60.漆黒の森の後遺症
「…こりゃ一体どういう事だ?誰だアンタ達?」
店を出たばかりのエドアルドは周囲を見渡して一言漏らした。
周りを囲んでいる連中は一体いつの間にどういう手段で集まってきたのか、完全にエドアルドを標的として捕捉している。どうやら情報が全員に共有化されているようだ。そしてストルツが口を開いた。
「ちょいと聞きたい事あるんだが。アンタ、潜入部隊だろ。」
……直球で聞いてきやがった。
こいつは近接戦闘のプロだった筈だ。とするとこいつは相手に出来ん。だが囲んでいる連中も相当手練れだろうな、隙がねえ。この囲みも切り抜けられんなら、派手に暴れて自爆ってのが定番だが、生憎武器も置いてきちまった。誰かこの辺りを巡回してねえかな。取り合えず時間稼ぎするか。
「なんだい潜入部隊って?人違いしてねえか?」
「人違いだといいな。ちょいとそこの路地まで付き合ってくれねえかな?」
「俺ぁ暗い所はブルっちまうんで行きたくねえな。話があるなら明るい所で頼むわ。」
実際、漆黒の森の件以降エドアルドは暗い所はアレを思い出すのか勝手に震えだす時があった。彼としては冗談とも言えない事だったが、ストルツは冗談として受け取った。
「面白い兄ちゃんだな。まぁ話は簡単だ。お前が潜入部隊なら色々聞きたい事があるだけよ。違うのなら別の店で飲んだくれてくれ。」
「本当に人違いじゃねえのか?アンタが何を言っているか皆目分からねえんだが。」
「まぁ勘違いかどうか改めさせて貰うぜ。」
ストルツはそう言うとエンメルスの身体を調べ始めた。
回りを見渡すと、囲んでいる全員が手をポケットに入れているが、ポケットには妙な膨らみがある。おそらく小型の拳銃の様なモノだろう。なんだよこいつら例の武器で武装しているってか?ともあれ潜入を目的とする場合、自分の身元が分かる物は絶対に身に着けない。だが、自分の身元が分かる物が一切無いのも不自然なので適当にでっち上げた最低限の何かは身に着けている。ストルツはそれを探し出して眺めているが、果たしてこれで騙されてくれるかどうか。
「お前、どこに住んでる?」
「ああ?ブランザックだよ。一体なんなんだよ。」
「エウルレンに何しに来た?」
「商売だよ。エウルレンに仕入れに来たんだよ。最近さっぱり取引先の納品が遅れてね。」
「商売な。何を取引している?」
「そこまで話して何か俺に得でもあんのかい?それとも代りに仕入れてくれるんかい?まぁ、機械の部品だよ。金属加工品だ。右から仕入れて左に流すと商売になるって話さ。」
ストルツは自分の勘には自信があった。
どうやら身体検査では怪しい物も武器も出て来てはいない。話の内容も変な所は無いし、身分を証明する物も合っている。だが、こうも堂々としているのが腑に落ちない。普通の人間ならこれだけの人数に囲まれてこうも平然としているだろうか?何か怪しい。
「ふん、まあいい。もう少し詳しく話して貰おうか。おい、こいつを裏路地に連れていけ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、本当に裏路地は駄目だ。勘弁してくれ!」
「おい、連れていけ!」
両脇をがっちり固められエンメルスは薄暗い裏路地に連れ込まれた。両脇の男の顔も見えない暗がりに身体が勝手に震え始めた。ああ、こうなると戦う事も出来ない、こりゃ駄目だ。奥歯に仕込んだ毒薬を噛む時かね、こりゃ……エンメルスは虚ろな目で頭を抱えながらガクガクと強く震えていた。
「ん?なんだ、こいつ?離してやれ!」
「ストルツさん、こいつ本当に普通の奴じゃないですか?」
「裏路地連れ込まれただけでこんだけブルってる奴が潜入部隊な訳無いんじゃないです?」
「……そうだな。俺も鈍ったか。おい兄ちゃん。人違いだったようだ。これで一杯呑んで忘れてくれ。本当に悪かったな。」
ストルツ達はエンメルスに何枚かの貨幣を渡すと裏路地から去っていった。
助かった…勝手に勘違いしてくれた。忌まわしいあの夜からの後遺症が良い方に転んでくれた。まだ運は尽きちゃいないって事だな、こりゃ。
だが、この裏路地の体験はブルーロ達に確信を齎した。解放されたエンメルスは直ぐにブルーロに報告した。組織だった何かが存在する。その中には、お尋ね者だった山岳補給路の破壊者ストルツが生きていてそこに参加している。そしてそれは武装している。武装は例の中国人が持ってきた小型の拳銃のような物だ。恐らく同じモノだろう。そして、例の解放戦線の集会を探ると連中が現れた。
「大尉、解放戦線は絶対何か握ってますぜ。」
「まぁエンメルスの話通りなら、解放戦線は武力闘争の放棄なんざしていないって事だな。しかもこの警戒の強さは何かを計画しているんだろう。そいつが何かは知らんがろくでもないモンに違いないだろうな。」
「どうします?」
「どうするもこうするも、暴き出してぶっ潰すしか無いだろうよ。それとも何か、もっと面白い事でも思いついたか、ヴァルター?既に俺達の半数は例の受付で失敗している。恐らく、その際には顔も覚えられているに違いない。あと面が割れていない者で、潜入方法をなんとか探るしか無いな。」
「あの、紙を申告する所で数字を言っている行為なんですが、あれ恐らく番号と突き合わせる何かがあると思うんですよ。それと対になって初めて内容が分かる仕組みになっていて、どちらか片方だけだと分からない暗号の様な物がチラシに書いてあるのではないかと。」
「恐らくそうだろうな。誰かあのチェック通った奴を拉致するか。」
「よし。面が割れていない者で明日やるぞ。それと秘密警察にも動員かけろ。私服で潜ませて身柄を拘束した際に周辺を警護させる。エンメルスの時のような連中が出てきたら厄介だ。必ず最低二人一組で行動だ。ギュンター、秘密警察に招集かけとけ。」
「了解です。」
ブルーロ特殊作戦団は事態の核心に近づきつつあった。
そして皇帝誘拐計画は決行まで、残す所4日だった。




