1_22.稚内の夜
佐渡分屯基地 2025年4月16日 午前1時
大和田司令は、急ぎ移動する手配を済まそうと何度も基地に無線連絡をしたにも関わらず基地からの応答は無かった。恐らくそういう事であろうとは思いつつ、一縷の望みをかけて両津港と基地に至る渋滞を抜け、分屯基地に戻ってみた光景は…
「…気配が無い…これは…まさか!?ん…誰か倒れている?おい、大丈夫か!?しっかりしろ!!」
倒れていた自衛官は既にこと切れていた。
石原2尉から報告を受けた佐渡島西側の町の状況と全く同じだった。よく辺りを見渡すと、あちこちに人が倒れていた。まるで、その場で電池が切れた人形の様に。皆一様に恐怖で顔を引き攣らせた状況で。
(神野のばあちゃんは大丈夫か…?)
基地内に入って、居そうな辺りの部屋を手当たり次第に開けた。ある部屋を開けた時に、人がそこに居た気配があった。小さなベットに人が寝た後のような乱れ。椅子の下に落ちていた、派手にデコレーションされた携帯。
(恐らくこの部屋に神野さん達は居たのだろうな。だが何故居ない?逃げたのか?だが、携帯を落とすか?慌てて逃げるにしても若い子は携帯は落とさないだろう。どういう事だ…?)
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稚内 温泉ホテル 午前1時
コンコン…
ドアを叩く音が聞こえる。部屋の外に誰か居る。
「誰だ?」
「エンメルス曹長です。中佐殿、飲み直しませんか?」
「おう、入れ入れ。」
酒瓶を抱えてエンメルスが入ってきた。にこやかな表情をしたエンメルスが部屋に入った瞬間に、彼は真顔に戻ってゾルダー中佐に話しかけた。
「中佐殿、気が付かれましたか?」
「何をだ。天気の事か?」
「はい、嵐が止みました。…流石ですね。
俺が記憶する限り、中央ロドリア海の嵐は100年以上続いている筈です。晴れる事も曇る事も無くただただ嵐が続く、そういう場所です。今まで晴れた事は一度もありません。」
「らしいな。それと、もう一つ気になる事があるぞ。"ドゥルグルの不死の大魔導士"の件だ。このニッポンって国が大昔からこの地域にあったのなら、俺達よりもよっぽどこの大魔導士の事を知っている筈だ。なのにまるで何も知らないから教えてくれ、という聞き方だった。つまりは火急の対処を要求する何かが起きていた。その原因は大魔導士だ。その為の情報を急ぎ搔き集めていた。俺達を突然集めて聞いたのも、それが理由だろう。どうもそう思えてならない。」
「すると…この晴れた件は…」
「俺の推測では…ニッポンは大魔導士と敵対している。そして大魔導士とニッポンの敵対は急に発生した。大魔導士の情報はニッポンには無かった。大魔導士とニッポンの戦いの結果、嵐が取り払われた。」
「我々の任務の半分終わってないですかね、これ?」
「あくまでも俺の推測が正しければ、な。」
「…自分、飲み直ししたく思いますが。」
「おう、俺も付き合うぞ。注げ。」
「それと、中佐殿。"てれび"見ましたか?」
「うむ、あれは凄いな。ここにもあるぞ、見よう。」
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稚内 温泉ホテル 別室 午前1時
「この人、なかなか良い所を突いてきますねぇ…。洞察力ある方は、話が早くて良いですね。」
感心したように二階堂に話しかける男。
内閣情報調査室の高田と名乗る男が、急遽現地入りした。
ガルディシアの軍人たちが泊まる部屋とは別室で、外務省の二階堂と内調の高田が、ゾルダー中佐の部屋を盗聴していた。高田という名前も多分偽名か何かだろうが、別に二階堂は気にしては
いなかった。それよりも現在日本に起きている事、これから起きる事の方が気になっていたからだ。高田が二階堂に漏らした「ここ異世界らしいですよ。」という言葉は二階堂の中で抱えていた疑問が腑に落ちた瞬間だった。ともあれ、二階堂は高田に報告した。
「このゾルダー中佐は要注意です。恐らく調査目的だと当初我々に語っていた事は嘘でしょう。何かを隠しているのは分かりますが…何れ分かるでしょう。何れにせよ、あまりそれは脅威に思えない気がします。上手く操縦出来れば、日本とガルディシアとの懸け橋になると思います。」
「ふーん。彼は話早そうだし、軍人が相手国に平伏するような事やれば、簡単に日本と友好関係結んでくれそうじゃないですかね?」
「今の所の行動を観察する限り、ガルディシアの文明レベルは日本と比較して100年前後位あると思います。軍事に関しても同様と言えるでしょう。とするならば、日本の軍事力を目の当たりにした場合、冷静に計算出来る軍人であれば…」
「ま、末端は正常な判断力持ってても、上がキチガイって良くある話なので、そこら辺りは慎重にならざるを得ないでしょうねぇ。」
「確かにそうですね。未だ我々は一部しか接触していませんから…」
「何れ嫌という程接触しますよ…良きにつけ悪しきにつけ。」
稚内の夜は更けていった。