13.街道を進む者達
ロアイアンからブランザックを経由し、エウルレンに向かう街道の上を複数の荷車を引く一団が歩いていた。
ロアイアンからブランザックの町までは800km程もある。だが彼等の町に流れた噂は瞬く間に広まり、エウグスト人達は挙ってロアイアンから逃げ出す事に躊躇しなかった。その噂とは、皇帝がエウグスト人の抹殺指令を出し、直ぐ帝国軍があちこちの町や村でエウグスト人の虐殺や焼き討ちをして回っているという噂だ。その根拠となったのは、第一軍がエウグスト人によって壊滅したという話も同時に流れており、それによっての抹殺指令なのだと聞いた者は理解した。
そして慌てて逃げ出したもののロアイアンからブランザックまでの街道は舗装化されてはいない。未だ旧道の状態で、石を敷き詰めた道である為、荷車の進みは遅い。ある家族は小さな子供を荷車の上に乗せ、前を夫が引き、後ろを妻が子供の相手をしつつ押しながら進む。また、ある老夫婦は荷車を共に引きながら進んでいる。そしてこれらの集団の先頭には人力以外で荷車を引く馬車の類や馬で荷車を引く集団が進んで行く。この小さな集団のような姿が街道のあちこちで切れ目なく続いていた。
そして、ここロアイアンの第三軍司令部では…
「シュテッペン中将!帝都からの指令をご覧になりましたか!?」
「ああ……帝都は何を考えているのかね。エウグスト人を全員抹殺せよ、だそうだ。一体何の為だろうな、マクスウェル大佐。」
「ですが正式な指令としての書式は整っております。尚、通達に来た連絡兵から聞いたのですが、帝都ザムセンに賊が侵入し、帝都ザムセン内で相当な被害が出たという事ですぞ。」
「賊程度で抹殺と迄は考え辛いな。最近、噂に聞く反ガルディシア組織による攻撃ではないのかね?」
「可能性も無きにしも非ずでしょうな。何せ、その賊が行った破壊行為の結果、ザムセン港は閉塞し、新鋭戦艦が3隻だか行動不能となっている様です。それと帝都内でも陸軍と海軍の司令部が爆破されたとの事。賊如きが成し得る成果ではありますまい。その組織がどれほどの規模かは伺い知れませぬが、中々にやりよりますな。」
「マクスウェル大佐、君はその賊を随分と買っているようだね。」
「中将、滅相も御座いません。ですが、久々に我々が全うに戦う機会が来たのかと。」
「その反ガルディシア組織とかね?その前に、この嫌な仕事をせねばなるまいて。」
「確かにそうですな……無抵抗の民を相手にするには些か抵抗がありますが。」
「だが命令だ。致し方無い。それと、最近このロアイアンからエウグスト人が大量に出奔しているそうだが、この指令と関連があるのかもしれんな。もしや、皇帝からの命令がどこかで漏洩している可能性もあるな…第三軍情報部のカートマイヤー中佐を呼んでくれたまえ。それと第二騎兵師団と第五騎兵師団の出撃準備だ。騎兵師団は先行してブランザックまで進め。」
「承知致しました。騎兵師団は既に出撃準備が整っております。まずブランザックまで先行し、その後に歩兵師団と合流の上でエウルレンに向かいます。それと、カートマイヤー中佐は…これ、そこの二等兵。カートマイヤー中佐を急ぎ呼んで参れ。」
第三軍は二個騎兵師団と二個歩兵師団を抱え、西ダルヴォート地域の防衛を担っている。だが、皇帝によるエウグスト殲滅指令を受け取った第三軍司令シュテッペン中将は、即座に二個騎兵師団をブランザックに差し向けた。そうしてロアイアンからブランザックに至る800kmの道のりには帝国第三軍の二個騎兵師団総兵力37,000の軍勢がブランザックに向けて動き出した。
避難民たちの群れは街道全域に渡って連なっていた。その先頭はブランザックから600km程離れた場所に居り、最後尾はロアイアンから離れる事150km程度の地点を進んでいた。だが、荷車を人力で引いた集団の進む速度など高が知れている。彼等がゆっくりと進むこの街道を、後方から騎兵師団先遣中隊が猛烈な勢いで進んでいた。その先遣中隊の先頭を走るビュノー中尉に、副官が走りながら馬を寄せた。
「ビュノー中尉、今回のこの命令はなんなんですかね?」
「知らん。だが気に入らんな。エウグスト人を抹殺せよ、とか一体なんなんだ、これは。」
「あくまでも噂なんですが、第一軍がエウルレンで壊滅したそうです。」
「そんな馬鹿な。皇帝直属の第一軍だぞ。あの常勝無敗が負けるものか。」
「いや連絡将校からの情報なんですがね。帝都ザムセンにも相当被害が発生して、城にも敵が侵入したと。」
「城にはあの連中が居るだろうが。親衛隊とその選抜の近衛が。」
「その親衛隊が全滅したそうですよ。夜襲を受けて。」
ビュノー中尉は、親衛隊への選抜試験を受けた時を思い出していた。
自らそれほど能力が無いとは思っていない。寧ろ自分の力には自信があったのだ。だが、親衛隊選抜試験のその日、彼の自信は打ち砕かれた。体力や射撃など様々な難関を受けビュノー中尉は選抜試験を辞退した。共に受けていた者達は自分よりも遥かに優秀だった。だが、その優秀な彼等でさえ自ら辞退してゆくのだ。根性と気合だけで喰い付いて行くには限界がある。ビュノー中尉は、試験を諦めて騎兵への進路へと進んだ。一度夢に見て目指し、そして諦めた親衛隊。その選抜試験を勝ち抜き、更にそこから選り抜かれたエリート中のエリートである皇帝近衛兵。彼等親衛隊が全滅する、とは敵は一体何者なんだ?
「しかも皇帝陛下を守っていた近衛も全滅したそうです。陛下が脱出の際に連れていた何人かを除いて。」
「近衛が?ははっ、それはありえないぞ、ヴァイス少尉。あの連中がそんな簡単に全滅する筈がない。選りすぐり中の選りすぐりだぞ!?俺は間近であの連中を見た事があるが、次元が違い過ぎるんだ、あいつ等は。」
ビュノーは自らの記憶の中で自ら届かなかった親衛隊を神格化していたが、そういった経験が無いヴァイス少尉は、単純にエリートの兵である程度としか認識していない。そして、この中尉の反応は所謂憧れを語る彼の心のドアを解き放った気配がする。また中尉殿の何度目か知れない程の親衛隊試験の思い出話が開始する予感だ。すぐにこの場を離れなければ。
ヴァイス少尉がそんな事を思いながら辺りを見渡すと、街道の先に人が歩いている姿が見え始めた。




