55.第五次発射実験の成功とその余波
帝国科学技術省の開発者達は頭を抱えていた。
実包弾が入手出来た事に狂喜乱舞した彼らであったが、雷管に使用している火薬を分析した結果、燃焼速度が早すぎて類似する火薬が帝国には存在しない事が判明したのだ。結果として、形状は完全に模倣する事に成功したが、雷管の火薬に関しては所謂"遅い火薬"しか用意出来なかった事から、五度目の発射実験に関しても余り期待出来ない状況であったのだ。だが、開発部はこの火薬での見切り発車を決断した。何せ、発射実験を行う日は皇帝指定であり、どこにもずらす事が出来ない上に、そもそも火薬が入手不可能であれば、今ある物を使うしかない。ほぼぶっつけ本番で挑んだ五度目の発射実験の結果は、果たして成功だった。
ゲルスフェルト武器試験演習場で行われた五度目の発射試験では、皇帝の他に陸軍大臣やら議員やらのお歴々が勢揃いで列席していた。まず、中国人が使用していた弾丸での発射デモンストレーションを行い、問題無く発射が成功した後にガルディシア製の弾薬試験が開始された。開発員達が恐る恐る装填した後に合図と共にトリガーを絞った結果、中国製と同じ様に弾丸は発射された。しかも連射も問題無く行われたのである。皇帝は大喜びで開発主任を呼び出し、労を労った上で量産を命じた。だが、この弾薬には問題が当然あったのだ。それは今後判明する事なのだが、初速が非常に遅いという事である。通常期待される初速と比べて、極端に言えば半分よりも少々上程度の速度しか出ておらず、今迄使っていた銃と比較するならば早いのだが、正式なカラニシコフの弾薬と比較して速度と威力は下だった。それを理解していているのは一部の開発者達だけであったが、彼らは口を噤んだ。そして、この発射成功の情報はゾルダーを通じてル・シュテル伯爵に伝わった。
「皆さんに残念なお知らせがあります。」
「なんだ、改まってどうしたんだ、伯爵?」
「例の百丁の小銃に使用する弾薬をガルディシアは独自開発に成功しました。つまり、彼らは今後あの銃に使用する弾を自前で用意出来る様になったのです。」
「なんだって!?」
モーリスは慌てて椅子から立ち上がった。
そう、彼等解放戦線の優位性はひとえに武装にある。彼等よりも威力と射程と連射性に勝る銃器を保有している事により、やがて来るエウグスト解放の為の戦いを勝つ事が出来る。だが、相手が同等の武器を持っていたら、それは消耗戦になるだけだ。そうなれば数に劣る解放戦線側に勝機は無い。
「自前で用意する弾は一体どの位の量産ペースなのだろうか、伯爵?」
「その辺りの情報が全く無いのですよ。ゾルダーに確認はしたのですが、量産は命じられたばかりで、一体どの程度になるのか見当も付かない様ですね。ただ…」
「ただ…?なんだ?伯爵?」
「相手が同様武器を装備するのを待つのも馬鹿らしい話ですよ。我々には既に相当な数が行き渡っており、補給も潤沢に行える体制にはある。であるならば、待つよりも打って出た方が良いのかもしれませんね。」
「そうか…そうだな。確かにそうだ。だが、どうやって打って出る?」
「その辺りは既に作戦の下敷きをレイヤー部隊が作ってある筈ですよ。解放戦線側と摺合せの上で作戦を構築していきましょう。ともかくガルディシア側にあれが渡って量産に入られると、我々が手も足も出せなくなるのは自明の理ですから。」
「確かにな…現在ここの弾薬の備蓄量とティアーナの備蓄量を合わせても一ヵ月程度の継戦能力はあると見積もっている。問題はどこをどう攻めるかだ。」
「レイヤー部隊の作戦目標はまずザムセンの火力発電所を落とし、ザムセンとヴァント全体を停電状態にした上で居城に侵入し、皇帝を捕縛した上で山中に後退、第一軍との戦闘に入る。という所ですね。恐らく第三軍は遠すぎて間に合わないし、第二軍も居ない。ですが首都ザムセン駐留の第一艦隊、ヴァントの第三艦隊がザムセンに対して攻撃してきた場合、押しとどめる方法が無いのですね。これに対し皆さん何か策はありますか?」
「海上保安庁の巡視船3隻がもう直ぐマルソーに到着するが、いくら改装して武装強化したとしても艦隊相手には荷が重いな。他に何か艦隊を留める方法は無いか…」
「うーん…どうしたものか…困りましたね。」
現在の解放戦線の戦力では陸戦は可能だが、艦隊を持ってこられると詰む。臣民たちを人質に艦隊からの砲撃を抑止しようにも、恐らく第三艦隊のハイントホフ侯爵辺りは嬉々として首都ザムセンを焼き払うだろう。反乱分子殲滅を大義名分に、自分にとって邪魔な存在を消し去る事が出来るからだ。ル・シュテルは困り果てて高田に連絡を入れ状況を説明した。
「…え?伯爵、ちょっと状況早くないですか?」
「そうなんですよ、タカダさん。ガルディシア側が入手した銃器用の弾薬を彼らは開発したらしく、その発射実験に成功したとゾルダーさんから連絡が入りましてね。」
「うーん、それは盲点でしたね。まさか弾薬を作れるようになるとは迂闊でした。そうすると解放戦線側の優位性が揺らぎますね。只でさえ海が弱い状況なのに…」
「ああ、そうそれなんですよ、海軍!我々はどうしても小火器の類しか量産に入れていない。それ故に、首都を落とす作戦時において港を艦隊が封鎖して艦砲射撃などを行われた場合、打つ手が無くなる。」
「いや、どうしようかな。実際の話、例の潜入工作関係の話だと思っていたんですよ。その対処方法を色々練り上げていたんですが、話がそこまで急だとコレ必要無くなっちゃいますね。艦隊か…」
「タカダさんでも難しいですか…??」
「後で何を言われても良いなら方法は無くないんですけどね…それやると明らかに日本の関与がバレバレなので出来れば避けたいんですよね。第五と第七艦隊はまだ船は残ってますか?」
「既に大型艦艇や最新の駆逐艦は第二艦隊再建用に吸収されています。これは第七も同様です。残っているのは鈍足の旧式巡洋艦と小さい船ばかりですね。」
「その船に乗組員を用意する事は可能ですか?それと何隻位ありますか?」
「そうですね…マルソーには旧式巡洋艦が2隻、スクラップ待ちです。ザムセンには旧式巡洋艦と戦艦が7隻、同じくスクラップ待ちですね。元第五艦隊乗組員はマルソーとエウルレンに集まってます。それと第七艦隊の乗組員の一部をゾルダー達が勧誘しています。」
「そうですか…なんとかなるかもしれませんね。ちょいと資材持って伯爵の城に後で行きますね。その時に詳しい話をしましょう。」
高田への通話は切れた。
ル・シュテルは空港に行き高田が飛んで来るのを待った。
そして3時間程後に、高田は輸送機でやって来たのである。




