局の一行が遂に到着した。そして、直ぐに第三軍司令のシュテッペン中将への面会を求めたのだ。
「ゾルダー少将、今回の御用向は何かな?」
「シュテッペン中将、既にご存知だとは思いますが、ニッポンから投下された書面の件です。」
「ああ、あれか。欺瞞の可能性もあって判断保留の状況だ。これに関わる事かな?」
「左様です。あれは皇帝陛下からの勅命に間違いありません。そして早急な情報の伝達の為に、ニッポンを利用しました。ニッポンの協力によりロアイアンでの航空機による配布が実行されました。中将がご覧になりましたあの紙はそれです。」
「……ニッポンの航空機、か。あれほど大量にしかも即座に用意出来るのか。それは凄い。確かに凄いが、正しく陛下が勅命として発令された物かどうかの判断には至らんよ。他に何か無いのか?」
「ここに持参致しました。」
ゾルダーは皇帝が自ら認めた勅命書を出し、シュテッペンに確認させた。
「確かに本物だ。だが、少し遅かった様だよ、ゾルダー少将。」
「? ……遅かった、とは?」
「既に騎馬中隊を露払いで街道に先行させておる。」
「…それは、まさか!?」
ゾルダーはロアイアンに入る為に北側の海岸に近い街道を通って来た。その為、ロアイアンに近づいても虐殺の気配も無かった。だが、ロアイアンからブランザックに行く街道は南側にある。そしてその南側の道もロアイアンの半径50kmには同じく虐殺の気配も何も無い。だが、そこから更に南下すると、街道は血の海となっているのだ。それが故にゾルダーは今ここで何が起きているかは知らなかった。
ようやく第三軍が命令の停止を受領した頃、街道を進む別の先遣中隊はブランザックまであと100kmの距離にまで進んでいたのである。そして全ての先遣隊が停止命令を受け取っていた訳では無かったのだった。
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