53.隠したい事、暴きたい事
「それで潜入作戦が再び行われているんだな?ゾルダー君?」
「そうだ、伯爵。レオポルド配下のブルーロ特殊作戦団が再結成された。その目的は銃の流通ルートの洗い出しと製造工場を突き止める事だろう。恐らく解放戦線やそれに類する組織への浸透工作よりも、そちらの方が効果があると考えているのだ。だが、実際のブルーロ作戦団の動きは掴めないのだ。彼らは独自の判断で活動し、直接レオポルドに報告している。その報告書は機密指定で限られた者にしか開示されない。勿論、私は作戦に携わっていないので開示権限が無い。」
「それは困ったな…一応全ての工場の書類関係は最終的な繋がりが辿れないように工作はしているが、それはつまり明らかな工作の痕跡が残っているという事だよ。調べれば直ぐに怪しいと思われるだろうね。」
「まさか製造工場までは辿れないとは思うが…何か辻褄の合う物語を用意した方が良いな。」
「途中途中の経路には、全く事情を知らないで協力している場所もあるからね。こちらから何かを言うと返ってボロが出かねないんだよ、ゾルダー君。」
「下手に動くと藪蛇という事か……暫く現状のまま動きを見るか。」
「その方が良いだろうね。ところでそのブルーロ作戦団はどこに拠点を置いているのかな?エウルレンでそのような動きは無いようなんだが。」
「それも掴めていないんだ、伯爵。恐らくエウルレンが怪しいと睨んでいる事は確かなんだが、彼らは独自の判断で行動するからなぁ…判明次第すぐに連絡はする。」
「ううむ、中々厄介な連中な感じがするね。」
「ああ、潜入工作専門の部隊だからな。いつぞやのレティシアの部隊のように暴れるのが専門じゃない。一度潜り込まれたら、その組織は終わりかねないぞ、伯爵。」
「第一レイヤー部隊みたいな物か。どうしたもんかね…一応、私の方でもタカダさんに相談してみるよ。」
「ああ、そうしてくれ。それではな、伯爵。」
「また連絡をしてくれ、ゾルダー君。」
これまでの帝国の動きはゾルダーの働きもあって相当に筒抜けに近い状況であったが、秘密警察を中核とし尚且つ再結成されたブルーロ作戦団の動きは完全に秘匿されていた。その為、ゾルダーであってもその動向は全く掴めなかった。分かっている事は、ブルーロ作戦団が再結成され、その目的が密造銃の製造工場と流通方法を探る、という事だけだった。その情報を得たル・シュテル伯爵は、製造工場を停止し、流通ルート関連を別の通常商品の輸送に全て切り替えて対応をした。その上で、日本の高田に現状の報告をし、対応の相談をした。
「え、伯爵?工場止めちゃったんですか?不味いなぁ…」
「不味かったでしょうかね?」
「うーん…相手がどこを見ているか、なんですよね。もし注文数やら出荷数やらの数字をチェックしていたらですね、突然数字が落ちたり上がったりする所って注目するんですよ。ここで何が起きたのかな?と。で、捜査が始まった瞬間に注文数やらが落ちたら不思議に思いますよね?」
「ああ!そういう事か!これはどうしましょうかね…」
「一度数字が落ちた。その状況を観察された。この前提で動いた方が良いかもですねぇ。その部品に関する最終納品場所は…日本を経由してダルヴォートに納品する形にしましょう。その上で、当該商品の歩留まりが非常に悪い事にする。日本側は商社を経由する事にして、その商社が契約している品質管理の会社が、納品された商品を検品した際に大量に撥ねられたという話にしましょうか。その為日本側の商社が下請けに使っているマルソーの工場を切るか切らないか、の段階まで追い詰められ、一旦製造が停止した。これならば、ある程度の辻褄は合いますね。」
「すいませんがタカダさん、歩留まりと品質管理って何ですか?」
「ああ、そこは後で説明します。あと、この話を噂として流してください。日本側がマルソーの工場で出来た製品の品質に疑念を抱いて工場を切りそうだ、と。」
「なるほど…先程の日本の検品で大量に撥ねられた話とリンクする訳ですね。」
「そうですね、これで工場が突然停止した理由も言い訳出来ますよ。ただ、これは何等かの向こう側のアクションがあって初めて効き始める話なんですけどね。」
「分かりました、タカダさん。助かりました。」
「あと、流通の方を別の商品に切り替えて、そのまま維持しているのはとても良い判断だと思います。暫くは工場止めたままだと思いますので、相手側の動きをみて切り替えた方が良いですね。」
「問題は、その相手側の動きが全く見えないんですよ…」
「うーん…そっちも何か考えておきましょう。少し時間下さい。」
「宜しくお願いしますね、タカダさん。」
新しく聞いた概念が気に入った伯爵は、その後の会話で歩留まりと品質管理という言葉を使いたがり、言われた解放戦線のメンバーやら伯爵のメイド達はその言葉と概念を覚えてしまった。
ブランザック市のベラック商会の二階にはブルーロ作戦団が集結していた。
この中で一番数字に強いと言われているヨーゼフ軍曹が帳簿と数字の動きを詳細にチェックしていた。やや暫くの時間が経過し、痺れを切らしたギュンター小尉がヨーゼフに話しかけた。
「どうだ、ヨーゼフ。何が分かる?」
「うーん…かなり巧妙に弄ってますね。どの資料も製造工場に辿り着けないんですよ。どこで作っているのか大雑把な記号みたいのは出てくるんですが、それって工場群を表していて特定の工場を指す訳ではないんです。マルソー内の地区特定までは可能です。ただ、結構な数の工場があるので、全部しらみつぶしに当たらなきゃならんですね。それと、最近にまたオットーが見つけた商品の価格が落ちて来ているので、恐らく製造量が鈍化している筈です。最近製造量が落ちた工場が怪しいと思いますので、先程の地区内で生産数が落ちた工場、この二つの条件に合致した所でしょう。」
「それだけでも対象はぐっと絞れるぞ。ヴァルター曹長、工場への調査と潜入チームを選抜しろ。お前を含めて4名だ。」
「ええと、それと流通の方ですが…こっちはかなり厳しいです。最終的な目的地が秘匿されてますね。恐らく書類上の最終目的地は偽装で、その先に更に送る場所がある様です。恐らくは、最終目的地一つ手前の部分を調べれば何か出てくるかと思います。」
「ふーむ、そうか。ではそちらはエバーハルト曹長に頼む。ヴァルターと話し合ってチームを編成しろ。お前のチームは4名で構成。ヨーゼフは引き続きベラック商会に残って解析。オットー、お前は潜入チームに入れ替えだ。」
「了解!」
「こんな所でしょうかね、大尉?」
「んー…そうだな。指示は概ねそれで良いが…」
なんだろな。何かが引っかかるんだよな。
何かが引っかかる。だが何かがとは何だ?
ブルーロ大尉は、この先に何か途轍もない厄介事が待ち受けているような予感がしてならなかった。だが、それがどういう意味合いの厄介事なのかが分からない。ただ部隊によって良くない事が起こりそうな予感がしていた。