42.秘密武器工場の発見
当初エウルレン市内では余り目立たなかったガルディシア人だったが、秘密警察による中国人捜索が始まってからは目に見えて見かける頻度が上がっていた。そして彼らが何を捜索しているかは、ゾルダーからの情報によって既に判明していた。エウグストでの射殺事件で出てきた銃と中国人の武器製造工場の情報が結びつき、その製造工場はエウルレンに在る、という予想からエウルレン及びマルソーの工場地帯を集中捜査の対象としたのだ。この情報を受けたル・シュテルは速やかに動いた。つまり全製造工場の製造停止と、在庫の秘匿化である。工場自体は生産を停止し金型を他に隠せば、汎用的な機械であるから何を作っているかは立ち入っても分からない。だが、作り上げた製品は一目瞭然だ。その為、ル・シュテルの倉庫には地下に隠し倉庫が設置されており、通常はこの地下の倉庫に武器弾薬の類を全て収納していたのだ。だが、レティシアの一件で武器の出荷を停止していた頃から、地下に入れず表の倉庫に溜めていた事から、慌てて地下へ全ての武器弾薬を収納する事となり、結果としては通常運用に戻ったのだが、言わば倉庫内の通常ルールに従わないとどこかで大変に面倒な事になるという事例となった。
製造停止で割を喰ったのはティアーナから連れてこられた11人の技術者達である。
彼らは新しく新設された工場で擲弾筒やパンツァーシュレックの製造を任される事になり、その前段階として各機械の教育を受け始めた途端に、ダブール達に生産中止の連絡が入ったのだ。せっかく新しい何かを作ろうとやってきたエウルレンは凡そ自分達の想像を超える発展をしており、見る物全てが新しく先進的な物で溢れかえっていた。その中で自分達がそれらの一旦を担える事に大きく期待をしていたダブール達は落胆した。そう、彼らは面白くなければすぐ帰ると宣言をしていたが、エウルレンに着いた瞬間からもうそんな気は無くなっていたのだ。そして製造工場に着くと、見た事もない機械や、精密に作られた道具の数々に、早く触りたい、作りたいと逸る気持ちを隠しはしなかった。
「なんじゃこの工具は…見ろ。精緻の極みだぞ。」
「歪みも変形も無い。均一な材質だな、どれもこれも…」
「この大きな機械は何に使うんじゃ?随分と大仰だが。」
「初めてみる機械ばっかりだのう…いやこりゃ綺麗だ。」
ダブール達は工場の中を見て回り、自分の仕事がどれになるのか、自分が使う道具はどれなのか勝手に決め始めたが、そこにル・シュテル伯爵と日本人がやってきて色々説明を始めた。日本人の技術者は、大きな機械の目的や操作方法を教育するのに派遣されてきたようだった。彼らからプレスや旋盤やらの機械の操作方法や禁則事項、緊急時や故障時の対応等を含めた教育が開始された。そして、この教育が終わればいよいよ金型の作成から生産へと移る段階まで見えていたのだが、一時停止となったのだ。
「伯爵。あいつらは中国人の銃製造工場を探し回っているんだろ?あいつら見つかるまでは終わらんぞ?」
「どうしたもんですかねぇ、モーリスさん。それでは見つけて貰いましょうか?」
「え?見つけてもらうって、どういう事だ?」
「何れ、このままだと製造工場が特定出来ないまでも、生産が止まり続けるのは宜しくありません。それならば廃工場を用意して、工作機械を何種類かその廃工場に置いて、それを発見してもらいましょう。その為の機械はニッポン側に選定してもらい、それらを適度に破壊した上で発見してもらいます。上手く行けば、彼らは使えない工場を発見して満足するかもしれませんよ。」
「そうだな、伯爵。そもそも奴らの捜索が終わらん限り、どの工場も生産再開が出来ない。」
「うーん、それではどうでしょう?例の中国人が焼死した家の近く辺りでは?」
「どっか空いている条件の場所があるか?」
「そうですね。構造的に用意する場所があれば良いのですが、無ければ銃器製造工場を一つ潰すのも手だと思います。その方が真実味が増しますしね。」
「なるほど。何れ今は生産出来ないからな。再開出来るなら仕方が無いだろう。」
「では、あの周辺地域を調べてもし条件に合った物が無ければ既存工場一つを生贄に、という方向で良ろしいですかな、皆さん?」
「それで結構だ。まだ東部には捜査は及んでいないのか?」
「マルソーや北と西に比べたら東は工場自体が少ないですからね。」
「ああ、そういう事か。何れ手は伸びてくる筈だ。早急にやろう。」
「そうですね、それに折角ティアーナから来た技術者の方々も、何もする事が無ければ帰ってしまいますしね。」
こうして中国人宅周辺の工場地帯を探したが生憎条件に合致する建物は見つからず、中国人製の製造工場を一つそのまま偽装工場に使う事になった。その為、再び日本人の技術者が訪れ、必要な機械を選んで全て新しい製造工場へと運んだ。残った機械は線を切ったり、重要な部品を取り外したりと使えなくした上で、完成品の銃を使えなくした状態で工場内に放置して撤収した。こうした工作の結果、秘密警察がこの偽装工場へと辿り着いたのは、ほんの数日後の事だった。
「レオポルド局長。ここが銃器の製造を行っていた工場と思われます。」
「ふーむ…中はそのままで何も触って無いだろうな?」
「はい、中は誰も触っておりません。周辺も発見時から封鎖されており、誰かが立ち入るような状況ではありませんでした。」
「分かった。俺も中に入る。」
レオポルドは製造工場の中に立ち入った。
正直、置いてある機械が何をどうするのかは理解出来ないが、床に例の小銃が落ちていた事から、ここがその製造工場である事は間違い無いのだろう。だが、何かが引っ掛かる。
「おい、周辺の聞き込みはどうなっている?ここが何時まで動いていたか誰か知っている奴を見つけたらここに連れて来い。」
「了解です!」
警官の一人が慌てて何人かの警官に話し、そしてその警官達が周辺に散って行く。そのうち誰か連れてくるだろう。だが、この工場はつい最近まで稼働していたかのように見える。足元も機械にも埃の類が積もっていない。あの中国人はここで最近まで製造していたのか?だとすると口封じに仲間を殺した理由は何だ?もしかして本当に事故なのか?事故だと、継続して生産する為の頭数が足りなくなったので工場を放棄したのか?だが、ここは中国人が死んだ後も稼働していた形跡がある。何もかも符合しない。一見、繋がったストーリーに見えて、それらを良く見るとそれぞれがバラバラに見える。何かを見落としている。それは何だ?
「局長!見つけてきました。彼はこの工場の裏手で工場を経営しており、何時まで動いていたか詳細は分からないものの、何やら荷物の出し入れが行われた事を目撃しております。」
「ほう、直接聞く。私は帝都ザムセン情報局局長のレオポルドだ。単刀直入に聞く。この工場で荷物の出し入れを行ってた最後の日を知りたい。覚えているか?」
「確か5日前だったと思います。あれは晴れの最後の日でしたから。あれ以降ずっと雨なので覚えていますよ。大きなトラックが何台か来て機械を数台持って行きましたよ。」
「そのトラックの所有者とかは分かるか?」
「あー…それは分からんですわ。何見ても同じに見えちまうんで。」
「確かにそれはそうだな。うむ、ありがとう。重要な証言だった。行っていいぞ。」
こうして見落としている何かに至る思考を警察官が連れてきた証言者に妨げられ、しかも重要情報が出てきた事からそちらに思考が向いてしまった。そして、レオポルドの調査はトラックの所有者に移った。
誤字脱字ご指摘大変感謝感激しておりますー。
可能な限り無くす様に努力しますねー!