38.陸上戦艦の技術者達何処
「あんた、この辺のモンじゃないだろ。どっから来たんだい?」
「あ、やっぱり分かるかい?俺はエウルレンからだよ。」
東側海岸沿いの街ティアーナは、ほんの少し前に陸上戦艦建造のため急速に様々な人と色々な物が充実した時期もあったが、海戦以降すっかり人は少なくなってきた。それでも三か国終戦協定が締結された事により、以前のように対岸にあるエステリア王国との交易が多少復活はしていたが、それもまた以前の勢いは無い。このティアーナは今はもう炭鉱帰りのエウグスト人が海岸伝いに帰る途中経路か、或いは漁師が居るだけだ。そのティアーナの酒場にふらっと入ってきた男は、この辺りの男衆と比べて雰囲気が違っていた。思わず店の女将とその娘は、その男に声をかけてみたのだ。
「ほらやっぱり。絶対エウルレンだと思ったよ!だって、この辺りじゃ見慣れない綺麗な服だもの。」
「エウレルンはもう昔の面影なんて無いぞ。着実に近代化しまくってる。捻ると勝手に出てくる水とかお湯とか、豪華な椅子のついた快適なバスとか、夜でも明るい街とかになってんぞ。」
「あれかい。噂に聞くLED電灯って奴かい?ここら辺りまでそんなモンが来るのは何時の日かねぇ。」
「何れ近々そうなるんじゃねえかな。その前にアレだ。道路が先だろうな。ところで、ちょいと聞きたい事があるんだが良いかい?」
「なんだい、少しばかり店に金落としていきなよ。そうすりゃ喋る口も快調になるってもんさね。」
「へっ、ちゃっかりしてんな、ねえちゃん。エール2杯くれ。1杯はアンタにだ。」
「ねえちゃんじゃないよ、アタシの名前はレリーナってんだよ。長い事ここに居るなら覚えといとくれ。アタシの娘にもなんか奢っておくれよ。」
「おお、そうかいレリーナ。娘さんかよ、妹と思ったぜ。酒は未だ飲めないのかい?なんか適当に頼んどいてくれ。」
「私大人だもの、お酒位飲めるよ。ワインちょうだい、母さん。」
「だってさ、悪いけど奢ってやってね、兄ちゃん。」
「俺も兄ちゃんじゃねえぞレリーナ。俺はレパードってんだ、宜しくな。」
「ほらエール。あんたはワイン、アタシもエール。御馳走になるわねレパード。」
「おお、景気良く呑んでくれ。乾杯!そんで、だ。聞いていいかな?」
「あんたも気が早い男だね、レパード。少しは交流ってモンを大切にしなよ。で、どんな事なんだい?」
「悪いがせっかちな性格なんでね。確かこの辺りにゃ帝国の造船所みたいのが作られてたって話だが、そこに居た職人はどこいったんだい?」
レリーナは微妙な表情になった。
帝国はデール海峡の戦いを止めた後に、全ての艦隊が引き上げていった。その後厳しかったティアーナの街への出入りに関する規制も撤廃され、兵は引き上げて行った。つまり、ティアーナは海戦後はガルディシアに放棄された状態だったのだ。その為、人の出入りが解禁となっても人の動きは戻らずに、港町としては相当寂れていったのだ。あれ程人が居た造船所にも今は殆ど人は居ない。だが、行く場所を無くした集められた造船技術者達は、当初移動も叶わずこの街に留め置かれていた為に、仕方なしに漁師の漁船を作ったり直したりしていた。それが生業となって、今やこの街には無くてはならない人材となっている。その人材を引き抜きに来たのか、とレリーナは警戒した。
「そんな事よりエウルレンの話を聞かせてよ。何かエウルレンから持ってきてないの?」
ワインを飲んでいたレリーナの子エレーナが割り込んで来た。エレーナのアシストに助けられたレリーナはそのまま他の客の給仕に行ってしまった。
「おいおい人が話している時にゃ割り込んじゃ駄目だぜ、嬢ちゃん。」
「えー、だってこの辺に住んでたらエウルレンの話なんて聞けないもの。レパードさんエウルレンの話をもっと聞かせてよ。」
「どんな話が聞きたいんだ?大した事は話せないかもだけどな。」
「エウルレンでは凄い綺麗な服を沢山置いてあるお店が沢山あるって聞いたよ。それと丸一日必ず開いてるお店が沢山あるとも聞いたな。あとあと、なんだっけ…そうそう、食べ物を数分で出来る機械があるとか!本当なの!?」
「ああ、全部本当だな。服の方はちょいと詳しくは分からんが、何件かはエウルレンにあるぜ。主にニッポンからの輸入品の店だと思うが。見た事ない生地で作られてるし、寒いと暖かくなる素材とか、暑いと涼しく感じる生地とか面白い物が沢山ある。機会があれば行くといいぜ。」
「行きたいなぁ…私はここを動けないもの。母さんのお店を手伝わないといけないから。」
「何れこの辺りもそういうモンが流れてくるようにはなるぜ。そういやぁ名前なんてえんだ?」
「私?エリーナ。ねねね、他には?」
いい加減、エリーナを面倒に思い始めた頃にレリーナが戻ってきた。
「あらレパード、随分娘と仲良くなったじゃない?」
「おいおい勘弁してくれよ。それより先程の話の続きを聞きたいんだが。」
「ああ、なんだっけ?職人の話かい?知らないねぇ。」
「なんだよ呑み足りねえってかよ、業突だな。2杯のエールとワインを一つ追加だ。」
「毎度あり。んじゃ持ってくるからちょいと待ちな。」
「おお、話の方も頼むぜ。」
「話、終わった?」
「……いや、終わってねえ。これからだ。」
「職人さんの話でしょ?みんな造船所で船作ったり直したりしてるよ?」
「おっ?そ、そうなのか?何人くらい居るんだ?」
「そうね…15人位かなぁ。この辺りの漁師さんに凄い頼られてるよ。」
「マジか…?うーむ、エリーナ、助かるわ。」
期せずして確認が出来た事に安心し、後はその15人の技術者と交渉だなと思っていたレパードの所に、注文の品を持ってきたレリーナがやって来た。
「はいよ、お待ち。また御馳走になるね、レパードのあんちゃん。」
「おおよ待ってたぜ。さってとガンガン飲むぜ。付き合えよ、レリーナ。」
「あら急にどしたんだい?」
「まあ欲しい物の糸口が掴めた感じかな。おお、エリーナもエウルレンの事なら何でも聞いてくれよ。それとレリーナ、なんか適当な肉料理が欲しいな。頼んでいいかい?」
感の良いレリーナはキッとエリーナを睨むが、エリーナは舌をペロッと出して反省の色も無い。それよりもエリーナはエウルレンの話が聞けるのなら、大した事の無さそうな情報ならどんどん聞かれるがままに喋る積もりだった。レパードはこの店で暫く呑み続け、そして必要な情報は粗方仕込み終わった。