05.第一軍の崩壊
ル・シュテル伯爵のシアタールームでは、無人機から送られた映像に映る両軍を見下ろしながら、解放戦線の戦闘指揮をしていた。そして、スクリーンには右側の集団が全く動かなくなっている姿を映し出していた。高田は、ガルディシア側から見て戦線右翼の主攻集団をA集団、左翼と中央に牽制をかけていた助攻集団をB集団と名付けていた。この戦闘指揮所の中では淡々と事態が進んでいた。
「森の方は身動きが取れなくなった様ですね。エンメルスさん、良い仕事でしたね。」
「アレをまた回収する手間を考えたら、景気良く全部使って欲しいですが。」
「さてB集団の方は潰走状態なのでもう放置で良いでしょう。防衛線右翼の戦力を左翼に移動させます。A集団の突進はそろそろ例のゾーンに差し掛かりますが、もう頃合いでしょうかね?」
「ちょうど右翼の戦力が到着するタイミングで発動は如何でしょうかね?」
「ああ、その方が効率が良いですね。了解です、そうしましょう。」
「ん?…敵第一軍の司令部辺りに工兵が集まってますね。なんか土を集めているようですが…」
「後ろに控えている砲兵連隊が出てきましたね。さては、あそこに土を盛って高台作って砲兵陣地にするようですよ。あの座標は…グリッドGの4から5の範囲で砲撃をお願いします。タイミングは敵の砲撃準備完了の辺りで。そうですね、各砲3発で右から左に流すように砲撃してください。」
「了解です、発射のトリガーはタカダさんお願いします。」
「はい。ええと…そろそろですかね。砲兵陣地への砲撃開始願います。」
「伯爵、右翼戦力の移動は完了した。射撃準備完了。」
「移動完了了解。タカダさん、砲兵陣地への砲撃を開始した。次はどうする?」
「そうですね。砲兵陣地への砲撃が終了次第、次の座標はDの6から7を指向してください。例のゾーン発動と同時に砲撃開始で、今と同様に。A集団はどこまで接近しました?」
「防衛線正面200m程ですね。そろそろ陣地にも被害が出始めています。」
「了解、例のゾーンの真っ只中ですね、ちょうど良い。エンメルスさん点火してください。」
「分かりました、点火します。」
エンメルスの合図と共に、A集団と名付けられた第一軍の第一歩兵師団と第三歩兵師団の先端部を含む楔の先端から中心にかけて、地面に幅2mの浅い深さの溝から炎が走った。更に溝の中に仕掛けられていた爆発物に引火して多少の被害を齎した。だが、このトラップの真の目的は溝から沸き上がった炎によって第一軍を分断する事にあった。炎によって前進が出来なくなった第一歩兵師団と第三歩兵師団の後方集団に、先程第二歩兵師団を壊滅に追いやった迫撃砲弾が降ってきたのだ。
「おおお、炎の壁が出現しましたよ!スペクタクルですね、素晴らしい! それにしても順当に分断しましたね。迫撃砲の砲弾残量は足りていますかね?」
「足りない分があれば工場直送で送りますよ。」
「はは、産地直送ですね。前線に確認してみてください、エンメルスさん。」
「了解です……えーと、取り合えず1門につき残り30発位あるそうです。」
「そうですか。伯爵、一応工場直送をお願いします。可能な限りで。」
「了解しました。30発/1門では足りなくなる可能性がありますか、タカダさん?」
「念の為ですよ。この戦いで第一軍の無力化を狙うなら中途半端は良くないでしょう。可能な限り戦果を広げておきたいのです。今後、北の方から狙われるのは確定事項ですから、その前に敵の総戦力は少ない方が良いでしょう。」
「ああ、そういう事ですね。分かりました、直ぐに手配します。」
こうしてル・シュテル伯爵の城の中で淡々と戦闘指揮が行われ、その結果エウルレン南の戦場では阿鼻叫喚の地獄絵図が展開していた。炎によって分断された第一騎兵師団は前方に立ち塞がる炎の壁によって、後退を余儀なくされたと思う暇も無く降り注ぐ砲弾の嵐に蹂躙されていた。
「あの砲撃はあんな所まで届くのか!!」
「いかん、急ぎ騎兵を後退させろ、ハイドカンプ!!このままだと騎兵が全滅するぞ!!」
「何度も伝令を出しているが、あそこまで辿り着けんのだ!!」
第一軍司令部では大混乱が巻き起こっていたのだ。
そもそも、司令部の少し先で砲兵陣地を作り上げた瞬間に砲撃が降り注いだ。この砲撃は司令部にこそ届かなかったが、砲兵陣地がめちゃめちゃに粉砕され、一度も砲撃を行う事なく設置した砲全てが砲兵をも巻き込んで粉砕された。その直ぐ後に、第一歩兵師団と第三歩兵師団の楔が立ち昇る炎によって分断され、それが合図かの様に楔の後方が再び砲撃によって蹂躙されているのだ。この砲撃の中心地にあたるのは、敵防衛陣地を後方から機動力によって攪乱する目的を持つ騎兵師団だった。この騎兵を失ってしまえば、歩兵による地道な消耗戦しか攻略方法が無くなる。だが、敵防衛陣地は意外に難く、懐にさえ飛び込めない。既に砲兵を失った第一軍には、今の状況で切り札の騎兵師団を更に失う事は敗北と同義である。
「なんとかして騎兵を下がらせろ!!騎兵を失えばこの戦いは負けだ!!」
「自分が行きます!」
「頼むぞ。貴様だけが頼みの綱だ!!」
もう何人目か分からない司令部付けの連絡将校が意を決して砲撃の雨の中を突入してゆくが、辿り着けたかどうだかも分からない。永遠とも思える砲撃の雨が止んだのは十数分後の事だったが、戦場には薄く煙が立ち込めており前方に居る師団の安否も分からない。そして静まり返った戦場に立ち込める煙の中から、数頭の馬が無人で戻ってきた。
司令部の将軍達は茫然としながら、辺りをうろつく無人の馬を眺めていた。
だが、この地獄はそこだけでは終わらなかった。
炎によって分断された楔の先頭集団は、後退が出来ずに前進するしか無くなった。しかも炎の壁の向こう側では味方の騎兵集団に対してなのか、砲弾が雨あられと降ってきて耳が何も聞こえなくなった。後ろに下がれば、炎に焼かれる。その炎を飛び越え後退すると、砲弾に引き裂かれ、そして焼かれる。茫然としつつも前に出る事を余儀なくされた先頭集団は、ただ闇雲に銃を抱えたまま前に向かって走った。そこに自分が助かる場所があるかのようにキルゾーンに向かって全力で走り出したのだ。辺りの兵達も、走るその姿を見て同様に駆けだした。
向かった先に助かる場所なんて物はどこにも無かったのだ。
そして駆ける力も無くその場でへたり込んだ者の少数から降伏旗が上がった。彼等は味方から射殺された。




