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ガルディシア帝国の興亡  作者: 酒精四十度
【第四章 ガルディシア落日編】
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15.帝国軍の無慈悲なロードローラー

ロアイアンからブランザックに続く街道に沿って轟々と燃える炎が続いていた。

この光景を上空の無人偵察機から見ていたル・シュテル伯爵を始め解放戦線の主要な者達は息を呑み込んだ。無人偵察機の搭載カメラがズームし、街道の脇に並べられたエウグスト人達の死体を映してゆく。静かな部屋の中で誰かがすすり泣くのが聞こえる。だが、この映像は遥か1,500km彼方で今実際に起きて事なのだ。そして彼等は何も手出しが出来ない。


「やつら……やつら女子供もお構いなしか…許せねえ…」


「こんな事って…こんな事が罷り通っていいのか!?」


「た…タカダさん…なんとか止められませんか?これ何とかならないんですか?」


泣きながら高田に問いかける伯爵のメイドに高田は下唇を噛み何も答えられなかった。今から考えれば何とでも遣り様があった。空中給油機経由で戦闘機を飛ばすなり、皇帝自身を日本政府がダルヴォート地域まで連れてゆくなりの方法が。だが、今からは何を言っても遅いのだ。室内は映像が伝える音だけが響いてゆく。もう誰も口を開く者は居なかった。


ル・シュテルはザムセンへの兵力移動で分かった事がある。

バスは入口が狭い事から、兵力の移動には向かないという事だ。そしてトラックの類は以外に沢山の人や物が積め、降車も迅速な事から解放戦線では以降の兵力移動はトラックを主体にしようという話が出ていた。これを高田に伝えた所、ああ、そうかという顔をした後で、その方が良いですね、と一言述べた。後で聞いた所によると、既に日本があった世界では兵員輸送は専用のトラックがあるそうで、当たり前の事を高田に提案していた。勿論高田は常識を提案されたのだが、この世界ではそれが常識ではなかった事に気が付いて同意した様だ。そしてこの映し出される凄惨な光景を見ながら、この事を思い出していた。


「タカダさん、搔き集めるだけ再びトラックを搔き集めます。そして大至急あの街道に送り込みます。どうしても助けたい。今からでも、遅くても、少なくとも助けられる人が居る筈だ。」


「伯爵。それなら先行して派遣したい車両があり、第一レイヤーの面々が運転は可能です。ですが最高時速100km程度しか出せず到達まで15時間以上かかります。その為に別の手段が必要です。日本から航空機を飛ばして、先行してあの騎兵部隊を止めましょう。」


「もしかしてニッポンから支援が頂けるのですか?本当ですか!?助けて貰えるんですか?」


「あの光景を見て黙っていられる程に我々は冷酷でも非情でもありません。今直ぐあの蛮行を止めたいのは皆さんと一緒の気持ちです。それ故に打てる手段は全て行っておきたいのですよ。急ぎ本国と連絡を取りますので、少し失礼。」


だが現実問題として、日本からバラディア大陸のロアイアン街道までの距離は最短距離でも1,200km程あるのだ。それに街道上には避難民と騎兵が混在しており、これらを見分けて何かをするには航空機では無理なのだ。その為、早急に打てる手としては、避難民と騎兵の上空をフライバイしながらビラを落とす程度の手段しかない。航空機をしかも戦闘機をバラディア大陸上空に飛ばすのは、無人偵察機と違ってハードルが高い。だが、今この見ている映像は、本国日本でも同時に見ている。恐らく要請は通りやすい筈だ。高田は日本に電話をかけ始めた。


街道上は大パニックが発生していた。

後方から徐々に迫りくる死の使い。ガルディシア帝国陸軍第三軍の先遣隊が街道を南下しつつ、エウグストの避難民を殺して回っているのだ。この死の罠から逃れようと、家財の一切合切を積んだ荷車を外し、引いてた馬だけで逃げ出した者や、荷車その物を道路上に放置し、簡易のバリケードを作って迫りくる騎兵の魔の手から少しでも遠ざけようとする者達。だが、何れも共通するのは彼等を守る者はどこにも居なかった。そして避難民である彼等自身が武器を持って戦ったとしても、正式な訓練を受け、銃と剣を持つ軍人には敵わなかった。しかも街道を走る騎兵は街道上の障害物は確実に足止めとなる筈なのだが、街道の両脇はただの平原と畑である。簡単に平原に迂回してその凶刃を振るった。一刻一刻と進む毎に路上に死体が増えて行く。帝国第三軍先遣の騎兵部隊は確実に与えられた命令を無慈悲に熟して行った。


「ビュノー中尉、大分来ましたね。一旦休憩にしませんか?」


「少尉。今、どの辺りだ?」


「ロアイアンから離れる事250km地点ですね。あとブランザックまでは350km程あります。」


「まだそんなモノか。……だが、少し休むか。中隊、街道を逸れて集まれ。」


ビュノーの中隊が最初のエウグスト人を殺してから既に6時間が経過していた。その間、移動した距離は僅か100kmだった。思ったよりもエウグスト人達は街道を移動しており、出会う度に彼等は確認をして殺害をしていた。そのうち、こちらが誰何の末、殺害に至った光景を目撃していた者達は次は自分の番だとばかりに走り出した。そして彼等ビュノー中隊は、走り出した者達を確認もせずに殺害し始めた。これを見たビュノー中尉は、自らの中隊の規律と秩序が失われつつある事を感じ始めた。何よりビュノー自身が無抵抗な者に対して被害を与える事に何も感じ無くなってきた事に気が付いた。


「……これでいいのか?」


「はい?中尉、なんですか?」


「我々帝国軍は、我々第三軍は飽く迄敵軍と戦う為に存在する筈だ。だが、これは何だ。」


「先程中尉が仰った通り命令ですよ、皇帝勅命の。こういう事は考えないで動いてナンボですよ。」


「だが……これは果たして、後の世になんと言われるか。我々は街道の虐殺者となっている。そしてそれはこれからも続き、遥かブランザックまで続けねばならん。これが我が第三軍の精鋭が担う重要な任務なのか?この虐殺が!?」


その時、街道上に散らばりバリケードと化したエウグスト人達の荷車の撤去作業をしていた兵が、荷車をばらして火を付ける前に、荷車に乗った荷物を漁り始め、金目の物を取り出して懐に入れ始めた。それを見ていたビュノー中尉は、一瞬の内に激高して叫んだ。


「貴様!今直ぐ懐に入れたものを出せっ!!」


「えっ、ちゅ、中尉殿? 一体どうしたんですか?」


「いいか貴様、我々は盗賊の類ではないぞ。我々は栄光ある帝国陸軍第三軍騎兵師団だ。その我々が何故盗賊の真似事を始める!貴様は盗人か?斯様な真似を始めるような者は我が中隊には居らん筈だ。だとするならば、盗賊として処断しても構わんな!!」


「い、いえ違う、違います。戻します、戻します!!スイマセンでした!!」


「ちゅ、中尉、待ってください、抑えて下さい中尉!! お前等懐に入れた物を全部戻せ!!」


怒りながら兵に向かって怒鳴りつつも、ビュノーの心は何も晴れない。この救いようのない嫌な任務は、まだ中盤にさえ差し掛かっていないのだ。であるにも拘らず、兵の士気は既に最低にまで落ちている。自分自身もこの程度で激高するなんてありえない。


そんなビュノー中尉が空を見上げた時、遥か彼方から轟音が轟き始めた。

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