47.武器倉庫の露呈
ガルディシア秘密警察は思いの外その規模を拡大し、更に中国人が製造したとされる銃器の追跡捜査を主な活動内容の主体となっていたのである。秘密警察の急激な増大は質的低下を伴う物であったが、大量の人を投入する事によって得られる効果もあるのだ。更に、エウルレン及びマルソーの人口拡大も秘密警察の捜査に関しては寄与する部分が大きかった。ル・シュテル伯爵の息がかかっていない人達のエウルレンへの流入によって、機密情報自体が漏れやすい状況を作っていた。これを危惧する解放戦線は、レティシアの捜査の際に拵えた表向きの看板を維持したまま組織の拡大を抑制していた。一方、秘密警察側も依然として武器の摘発も、反ガルディシア組織の正体を掴めないままだった。いわば不穏な空気が漂いつつある中で、何かが偶発的に起きるまでの小康状態となっていたのだった。そんな空気の中で事件は発生した。
エウルレン市の出入り口の街道では、今やガルディシアによる検問が設置され、出入りを行う人や車を徹底的に調査するようになっていた。そこで検問の際に止めたエウグレン行きの輸送トラックの中から木箱に入ったカラニシコフ100丁が発見されたのである。
この100丁の自動小銃は、解放戦線の輸送ルーチンではこの輸送トラックで運ばれるルールでは無かった。通常、専門の輸送トラックを用意して念入りに偽装が施され、尚且つ検問所には伯爵の息がかかった者が配置されたタイミングで輸送を行う様に手配されていた。だが、この時に輸送したトラックは解放戦線とは関係の無い、通常の輸送トラックだったのだ。これが発生した原因は倉庫の構造にあった。倉庫は地上と地下の二重構造であり、地上は一般の荷があり、地下には武器がある。出荷の際にたまたま地下から上げた武器の木箱と、同じサイズの一般の木箱があり、これを集荷の運転手が間違えて持っていってしまったのである。解放戦線側は直ぐにこの間違いに気が付き、トラックを止めようとしたのだが、この武器倉庫がこの日の最後の集荷場所だった為、直ぐにエウグレンに向かってしまった。慌てた解放戦線は、市内の使えるトラックを全て招集して武器倉庫の荷を地下から全て出して他の倉庫に移動した。
だが、この動きを秘密警察に察知されたのだ。何故なら、突然のトラックの招集によりエウルレン市内の一部で大渋滞が発生したからだ。これは荷受けを待つトラックが倉庫近くの道路で長蛇の列を作ってしまい、その為連鎖的に周辺道路に車が混み合う事態となったからだ。何故こういう事になったのかを不審に思った秘密警察は独自に調査を開始し、市内のとある倉庫が突然の大量集荷依頼をした所まで直ぐに辿り着いた。調べを進めると、この倉庫は日本からのオーダーに応じて機械部品を作り、需要に応じて出荷する為の部品をプールしていた倉庫だった。そして突然の日本からの大量発注の為、プールしていた部品を全て吐き出す程の出荷をした、という事だった。実際に関係書類を調べてみると、この部品を出荷した先には日本の名前が記載されており、日本からの発注書も揃っている。また、過去に遡って発注書と納品書の書類は整っており、一見何の不審な点は無かった。その為、この調査は一旦は不問となった。
だが、そこで100丁のカラニシコフが検問所で発見されたのである。ガルディシア秘密警察はカラニシコフ発見の報告に狂喜乱舞した。疑わしくも実体の存在しなかった件が遂に実体化したのである。即座にトラックの運送会社を締め上げたが、そこから出てきた物は何も無かった。そこで荷を送り出した倉庫が調査対象となった。そこで少し前に渋滞を引き起こして調査を受けた倉庫である事に結びついた。だが、この倉庫は全量出荷した後に倉庫を閉鎖し倒産していたのだ。ご丁寧に倉庫はまっさらに整地され、何の痕跡も残っていなかった。その速さに疑問を持った秘密警察は、徹底的に調査を開始すると共に、それを皇帝にレオポルドは報告した。
「陛下、例の検問所で発見された銃器の件での報告です。この検問所で捕縛されたトラックの荷を集荷した倉庫を特定致しました。ただ、既に倉庫は引き払われており、既に更地となっております。」
「ふん。遅きに失したという事か?逃げられたのだな?」
「はい、逃げられました。ですが、銃の発見から倉庫を更地にするまでの速さが異常です。これを行う為には相当に資金力が必要となる筈です。つまり相当な資金力を持つ組織あるいは個人が関与しているのは間違いありません。」
「なるほどな。つまりは、反政府組織は現実に存在し、それらは潤沢な資金を持っており、且つ我らを上回る火力の武器で武装している、という事だな。」
「左様に御座います。ですが、今陛下が仰ったような組織がそれなりの規模であれば、恐らくこの時点で何等かの行動を起こしていても不思議ではありません。ですが、それをしないのは未だ何等かの行動を起こす為の人員が不足している可能性があります。」
「可能性か……不確かな話だな。その辺りを明確にせよ、レオポルド。余は貴公の秘密警察拡大に許可を与えた。その意味を理解しておるな?何かが起きてからでは意味が無いのだ。起きる前に防げよ。」
「承知しております。人員不足が理由であれば、今の時点で好機とも言えます。雑草は芽の小さいうちに詰むのが良しとされます故、可及的速やかに対処を行います。」
「分かっておるなら良い。ところでだ。例の押収された銃器は確認したか?」
「只今、専門の技術者に調査をさせております。」
「あの中国人が持ってきた物と同一であったか?」
「はい、56式という持ち込んだ銃と全く同一の物でした。」
「あれの銃弾は製造可能か?」
「あ、それは…恐らく陛下が中国人から供与された際に入手した弾丸を解析するならば、或いは可能かと思いますが。」
「残ってないのだ。」
「…は?え?と、申しますと?」
「全て撃った。1発も既に残っておらん。何れ奴らが製造するものとばかりに思っていたからな。」
「左様に御座いますか…それでは直ぐに銃弾製造は難しいか、と。」
「分かった……早急に銃弾の方も摘発せよ。」
「御意に。」
こうしてレオポルドは引き続き銃の追跡調査を行った。
だが、輸送関連を調べても新たな情報は出て来なかった。表には出てこないが、裏ではエウルレンの輸送業界は全てル・シュテルが牛耳っていたのである。




