14.街道上の惨劇
この日、ブランザックに向かう街道は雲一つ無く晴れ渡っていた。
朝から荷車を引いてロアイアンを出立したネイとカロリーヌの夫婦は、荷車に大事な物と子供たち二人を乗せてブランザックを目指していた。最初、噂が流れ始めた頃にはそんな馬鹿な話はないだろう、と本気にしなかった彼等夫婦は、いつも立ち寄っている馴染みの店や近隣の住人が慌てて荷物を纏めて逃げ去る姿を何度も見かけ、遂に逃げ去る事を決めた。
街道をゆっくりと進みゆく彼等夫婦が引く荷台の上で、彼等の小さな息子ジャンと娘であるレーナは、今日は朝から学校に行く事も家の手伝いをする事も無くただただ荷車の上に座って空を眺めたり、風景を眺めたり、いつもと違う日を楽しんでいたが、そろそろ何もしない事に飽きてきた頃の事だった。街道周辺は見渡す限りの平原で、何も遮蔽物が無く遠くまで見渡せる。
「あ、パパ!後ろから馬が来るよ!」
「馬?」
「うん、馬!凄い早いよ!一杯いるよ!」
「馬だけなのかい?」
「ううん、人も乗ってる。」
ネイはこの街道で何頭もの馬が来る事に何か違和感を感じて振り返った。そして遠くから迫る馬は騎兵である事を知った。騎兵?騎兵だって??しかも集団だ!こりゃ道を空けなきゃ、あの軍人達の邪魔になる。帝国の軍人なんぞに難癖つけられる程厄介な物は無い。
「カロリーヌ、騎兵が来るよ。道の端に寄せなきゃ邪魔になる。横に動かそう。」
「あら本当ね。ジャン!レーナ!横に動くから気を付けて!」
荷車を端に寄せていると、自分達夫婦よりも後方を歩いていた老夫婦の辺りに軍人達が追い付いていた。軍人達が老夫婦に何かを話しかけ、その後に老人たちに対して一番偉そうな騎兵が何かを命じて…部下の騎兵が抜刀した!?その様子を荷車を横に移動させながら見ていたネイは戦慄した。あの軍人達は何の抵抗もしない老夫婦を簡単に刺殺している。
「か、か、カロリーヌ!!!噂は本当だった!!後ろの夫婦が殺された!!」
「あ、あなた、どうしたら!?」
「向こうからはもうこちらは見られてる。だけど子供達は見えていないかもしれない。荷物の下にジャンとレーナを隠そう。ほら、脇に寄せて。ジャン、レーナ、この中に隠れるんだ。急いで!!静かにしているんだよ!」
「パパ、なんで?」
「レーナ、ごめんね、静かにしているんだよ。」
「良い子にしていてね、ジャン、何があっても音を立てないでね。」
ネイは、"帝国兵がエウグスト人を殺して回っている" そんな噂話をマトモに聞かなかった過去の自分を攻めた。だが、ほんの数百メートル向こうには、その噂話に過ぎなかった帝国兵が実際に人を殺しながら前進してくるのだ。荷車を端に寄せた後、子供達を荷車の底に隠し、ネイとカロリーヌは街道脇に震えながら騎兵の通り過ぎるのを待った。だが、帝国軍の騎兵はネイとカロリーヌの荷車の所まで来ると、この中でも一番偉い人と思われる騎兵にこの夫婦に話しかけられた。
「この荷車は貴様等の物か?お前等二人か?」
「は、はい、左様です、軍人さん。」
「どこから来て、どこに行く?」
「ロアイアンからブランザックまで。あちらの親戚に呼ばれまして。」
「ブランザックに親戚?するとお前等はエウグスト人か。」
「え?ええ、何か問題でしょうか?」
質問をしていた軍人の顔が歪む。ネイは明らかに失敗した。この応対をしている最中に、別の騎兵が馬から降りて荷車を改めていた。そして子供達二人が発見された。
「ビュノー中尉!子供二人が隠されておりました!」
「あ、あああっ、すいません、すいません、子供には乱暴しないで下さい!」
発見された途端にカロリーヌはビュノー中尉に縋りつき謝罪をするが、ビュノー中尉の顔は優れなかった。
「うーむ……子供か……」
「どうします、中尉?」
「仕方が無い。貴様等エウグスト人に対する抹殺指令が発令されたのだ、恨むなよ。だが、全員仲良く送ってやる。」
それを聞いた瞬間に、カロリーヌは子供達を荷車から降ろして逃げようとした。だが、それに失敗し、荷車に居る子供達を両手を広げて庇いつつ、叫んだ。
「子供達は助けて下さい、お願い、子供達は」
彼女は最後まで言い切れなかった。ビュノー中尉はカロリーヌと泣きじゃくる子供達を銃で撃った。この光景を茫然と見つめる事しか出来なかったネイは、子供達が銃で撃たれた瞬間に、懐に入れておいた小さなナイフでビュノー中尉に切りかかったが、その動作を見せた瞬間に別の騎兵に撃ち殺され、道の真ん中で血の海を作った。
「死体を道の端に寄せて道路を開けろ。荷車には火を掛けておけ。」
「はっ!」
うんざりしている顔で命令をしているビュノー中尉の元に、ヴァイス少尉が駆け寄った。
「ビュノー中尉、大丈夫ですか?」
「ああ、何がだ?切り付けられた事か?」
「ええ、それもありますが…」
「全く気が滅入る。命令とはいえ無抵抗な老夫婦や子供に手を掛けるなんぞ……」
「危険ですから、ああいう事は部下にお任せ下さい。」
「うむ、以降は頼む。少々気分が悪いので少し休む。」
こうして第三軍への撤回命令は間に合わず、ロアイアンを出発したビュノー中尉率いる移動即決裁判所じみた先遣騎兵中隊のような部隊は街道のあちこちに居たのだ。そしてあちこちで同様の虐殺を行いつつ、ブランザックを目指していた。このような仕事を行った部隊は、第一軍の生き残りが患ったPTSDとは別の意味での精神的な傷跡を残していった。
日本からの連絡で、ようやく無人偵察機を飛ばせる事が可能となった事で直ぐにエウグスト全域での上空からの監視活動を行い始めた高田は、直ぐにその街道での虐殺行為を確認した。念入りに街道に沿って死体が並んでいる光景を映像に収めてル・シュテル伯爵の元に映像を送った。それは直ぐに解放戦線へと知れ渡る事となった。




