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ガルディシア帝国の興亡  作者: 酒精四十度
【第四章 ガルディシア落日編】
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06.撤退の決断

エウルレン南の街道出口に立ち込めた煙はようやく風に流されていき戦場の視界は回復しつつある。そこには帝国第一軍司令部の将星にとって信じられない凄惨な風景が広がっていた。


既に左翼及び中央への牽制攻撃を行った第二歩兵師団は潰走、ヒァツィント少将はなんとか残存兵力を搔き集めて再編しようとしたが、生き残った兵は砲撃のショックによって使い物にならない状況に陥っていた。また、砲撃のショック症状を受けなかった者達も、このショック症状を発症している仲間の兵を見て既に怖気づいてしまい、これらの恐怖が伝染して第二歩兵師団は戦力として使い物にならない状況となっていた。


そして主攻集団である第一・第三歩兵師団は前後の二つに分断され、前部分にあたる戦力はエウグスト解放戦線左翼の防御陣地に磨り潰された。後ろ部分の戦力である騎兵師団は、迫撃砲によって粉砕されたのだ。前面に広がるこの光景に茫然と司令部に立ち尽くしていたランツベルグ中将だったが、ふと笑いながら言った。


「儂もこれで漸く元帥か。生きて元帥と呼ばれる事は終ぞ来なかったな。」


「閣下、まさか…?」


「儂はこの敗戦の責任を取らざるを得まい。このまま帝都にも戻れん。ルックナー、儂が自害した後は貴様が指揮をとれ。こうまで撃ち減らされては戦いも継続出来ぬ。早急に軍使を送って休戦なり停戦なりを申し込め。」


「か、閣下!お待ちください、まだ戦いは終わっておりません!!」


「ハイドカンプ、状況を良く見よ。彼我の損耗状況を確認してみるが良い。我々がこれだけの被害を受けておるに比較し、連中はほとんど被害を受けてはおらん。確かに残った戦力は我々が多いのかもしれん。だが、その残った連中を良く見たか?あれが使い物になると思うのか? そもそも貴様の騎兵師団はどうなった?」


「そ、それは……」


「停戦旗を掲げて、軍使を送れ。儂は籠る。頃合いを見て来てくれ。後は頼む。」


「閣下……」


「そうだ。ルックナー、後で書面を認める。家族に渡してくれ。では皆、健勝でな。」


そのままランツベルグ中将は仮設司令部に入り暫くすると1発の銃声が聞こえた。ルックナーは直ぐに仮設司令部に行くと、ランツベルグの手紙を懐に仕舞いつつ、項垂れる将軍達を前にして言った。


「ランツベルグ中将は自害なされた。……立派な最後だった。中将の御意志を私、ルックナーが引き継ぐ。全軍に告ぐ。直ちに後退せよ。かくなる上はこれ以上の被害を出さずに速やかに後退する事だ。…相手が許してくれるならな。」


「うむ。……だが降伏はせぬと言う事だな?」


「当たり前だ。撤収が可能であれば撤収する。負けであっても速やかに撤収が可能であれば再起が可能だ。降伏したとなれば、敵の虜囚となった我々がどのような目に会うか分かったもんではない。更には陛下が、たかだか反乱勢力に敗れて降伏をし虜囚となった我々をお救いになると思うか、ヒアツィント?」


「ああ、まぁ…そうだな……」


ヒアツィントは過去にヴォートランやエウグストの兵が敗れた後に炭鉱での強制労働に送られた事を知っている。高級将校であれば捕虜交換等で戻る事も可能だ。だが、国家が失われた場合は交渉も何も無い。全員死刑となるだけだ。しかも今回は、相手が国家でさえ無い、ただの反乱勢力なのだ。降伏した後の処遇など推して知るべしである。


「それでは撤退戦という事で、皆異論は無いな?それでは動くぞ!砲兵連隊及び輜重連隊は帝都に向けて前進せよ。その際、工兵と協力の上、エウルレン街道入口の砲弾集積所に全ての弾薬を集め爆薬を仕掛けた上で、全軍撤収時に爆破せよ。街道出口を塞ぎ、追撃を阻害する。第二歩兵師団残余は再編の途中であるが、再編終了と共に後退せよ。あれは恐らく暫くは戦闘に使えぬ。良いな、ヒアツィント?」


「うむ、済まぬ。ただ、残余の中で戦える者を再編して後退時の防衛に使えぬか?」


「駄目だ、選抜する時間も無い。全て撤収だ。次に第一、第三歩兵及び騎兵師団はまず攻勢出発点まで後退だ。どれだけ生き残っているかは分からんが、ともかく前線から兵を下げねばならん。可能な限り速やかに後退させよ。ここまで戻れば、再編も可能だ。頼むぞ、ハイドカンプ、イエネッケ。」


ここに居る全員が、前線から戻ってきてうろつく無人の馬を見ている。正直、あの砲撃から騎兵がどれだけ生き残れたのか考えただけでも絶望感が走る。だが、生きているのなら再編も可能だ。このまま各個に撃破される可能性の方が高いが、兵を下げればそれも回避出来るかもしれない。


「まず、生きて帝都に戻る事が肝心だ。その後の事は後で考えるぞ。全軍行動開始!」



ちょうどその頃、ル・シュテル居城内の臨時司令部でも、帝国第一軍の動きを察知していた。画面上ではB集団が集まりつつあり、その動きは再編して攻撃を行うのではなく、集まった者達はそのまま街道入口を目指している。そしてA集団の真ん中に走る火柱はようやく落ち着き、前後の連絡が回復した状況となってはいたが、A集団そのものが銃の射程外に後退し、そして一塊のままじりじりと後退していた。


「ううむ、どうやら帝国軍は撤退に舵を切りましたね。」


「伯爵、追撃戦はしますか?」


モーリスに聞かれた伯爵が答えるより先に、高田が答えた。


「いや、もう少し待ちましょう。ただ、兵を出しての追撃はしない方が良いでしょう。この平原で少数の我々が追撃を行えば、逆にいらぬ被害が発生しますよ。」


「あ、タカダさんやっぱりそうですか。という事で、待ちましょう、モーリスさん。」


高田は、全軍が後退に舵を切った後にボトルネックとなる街道入口に兵力が密集する瞬間を待っていた。そこに迫撃砲の残弾を全部撃ち込む算段だった。それならば相当に戦果を見込める上に味方の損害も少ない。先に言ったように。この平原で勝っているからと言って追撃を行えば敵第一軍の反撃に必ず会う、しかも窮鼠状態なのである。


「そうだ、伯爵!マルソーからの弾薬補充は間に合いそうですか? それとモーリスさん、現時点での迫撃砲部隊の残弾はどのくらいありますでしょうかね?」


「確認するよ、タカダさん。少し待ってくれ。……残弾ゼロだ、全て打ち尽くしている。」


「ううむ、やはりそうですか。では後は補充が何時到着するかが勝負になりますね。」


「困ったな…マルソーに補充用の弾薬は或る程度あるが、運ぶ為の手段が無い。用意していたトラックが故障して動けないようだ。今、現場で手配してはいるんだが、例の輸送作戦で徹夜で運転し続けて全員ぶっ倒れて、運転者が確保出来ない様なんだ。」


「ああ、それは盲点でしたね。困ったな…なんとか運ぶ手段は無いでしょうかね。」


既に動ける者は全員この戦場に来て戦っている。他の人手なんぞ無いに等しい。壊れたトラックと確保出来ない運転手。どちらか片方なら難なく解決する問題も、二つ同時となると人の層の薄さが如実に影響しているのだ。


ボトルネック部分に攻撃を集中する事で、第一軍の戦力を恐らく相当減らす事が可能な瞬間なのに、それを行う事が出来ない。考えに考え抜いて、伯爵は言った。


「乗用車で可能な限り運ぶ事は可能かな、タカダさん?」


「運ぶ量は制限されますが、きちんと箱に詰められた状態なら可能です。ただ、裸の砲弾は運べませんが。」


「それならば、エウルレン市内のタクシーを全て集めて、マルソーの弾薬集積所から迫撃砲弾を運べるだけ運ぼう!」


「ふむ…指を咥えて眺めているより、それは良いアイディアですね、そうしましょう、伯爵。」


「ありがとう、直ぐに手配をするので少し待っていてくれ。」


ル・シュテル伯爵は電話を掛ける為に臨時司令部を出ていった。

第一軍がこの後無傷で撤収する事が出来るか否か、エウルレン市内のタクシーがどれだけ集められ、どれだけの砲弾を運ぶかに掛かってきたのである。

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