68.帝国陸軍第一軍前進せず
改造巡視艇に積載していた2隻のRHIBが真っ暗闇の海を進む。
目標はザムセン軍港入口。そこに爆薬を仕掛けた水中工作班と旧式巡洋艦ロイエール・ベルトの乗員救助に行く為だ。時間はきっちり予定通りに入口周辺に着く。既にロイエール・ベルトの乗組員は梯子を降ろして降艦準備を終えていた。
「回収班だ、迎えに来た。水中班は?」
「ありがとう、すぐそちら迄降りる。水中班は未だ来ていない。」
「爆破は予定通りか?」
「予定通りだ。あと15分後に爆発する。」
「了解、足元に気を付けて乗れ!」
その時水中工作班の面々が水面に顔を出した。
スノーケルを外して、船上の回収班に話しかけた。
「よお、時間通りだな。回収頼む。」
「よし、お前等は後ろの船に上がれ、ヨークス手伝ってやれ。」
「了解、さぁこちらからどうぞ。手を。」
全員を回収したRHIBは直ぐにそこを離脱した。
そして回収班が去ってから15分後、ザムセン軍港入口で巡洋艦ロイエール・ベルトは大爆発を起こし、その後に水中班が設置した8個の爆薬によって8隻のガルディシア第一艦隊の戦艦が同様に大爆発を起こした。軍港内は完全に混乱し、二度目の爆発によって消火に駆け付けた海兵達に多大な被害を齎した。RHIBの面々は全く被害を受けずに改造巡視船へと乗り込んだのだった。
火力発電所を制圧したレパードのA集団は、軍港爆発のタイミングで撤収を開始した。この時点で被害を受けていないA集団はそのまま軍港近くの山まで移動しつつあった。ここを拠点に海兵のザムセン城下町への移動を阻害する為だ。現時点では港と船の被害で釘付けとなっていた第一艦隊の海兵達は、同時に起こった政府関連施設における連続爆発と騒乱によって必ず城下町に誘引される。ここで海兵の移動を横から妨害する事により、彼らの港に釘付けにするのだ。予定通りA集団は山間に位置して攻撃態勢を整えた。
ベール率いるC集団は予定通り各所に時限式の爆発物を仕掛け、第一軍が来るであろう場所への障害物設置を完了していた。そのC集団が集合予定場所に集まり始めた頃に、モーリス率いるD集団が到着し始めた。
「状況はどうだ、ベール?」
「おう首尾は上々だ。もう直ぐあちこちで花火が上がるぜ。それを合図に俺達は城の方に移動する。そろそろ皇帝親衛軍も最初の衝撃から立ち直る頃だ。俺達が追加の料理を持っていかねえとエンメルス達が苦労する。」
「ふっ、了解だ。第一軍はこの先の道路から来るんだな?」
「ああ、この道の先には第一軍宿舎と駐屯地がある。来るとするならこの道路だ。たっぷりバリ築いておいたんで迅速な移動は出来ない筈だ。来る奴らを片っ端から片づけておいてくれ。」
「それは任せろ。お前等はゲルトベルグ城を頼むぞ。」
「任された。あと撤収の合図は無線と信号弾の二本立てだ。タイミング間違うなよ。」
「おう、エウグストの為に。生き残れよ、ベール」
「エウグストの為に。お前もな、モーリス。」
そしてザムセン城下町では連続した政府関連施設の爆発が続いた。これをきっかけにベール率いるC集団はゲルトベルグ城への移動を開始し、モーリスのD集団は防御陣地を作り始めた。
そして解放軍と第一軍との戦闘は、ベールのC集団とファーヴィグ大佐の第一軍所属第4歩兵師団第14連隊の間で開かれた。ベールのC集団はザムセン城下町から真っすぐ伸びるゲルトベルグ城への街道を北上していた。そしてファーヴィグ大佐の第14連隊は駐屯地から途中をショートカットし最短距離をゲルトベルグ城に向かって行軍していたのだ。この道はV字型になっており、ゲルトベルグ城の手前で合流する道をお互いに直進していたのだ。こうして合流手前でお互いが確認出来る状況の中で、ベールは暗視ゴーグルでガルディシア陸軍と認識した。が、ファーヴィグは敵と認識出来ず、この差が悲劇を生んだ。
「10時の方向、ガルディシア陸軍だ!総員自由射撃しろっ!!」
いきなり右手から攻撃を受けた14連隊は最初の一撃で多大な被害を受けた。しかも経験した事のない弾幕を張られている。ファーヴィグ大佐は咄嗟に土手に逃げ込んだが、逃げ遅れた1/4の兵が道路に転がって呻いていた。
「なんだっ、友軍じゃないのか?誤射か?どうしてだ!??」
「大佐!敵です。ですが例の親衛軍に配備された銃です、あれは!」
「いや、それは分かる。何故それで我々が撃たれているんだ?」
「もしや敵はあの銃を既に実用化して配備しているのでは…?」
「そんな馬鹿な!まだ実弾も揃わんのだぞ!?あれがどこの連中かは知らんが、我々が配備出来ないものを何故敵が持っている!?」
「分かりませんが、連中の規模は我々と同じく連隊規模の模様です。あの銃を全員が装備しているなら、我々に勝ち目はありません。」
「くっ、違いない。既に遭遇時でこれだけ撃ち減らされたからな。おい、大隊長は生きてるか?ゴース中佐は居るか?バールデン少佐は?」
「ゴース大隊長は戦死しました、代わりにブルーメ少佐が指揮とってます。バールデン大隊長は後方で釘付けになって動けません!」
「ゴースがやられたか…。伝令!ブルーメに指示を出す。迂回して連中の側面から攻撃をかけろ。このままだったらジリ貧だ。連中に援軍が来たら我々は殲滅される。その前に包囲かけるぞ。行け!」
ここで持ち堪えれば、じきに後続の第一軍から援軍が来るに違いない。それにブルーメが側面攻撃に成功すれば、連中も後退せざるを得ない。そうなれば、こちらも不利な状況から少し引いて体勢を立て直せる。今のまま、ここで戦い続けるのが一番不味い。ファーヴィグ大佐はこの街道合流路で持久しつつ援軍を待ち続けた。だが、援軍はいつまで経っても来なかった。何故なら、ガルディシア陸軍第一軍の本隊は出発した瞬間からバリケードに阻まれ行動が阻害された状態で、まともにモーリスのD集団からの銃撃を受けていたからである。
「中将!前方に障害があり先に進めません!!」
「切り開け!このままだったら騎兵師団も使えん。急げ!歩兵師団を前面に出せ!啓開しろ!」
「前方障害物撤去完了!第一歩兵師団前進します!」
歩兵師団が前進を開始し始めたと思った瞬間、前方から連続した射撃音が聞こえ始めた。これは何時ぞやにゲルスフェルト武器試験演習場でお披露目された連射銃の音じゃないのか?あれは親衛軍が装備している筈。とすると、前にいるのは親衛軍か?何故我々を攻撃してくるのだ?
「何故親衛軍が我々を攻撃する!?誰ぞ、前方の親衛軍に連絡せよ。我々は友軍だ!」
「おーい、ガルディシアのクソボケ共、俺達ぁエウグスト解放戦線だ。大人しくそこに居ろや。この新式銃で穴だらけにしてやるからよ。」
「な、なんだと!エウグスト解放戦線だと!??」
「ついでにこんなのもあるぜ。たっぷり味わいな。」
その瞬間、第一軍が続く長蛇の列中央から後方にかけて沢山の爆発が発生した。D集団が装備している81mm軽迫撃砲によって渋滞して身動きが取れない第一軍への砲撃を開始したのだ。しかも真っ暗な夜の空から落ちてくる逃げようもない状況での砲撃は、ガルディシア陸軍にパニックを誘発させ、第一軍の戦闘能力を著しく低下させた。これにより第一軍は前進せずに陣地に入って防御態勢となってしまった。その為、先行していたファーヴィグ大佐への援軍は、遂に到着する事は無かった。