01.エウルレンの準備
「これからどうします、隊長?」
「うむ、取り合えず動き様が無え。本部と全然連絡取れないしな。おまけにエウルレンがああいう状況なら、そこを経由してザムセンに行く事も出来ない。ったくどうしたもんかな。」
ブルーロ達は解放戦線による武装蜂起の夜にブランザックまで後退した。エウルレンからザムセンまでの回線が全く通じなかったが、それはここブランザックでも同様で未だ回線は復旧していない。完全にブランザック以南で完全に情報が遮断された状況となっているのだ。そして脱出時にエバーハルトを検問所の兵を連れて行く為に派遣したがその後の混乱の最中に行方不明となってしまい、今やブルーロ特殊作戦団は9名となってしまった。
「エウルレンを経由せずにザムセンに向かうなら東側のティアーナ回りで南下する方法はどうですかね?」
「それも考えたんだがなぁ…まず、第一にティアーナが解放戦線の手に落ちている可能性がある。第二に通信が回復した場合、東の海岸回りで行くと数日かかる。着いた頃にゃ既に情勢が変わっている事も考えられる。動き辛いな。」
「エウグストの方まで行ったら通信は回復してますかね?」
「そうだな…一旦エウグストまで引いて改めて指示を仰ぐとするか。何れ俺達の何人かは面が割れていると想定しといた方が良いし、この状況で再度エウルレンへの潜入は厳しいだろう。」
だがエウグスト市でも通信は同様の状況だった。彼等ブルーロ特殊作戦団がエウグストまで引き、エウルレンの状況を第二軍の司令部が聞いて初めて知ったのだ。だが、再建中の第二軍がそれを聞いても何も出来る事は無い。この現状を第二軍司令部は第三軍と第四軍に対し伝令を送って情報共有を画策したが、彼等がその情報を受け取ったのは2日も後の事だった。。
こうして解放戦線による情報遮断策がガルディシア帝国内の情報を分断している間に、エウルレンでの防衛計画は着実に進んでいた。高田の指示により、エウルレンへの侵入ルート上には全て番号が割り振られ、この番号の指示によって火力を集中するような仕組みを構築しつつあった。この攻撃の為の情報は、エウルレン上空を飛ぶ無人機によって常に情報が更新されていた。ザムセンから戻った兵達は休息の後に、再び前線へと配置された。それを行うのが可能な程に第一軍の進行速度は遅かったのだ。だが、確実に第一軍はエウルレンに近づいていた。
エウグストの防衛ラインは鶴翼の陣のように街道出口正面部分に対して高台となっている高速道路上にブルトーザを数十台並べて作った簡易防御拠点と、出口を取り囲むように作った塹壕や土嚢での陣地構成となっていた。この出口から塹壕までの距離は1km近くあり、この1kmの空間に敵軍を誘い出しキルゾーンの中で殲滅する計画だった。
「概ね準備は出来たかな。タカダさん、第一軍の動きはどうですか?」
「相変わらずザムセン-エウルレン街道を緩々と進んでいますねぇ。恐らく罠を警戒しているんでしょうが、到着するのは明日の朝位でしょうかね。夜は身動きが取れない部隊も居る様ですしね。」
「あ、そうそう。そろそろ例の巡視船隊も戻る頃ですよね?」
「確かもうマルソー港辺りまでは来ていますね。こっちに来るのは3時間後位だと思いますよ。」
「それにしても今回は何故に失敗したんでしょうかね…」
「まぁ、色々理由はありますが、準備に余裕が無く無理やり強硬したのが一番の原因でしょうかね。ともかくも勢いだけでやっちゃった、というのは嵌ると強いんですが、想定外の出来事に滅法弱い。きっと何か想定外の出来事があったんでしょう。その辺りは、第一軍に勝った後で反省会ですねぇ。」
「流石に第一軍には勝ってる状況ですか?」
「どうでしょうかね。皆が全力を尽くせば勝てるとは思いますが、何せ人のやる事ですからねぇ…。それより弾薬製造の方は順調ですか?防戦用の弾薬の集積はどこまで進んでいましたっけ?」
「全力射撃で三日分位ですかね。恐らく三日もあれば終わると踏んでいるんですが…」
「三日分ですか。ん-…それでは工場も引き続き全力を出して頂きましょうか?」
「それでは三日では終わらないって事ですか?」
「いえ、北の方に敵が居なければ三日分で足りると思うんですが、北側の敵が何時頃にこっちくるのか、というのが気にかかる所ですね。それでも第二軍壊滅の傷跡はしっかり全軍に記憶されていますから、中々に近寄りがたいかもしれませんが。それよりも、今後のエウグストの方針はどのような方向で?」
「そうですね…皇帝拉致も失敗しましたし、武装蜂起の形となってしまったからには、これからエウグストは独立という方向で動かくしか無さそうですね。当初のガルディシア帝国への要求に関してはもう駄目でしょう。当初の計画では自治権の拡大をした上で帝国内に反帝国勢力を育て、かつエウグスト内での反帝国勢力を結集した上で内と外から同時攻撃をかけて帝国を打倒する、と考えていたんですが…。遠のきましたかね?」
「全く可能性が無いとは言いませんが極めて可能性は低いでしょう。ですが、帝国内の反帝国勢力は育てておいても損は無いですね。今の所、ゾルダー君の一派とグリュンスゾートの一派位ですが。ただ、ここで帝国軍を連戦で破るなら、帝国国民の中で厭戦気分は広がると思いますよ。何せ、帝都も被害を受けた訳ですし。」
解放戦線の当初の予定とは大きく違った結果が、解放戦線自体の戦略変更を強いた。
当座、攻め込んでくる第一軍をまずは排除しなければならないが、その後には必ず第三・第四軍が南下してくる。対する解放戦線のアドバンテージは銃の性能だけだ。第三・第四軍が合わされば14万もの兵力となる。とても1万そこそこの解放軍に勝機があるとは思えない。今後は第二軍が身を以て示した通り、再度の平地での戦いはガルディシア帝国側は忌避するだろう。向こうが有利な環境を強いられての戦いがあるかもしれない。攻める方は自由に攻める場所と時間を選べるのだ。だが、ル・シュテルはあまり深刻には考えていなかった。
「ま、きっと大丈夫ですよ。タカダさんと日本がこちら側に居る限り。」
結局の所、ル・シュテル伯爵は自分の側に日本が居る限り負ける事は無いと思っていたからこそ深刻な考えには至らなかったのだった。そしてこれから行われるエウルレン南の街道出口の戦いは、解放戦線側の圧倒的優勢で始まったのだ。




