09.地方の酒場で
ここはエウルレンから離れる事500km北西の小さな町パナレック。この小さな町には酒場が2軒しか無い。その1軒でエウルレンから来たと言う青年がカウンターで独り酒を呑んでいた。
「んん?お前さん、ここらじゃ見ねえ顔だな。炭鉱帰りか?」
「ああ、俺ぁエウルレンから来たんだ。さっきパナレックに着いたばかりでな、この先のエウグスト市に行くんだがな。もう夜も遅いし、この辺りで宿でもと思ってな。」
「エウルレンかい、あんたもアレかい? 帝国の第一軍から逃げてきたクチかい?今頃エウルレンはめちゃめちゃになってんだろ? ここらでも解放戦線とかいう連中が幅を利かせ始めたけんど、帝国には敵わんだろ。なんせ連中の首都ザムセンをめちゃめちゃにしたって話じゃないか。そら帝国の報復も相当だったんだろうな。」
たった500kmの距離でも情報の流通から外れた場所はある。通信の遮断によって、その影響は相当に大きく、尚且つエウルレン封鎖によって人の動きが無くなった為、ここらの町人の情報は1週間程度遅かった。
「そうか、エウルレンの件はアンタ知らないのか。じゃ教えてやるよ。」
エウルレンから来たその男はこの酒場の常連と思われる男にエウルレン南での戦いを詳細に説明した。そしてその勝敗の結果を聞いた途端に驚いて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。帝国の第一軍がエウルレンまで攻めた挙句に負けて逃げ帰ったって!?そんな馬鹿な!そりゃ本当の話なのかい??」
「ああ?馬鹿も阿呆もねえ。解放戦線が勝ったんだよ、完膚なきまでな。」
「すげえな……そいつはすげえ話だ。もう一回聞くが、本当なんだな?」
「当たり前だよ、俺ぁその場で帝国の連中相手に戦ってたからな。逃げてゆく連中の姿も拝んでいるぜ。」
「なんだ、あんた解放戦線の人だったのか!こりゃ1杯奢らせてくれ!」
「あんた達、呑気にしてらんねえよ。俺がここに居る理由ってモンがあるんだよ。あのな、第一軍が何で来たのかってえとな。俺達は連中の首都を焼き払った。怒りに狂った皇帝が、第一軍に命じたんだとよ。エウグストの連中を殲滅せよ、ってな。」
「エウグストの連中を……殲滅…??」
「おうよ、殲滅だ。完全にトサカに来たらしい。皆殺しなんて言い出したんだよ、あの皇帝サマは。ま、大人しく殺されるのを待つ程俺ぁ人間出来ちゃいねえからな。攻めてくるなら逆にぶっ殺してやるけどな。ただ…」
「ただ……なんだい?」
「あんた達も殲滅の対象なんだよ。エウグスト人ってだけでな。」
そこに常連の別の男達が入ってきた。
この辺りの猟師や商人の一団だった。
「おい、なんか表に珍しい物が置いてあるじゃねえか。あれ、アンタのかい?」
カウンターの男は常連の男と話していて気が付かなかったが、男と話していた常連客が目敏く入ってきた猟師や商人の一団に一瞥をくれて、カウンターの男に聞いてみる。
「なんか、表に珍しい物があるって言うが、アンタのじゃないのかい?」
「お、知らねえ顔だな。バイクなんて珍しい物乗ってるじゃねえか。あんたどっから来た?」
「ああ、表のバイクか?そりゃ俺んだ。エウルレンから来たんだよ。このおっちゃんにも話してたんだけどな、あんた達にも知っていて貰いたい事があってな。あのバイクで色々触れ回っているんだよ。」
そして常連客に話した内容を、新しく来た猟師や商人の一団にも話始めた。次第に彼等の顔は真剣になり、如何に自分達が危険な状況に陥りつつあるのかを理解した。
「とまぁそんな訳で、帝国の連中はエウグスト人殲滅指令を出している。だが、俺達が通信を妨害しているので第三軍やら第四軍といった連中までは情報が伝わっていない。それに連中が動き出しても何かと大所帯だけに、ここらに来るにゃ相当時間が掛かるだろう。俺がここに来た理由はそれだ。持っていける荷物を可能なだけ持ってエウルレンに逃げろ。」
「だ、だが、あんた達解放戦線は第一軍に勝ったんだろ!? そしたら今度は第三だろうが第四だろうが、また勝ちゃいいんじゃないか?駄目なのか?」
「あのな、俺達ぁ神様じゃねえのよ。眠りもすりゃ疲れもする。ずーっと戦い続けている訳にゃいかん。人間だからな。俺達の方が今回は強かった。だが、連続してあの規模で来られたら、今度こそ俺達は全滅だ。弾は有限だからな。そこで、もう一つの理由がある。お前等の中で、解放戦線に参加したい奴はいねえか?人がいれば居る程、楽に勝てる。それは間違いない。」
「そんな事、言ったってなぁ…俺達ぁ戦った事もねえ。前のいくさの時も何も出来なかったし…」
「普通のいくさならそれも良い。だがな、今度は殲滅戦だ。連中は草の根探し出して根こそぎ枯らすって戦い方よ。どこに居たって安全じゃねえ。安全なのは戦う側だけだ。銃を持ってねえと安全じゃねえんだよ。皆殺しって言ってんだぜ、連中?」
「そ、それはそうだけど……ペーター、あんたどうする?」
「おらぁ猟師だからな。銃は毎日扱ってる。それに殺されるのも嫌だで。」
「俺は商人だからなぁ…銃なんて、そんなモン触った事もねえしな。なんか俺に出来る事はあるかい?」
「ああ、後方っつって銃持たなくても出来る仕事もあるぜ。戦うってのも色々な意味があんだよ。」
「そうか…そうだな。黙っていても殺されるだけなら、何か俺に出来る事をするよ。」
「ああ、それが良い。ともあれ、ここらは何れ危険になる。早い所引き上げた方が良いのは確かだぜ。それとこの話を知らない奴が居たら教えておいてくれ。解放戦線はエウルレンで待っているぜ。」
「ああ、分かったよ。伝えておくよ。」
こうして男は店の外に消えていった。やや暫くして店の外からエンジンの音が聞こえ、遠ざかっていった。
この男は走行中のバイクからヘルメットの中でどこかに通信をしていた。
「こちら第三レイヤーのレパード、パナレックに情報を伝え終わった、次はどこ行けばいいんだい?なるべく酒場がある町が良いんだが。」
「こちら、第一のトア、レパードさん酒飲んでバイク運転しちゃ駄目っすよ。」
「固い事言いっこなしだぜ。トアちゃん。こちとら戦闘終了からこっち大した休み無しでエウグスト領内を走り回ってんだぜ。次でそろそろ宿に泊まりたいんだが、駄目かい?」
「時間も時間ですからね。それでは70km程先のグランの町で今日は終了してください。」
「ありがとさん。トアちゃん!」
「俺の方が先輩なんですよ、レパードさん。」
「はっは、じゃ終わったらまた連絡するわ!」
殲滅指令を聞いた解放戦線は、最も機動力のあるバイクで持って、各地域に情報を伝えようと走り回っていた。現在行っている電話通信封鎖は当然敵味方を問わず影響下にある為だ。そしてレイヤー部隊は伯爵が持つ全てのオフロードバイクを使ってエウグスト各地へと注意喚起の情報を全力で流していた。
その数日後、街道という街道にエウルレンを目指す難民の群れで溢れる事になるのだった。だが、その帝国第三・第四軍には殲滅指令は届かず、その指令を受けた時には各軍の半径50km以内にエウグスト人はほとんど居なくなった後であった。