46.暗剣1号の死
「ふむ、そして中国人は自爆したのだな?」
「そうです、レオポルド局長。そして翌朝、リュトヴィッツ中尉とアイスラー准尉の隊を確認しました。そこで部隊はほぼ全滅しておりました。唯一フリースナー上等兵が負傷により移動出来ず、アントン班から相当離れた場所に一人で退避していたので無事でした。その後フリースナーを回収してエウグレンに撤収しました。」
「ふーむ、分かった。ジーヴェルト軍曹。」
なんという事だ……
今や秘密警察を傘下にしたとはいえ、実働可能で有力な殲滅部隊が事実上壊滅してしまった。現在の所、レティシア隊の生き残りはレティシアを含めても3名、ブルーロ隊は12名だが解体して秘密警察の教官に組み込み済みだ。直接の手駒がほとんど無くなった。それほどあの中国人は危険な奴だったのか。レティシア大尉を送っていれば、こんな結果には成らなかっただろうか……
「そうだ、軍曹。奴の遺留品はあるか?」
「無傷な物はほとんど無いと思います。結構な爆発でしたから。そういえば死ぬ前に変な物を頭に装着していましたね。なんかレンズのごつい感じの奴。それと、最後パンケに助けられた時は、奴の落とした銃を使ってたんですが、こいつも連射効く上に音がしない銃でしたね。」
「音がしない銃……そうか、辺り一帯は秘密警察によって封鎖して調査している。何れ何かが出て来た場合は、軍曹に確認する事もあろう。その時は協力を頼む、ご苦労だった。」
報告を聞く限り、リュトヴィッツの部隊は暗闇の中で一方的に攻撃されたに違いない。何せ近接戦闘にあれ程特化した部隊が一方的に逆殲滅されたのだ。とするならば、気配も感じないままに攻撃されたのだろう。先程の報告にあった"音のしない連射可能な銃"が攻撃手段だろう。そしてレンズのごつい感じの奴、それは恐らく暗闇でも何かの仕掛けで見える様になる機械に違いない。言うなれば暗闇で目が見えない連中相手に目開きが攻撃する訳だ。それは赤子の手を捻るようなモノだろう。その機械が手に入れば、我々も相当に色々な事が出来るぞ。せめてバラバラでも入手可能であれば…
だが、現場を封鎖していた秘密警察が回収した破片や部品を搔き集めてもそれらしきモノは出来上がらなかった。それは李が自爆する際、身体中のありったけの爆薬を爆発されたからなのだが、その中にはテルミット等も含まれており、それらの熱によって充電池のリチウムイオン電池が爆発した為だった。
ちょうどその頃には発見された中国人の銃器製造工場の中身は全て帝都ザムセンに移されており、帝都で工場内の再現が成されていたのだが、肝心の機械の役目と製造工程及び銃の設計図が分からない。おまけに日本から入ってきていた家電製品のコンセント形状とは合わない三相のコンセントであった為、ザムセンの技術者達は、中国人を捕まえそれらの情報を得て帝都に情報を持ち帰って貰う事を心待ちにしていた。そこにレオポルドからの報告が皇帝の元に入ったのだ。
「レオポルド、何故言われた事が出来ない?」
「畏れ乍ら陛下、彼奴目は一人で我が部隊をほぼ壊滅に追い込んでいます。その上で最終的に自爆という手段をとりました。これを無力化が可能なのは、それこそレティシア大尉以外には出来ません。」
「それを何とかするのが貴様だろうが!だから任せておるのに不誠実ではないか?」
人を言葉一つで動かして丸投げの挙句に、それを成し遂げる為の一番強いカードを取り上げておいて何をいうか。とも思ったレオポルドであったが、皇帝がこうなると何も聞く耳を持たない。それこそ生死の判断が自らの身に降り掛からない限り。
「誠に申し開きの言葉も御座いません。」
「ふん、どうする積りだ?」
「残るは、どれだけの数が生産され、そしてどこに渡ったのかの調査となります。こちらは秘密警察が平行して行っておりますが、どうにも痕跡が掴めません。」
「余が聞いておるのは、ザムセンに移動した銃器製造工場の件だ。貴様が生きて中国人を捉え、そしてここに連れてきて中国人の情報を吐き出させる手筈だった。その情報を待つ連中をどうする積りなのだ??」
「……申し訳ございません。」
「貴様等は金ばかりが掛かって、何も結果が出せんな。」
「……」
「もう良い、下がれ。」
レオポルドは、せめて死んだ兵達への一言があっても良いのではないかとも思ってはいたが、あの状態の皇帝からは何一つ賜る物は無い事だろう事を理解していた。そしてまずは局に戻ってレティシア大尉にも情報を流す事とした。皇帝も何一つ入手する事は出来なかったが、レオポルドはそれに加えて部下の命まで失ってしまい、且つ皇帝の信用も失いつつあった。ここで山の中で死んだ中国人の遺留品の中から有用な物でも見つかるならば、未だ救われるのだが…何れにせよ、中国人が作成済みの銃器を発見しなければならない。どういう連中に渡ったのかが分かれば、未だ対処方法もある。だが、どうやって……
そして李の死はゾルダーを経由してレイヤー部隊にも伝わった。
彼らもまたレティシア特殊作戦団の危険さは理解していたが、その特殊作戦団をほぼ一人で壊滅にまで追い込んだ李の実力に驚いていた。第三レイヤーの連中は中国人の死を聞いて素直に喜んだが、ナッターを目の前で李に殺されたルーホンは自らの手で始末を付けたかったらしく、一人苦い顔をしていたのだった。ル・シュテル伯爵は李が死んだ事を日本の高田に連絡したが、"あ、そうですか。良かったですね。"程度の反応で落胆した。実の所、高田の中で李の利用価値は既に終了していたのである。
そしてレオポルドの捜査対象が銃器の行方へとシフトした事を知り、秘密裏に銃器を動かし且つ各活動拠点に送る方法の策定と、末端までの銃器の取り扱いに関する教育の徹底を強化するのだった。