51.アルスフェルトの思惑
アルスフェルト伯爵の問いかけに慌てたグラーフェン中佐は正直に聞いてしまった。
「は、伯爵、何故それを!?」
「君はゾルダー君と違って正直だね。見たまえ、ゾルダー君は全く表情に出ていないぞ?」
ゾルダーは予想外のアルスフェルト伯爵の言葉に動揺したが、表情に出す事も無くシラを切る積もりだったのだ。だが、グラーフェンの一言で台無しになった。ゾルダーは仕方なしに腹を括った。
「アルスフェルト伯爵、ご存知であれば何故に色々と聞いてきたのですか?」
「君達がどの程度の思想で、この企てを考えていたのかが知りたくてね。」
「この状況では知り過ぎた事となってしまいました、伯爵。ご賛同頂けない場合は我々の安全も考えた対処をせねばなりませんが。」
「お、おい、ゾルダー!?まさか??」
「君は黙っていろ、グラーフェン。君の言動は我々を危機的状況に追い込んでいるぞ。」
「ちょっと待ってくれないかな、ゾルダー君。私が何故にそれを知ったか、そしてそれを聞いて私がどう思っているかが気にならないかい?」
既にゾルダーはアルスフェルト伯爵を殺害し、何等かの事件をでっち上げてこの窮地を脱しようとしていた。それには一刻も早い方が問題を解決し易い。伯爵の問いかけも尤もだが、それを知る為に、自らを窮地に追い込む趣味は無い。
「後で調べれば分かる事です。」
「せっかちだね。ここ数日にそういう情報は上がって来たかね、ゾルダー君。私が知ったのは1週間も前の話だ。私の勘違いでなければ、君は私を今直ぐに殺害しようとしているが、それは悪手だ。」
「どういう事でしょうか?」
「まず、どうして知ったのかについてだが…そもそも戦艦アレンドルフの元乗組員の間で噂になっている事は知っているかな?彼らの中には、この話を聞き、帝国の将来に悲観した挙句に、私の所に相談をしに来た者も居るのだよ。」
ちっ、グラーフェンめ…話す相手は選べとあれ程言ったのに。
「だが、彼等から聞いた話を私也に解釈してみたが、成程辻褄は合っている。恐らく君達が想定する未来はほぼその形でやってくる事に疑いは無いだろう。とするならば私が取るべき道は一つだよ。それが君達の計画と合致しているならば、君達への協力は吝かではない。だが、そうでは無い場合は当然、君達が行おうとしている事を然るべき筋に報告する。」
「それでは…1週間も前に聞いていたという事は?」
「ああ、君の想像通りだと思うよ。」
「伯爵、ならば何故?先程迄の伯爵の対応は全くその気配も感じませんでしたが?」
「そりゃあね、ゾルダー君、安易に賛同したら私の価値が下がるだろう。それに君達の覚悟の程も見たかったしね。計画の漏洩を恐れて即座に私を殺す判断は良いとして、君達の勧誘の人選にも若干問題があると判明した事を喜ぶべきだと思うね。幸い、今の所はその気配は無いようだが。」
この人は別の意味で厄介な人だ。正直にこの企みに乗る上で自分の価値をどこまで上げられるかを図っている。それはともかくとして、後半の指摘は最もだ。今現在の全勧誘者に対する注意もさる事乍ら、今後の勧誘に関してももっと適した人材を充てないと、詰らん所から瓦解する。
「恐れ入りまして御座います、伯爵。どうか先程の無礼をお許し下さい。」
「畏まらなくても良いよ、ゾルダー君。ところで、君達の計画で言う所の私の立場とはどういう所にあるのかな?まだ、その辺りを伺っていないが。」
「伯爵には最終的に新しい政体のガルディシア国家元首となって頂きます。」
「なんとまあ。それは君達の計画では可能なのかね?」
「我々の、ではなく彼らの計画に合わせた形となっております。そもそも、エウグスト人が最も恨みを持つガルディシア人は誰かといえば、皇帝となります。また、それ意外には戦争指揮を行った者達。それらは例外無く貴族に連なる者達であります。」
「ああ、そりゃあまあそうだろうね。一応末席に連なる私が言う事でもないが。」
「はい、伯爵は戦争指揮を行っておらず、直接的な被害をエウグストには齎してはおりません。つまり、対外的に恨みを買っておらず、社会的地位もあり政体が変更したとしても王制であるならば問題の無い人物の筆頭と言えます。」
「王制以外の変更だと私はどうなるのかな?」
「地位はともかく領地の保全は為されるかと。
我々が考えているのは、現在の帝国議会を皇帝の下部機関であり意思決定ではなく実務機関的な状況を、意思決定を行える機関とし、国民からもこの議会に参加出来る形態をとるべきとは思っております。」
「それは随分と性急な変化となりそうだな。」
「いえ、直ぐにとは申しません。下地作りが必要と思っております。国民の啓蒙や教育、貴族の説得、法律の制定等やるべき事が大きすぎて直ぐに出来るものではありません。ですが、将来的にそれを目指す事には今から着手して遅いという事もありません。」
「そうか。私の想定よりも大きな事になりそうだが、反対するべき部分も無い。改めて私も協力する事を表明しよう。まずは私は来る日に向けて何をするべき立場なのかを教えて欲しいな。」
「有難う御座います。まずはその辺りのご説明を行いましょう。」
ゾルダーはグラーフェンの顔をちらりと見た。…露骨に安心した顔をしている。自分が引き込んだとは言え、彼はこういう類の仕事には向いていない事が改めて判明した。実の所、ガルディシア側の組織として戦闘指揮を行える人間が必要だ。その時に彼は十分に役に立つ筈なのだが、こういった裏の仕事に関してはどうにも性格が素直過ぎて合わない。だからと言ってある程度は話に説得力がある人物が行わないと話自体を疑われてしまう。自分の関係者は必ず皇帝に繋がってしまう故に勧誘出来ないが、グラーフェンかアルスフェルト伯爵の伝手なら或いはそういう事が得意な者が居るかもしれない。今後の課題だな…と考えていると、グラーフェンが割って入ってきた。
「ゾルダー、その辺りの話はまた日を改めてしよう。今日一日で詰め込んでもお互いに厳しい。アルスフェルト伯爵、それで宜しいですか?」
「うむ、そうだね。もう結構な時間が経っているようだ。それに他に気になっている事がゾルダー君にはあるようだ。その辺りの懸念を払拭してから改めて来てくれたまえ。」
こうしてゾルダーとグラーフェンはアルスフェルト伯爵の元から引上げ、帰り道にゾルダーが言った。
「グラーフェン。お前の関係者でこういった事に得意な者は居るか?」
「こういった事?勧誘とかか?」
「ああ、そうだ。お前は戦闘に関しては任せてられるが、こういう類はからっきしだ。今回も伯爵が賛同してくれたから問題には成らんが、もし反対の立場なら今頃俺達は拷問を受けている所だ。」
「そうだな、向き不向きで言うと向いてないのは自覚しているが…」
「いや、それでもお前に頼んだのは俺だ。その責は俺にある。だが俺達の味方に引き入れる作業は今後も続くんだ。もう二度とああいう事が在ってはならん。もう一度聞くが、お前の関係者で信用出来るこの手が得意そうな奴は居るか?」
「2、3心当たりはあるな。一度居酒屋にでも連れて行くので確認してくれ。」
「ああ、そうだな。それが良い。 …お前、冷や汗かいたぞ。アルスフェルト伯爵から問いかけあった際に慌てて、"何故、それを"とか自白もいい所だ。」
「…面目ない。この後どうするのだ?1杯奢らせてくれ。」
「1杯じゃ済まないだろ、これ。」
「お手柔らかにな。」
こうしてゾルダーとグラーフェンは港町の飲み屋街に消えて行った。




