08.第一軍の無力化
第一軍を退けたエウグスト解放戦線は、次に訪れる筈の帝国軍に対抗する為の手段に着手した。といっても、現状で皇帝が出したエウグスト殲滅指令を解放戦線は未だ知らなかったのだ。だが、この殲滅指令は直ぐに知れ渡る事となるのである。
「あ、お元気ですか、ゾルダーさん。お願いしたい事があるんですが。」
「おお、タカダさん!第一軍との戦いはどうなったんですか? あ、いやそれよりも重要な事がある。皇帝陛下が此度の第一軍出撃に際し、エウグスト人の殲滅指令が出たのですよ!第一軍はその指令を元に動いています!」
「第一軍ですか? 先ほど後退していきましたよ。それにしても殲滅指令ですか。」
「…え?後退……というと?」
「第一軍の持つ戦力の6割強を失って継戦能力喪失による後退、ですかね。」
「6割強って……一体どんな戦い方を……」
「いやなに固い壁作って、立ち止まらせて、上から砲弾降らせただけですよ。」
「それだけで…全然想像出来ないんですが。あ、それでお願いって何ですか?」
「そうそう。ええとですね、そちらの電話の方の通信環境なんですが未だ復旧していないですよね?」
「はい、未だ復旧していないですね。電力は戻ったんですが。」
「暫くその状態を維持して頂けますか? 今暫く通信が復旧していない状況が望ましいいんですよ。」
「とは言っても何をどうやって復旧させるのか、何が障害となっているか分からないですよ、タカダさん。」
「簡単なので、後で復旧方法を教えますね。ただ今は帝都からの指令が地方に届く迄の時間が長い方が望ましいのですよ。この時間差を利用してエウルレンを守りたいと思ってましてね。」
「ああ、成程。第三軍と第四軍、そしてヴォルンの第四艦隊ですね?」
「主にそれが大部分なんですが、もう一つありましてね。これも後で説明しますよ。それとここからお伝えしたいもう一つの事を連絡します。これから第一軍がザムセンに戻ります。第一軍の相当数の兵は、所謂PTSD(心的外傷後ストレス障害)という状態に陥っています。これは我々が居た元の世界での戦争でも起きた症状なんですが、恐らく彼等は暫く軍隊での職務に就く事が出来ない状況になっています。これらの情報をそちらの医学会を経由して流して欲しいんですよ。」
「これらの情報って、そのPTSDとやらの事ですか?」
「そうです。必要であれば最低限論文纏めてそちらに渡しますが、医者の方からそちらの第一軍の兵が既に使い物にならないというお墨付きを付けてくれるなら一番良いんですよね。言うなれば、後は今後戦闘を行わずに第一軍を無力化したいんですよね。」
「ああ、そういう事ですか…そういえば、第二軍の残余も一部使い物にならなくなった兵が居ると噂で聞いた事がありますが、それも同じなんでしょうかね?」
「そうですね。我々の世界では二度の世界大戦によって様々なデータが得られましたが、そのデータの一つがそれなのですよ。こうなるには様々な要因がありますが、今回は軍事的要因って奴ですかねぇ…何れにせよ医学会側から第一軍の兵を見る事が出来れば彼等には裏付けられるとは思いますので、まずは情報を流して頂ければ、と。」
「分かりましたよ、タカダさん。一応軍医の方に伝手がありますので、そちらに流してみましょう。」
「お願いしますね。それと第一軍は4日後位にはザムセンに着くでしょう。その後、ザムセンは混乱に陥ります。ですが、兵力拡大の機会でもあります。最大限に活用してください。では、私はこれにて失礼しますね。」
「ええ、気を付ける事とします。それではまた、タカダさん。」
無線を切った後に高田は少し考え事をし、そして皆の方に振り返った。
「重要なお知らせがありますが、悪い知らせというべきでしょう。ガルディシア帝国は皇帝の名の元でエウグストの殲滅宣言を出しました。今回、第一軍はその任を負ってエウルレンに侵攻した様です。幸いな事に第一軍の侵攻を撃退する事が出来ましたが、殲滅宣言が出ている以上は今後も更なるガルディシア帝国軍の攻撃が予想されます。よって私は人道的立場から日本政府の介入を要請したく思います。」
「…エウグストの殲滅宣言? どういう事だ?? 俺達エウグスト人を根絶やしにするという事か?」
「エウルレンなら守れる。だが、エウグスト市やティアーナや他のエウグスト領域に住むエウグスト人はどうなる?」
「という事は、第三軍や第四軍がすぐ傍にある地域は危険という事か…」
「そうです、皆さんの危惧は正しいでしょう。ですが、一つ彼等ガルディシア帝国は問題を抱えています。それは通信を分断されたままの状態なので、この皇帝は発した命令が未だ届いていない場所があるという事です。それはエウルレン以北の第三、第四軍がある地域です。つまり彼等の軍はこの命令を未だ知らない。彼らの元に情報が届くのは何時になるのかは不明ですが、遮断状態はそれ程長い事にはならないでしょう。この時間差のあるうちに色々問題を片づけて行きましょう。」
「とはいえタカダさん、直接俺達に向かってくるなら対抗策もあるだろうが、住人に対する根絶やしなんぞやられたら、ここから出て戦わないとならん。そうすると今迄のような被害では済まない。戦力の少なさが如実に影響してくるぞ。」
「ええ、理解しています。その為、日本の協力が必要となってくるんですね。直接間接問わず色々と圧力の掛け方もありますし、出来る事は全部やろうと思っておりますので。」
ル・シュテル伯爵領は旧エウグスト領の僅か数パーセントに過ぎない。
そしてエウグスト人が住む領域はバラディア大陸の半分を占めている。このエウグスト人全てを殲滅するとなると、どれだけの労力が必要なのかは不明であるが、途轍もない事は間違いないのである。それを皇帝は宣言したのだ。幸いな事に、この皇帝の指令はエウルレン以南でしか通達されてはいない。だが、この情報を入手した伯爵たちは、エウグスト領域内で積極的に情報を流し、そしてこの情報を入手したエウグスト人の中で相当数が老若男女問わず解放戦線への参加を決めたのだった。
そして日本政府にも高田からの情報により、ガルディシア帝国皇帝による公式な殲滅宣言が伝えられた。まずは外交ルートを通じて真偽の確認を行おうとしたが、連絡用の電話通信は回復していなかった為、帝都ザムセンに向けて再びUS-2が飛ぶ事となったのである。