34.グリュンスゾート大隊の反乱
「我々は帝都ザムセン情報局レティシア特殊作戦団だ。グリュンスゾート大隊の指揮官は誰か?」
「私がグリュンスゾート大隊指揮官のロートベルト少佐だ。これは一体何事だ。」
「失礼しました、私はレティシア大尉であります。市中に蔓延る妙な噂を確認したく推参しました。」
「妙な噂だと?それは一体なんだ、大尉。」
ロートベルト少佐の背後にはグリュンスゾート大隊の皆が集まっていた。その中でもレティシア大尉が名乗った瞬間、"おい、レヴェンデールの狂女だぞ"だの"殺人機械が何の用だ?"だの、決して宜しくないひそひそ話が始まった。その様子を一瞥してレティシアが話始めた。
「グリュンスゾート大隊の軍規が乱れに乱れている、と専らの噂です。我々はそれを確認しに来ました。既にクレメンス准将の許可を得ております。」
「どこの噂だ。乱れに乱れているだと?そりゃ多少は乱れているかもしれん。何せ、例のエウルレン攻略戦で、部隊丸ごとエウグストに残置されたからな。我ら同胞をあれ程失う戦いに我々が参加出来なかった事を忸怩たる思いの奴は多いからな。だが、それをして乱れに乱れているとは失礼な話だ。誰が言っているんだ、ここに連れて来い。」
「それを確認する為に、私がここに来ました。私が見る限り、大隊軍規は乱れているようには見えます。この部隊は、他から来た任務を遂行しようとしてる同胞に対して、狂女や殺人機械だの聞こえるように言う事が乱れに繋がると考えないのでしょうか?」
「ぐっ、だが貴様等のような殲滅部隊を寄越されるような事は何も無いぞ。」
「殲滅する積りであれば、我々も総員で来ますが。この人数でその意思が無い事は御分かり頂けるかと思います。本来我々の任務は別にありますが、これは物のついでです。」
「ついでだと!どこまで我らを侮辱する!ついでで貴様等に殲滅されるものか!どこまで貴様等の噂が本当か我々グリュンスゾートの名に懸けて、確かめてやっても良いのだぞ!」
「話になりませんね。しかも高々100人位で我々を囲って威圧の積もりでしょうか?」
「高々100人位でだと?良く言った。おい、ヘルマン!宿舎に行って全員呼んで来い。」
「ふふっ、女一人に何百人で囲む積もりですか?流石、噂に名高いグリュンスゾート大隊ですね。まぁ、あなた方の安い挑発に乗っても宜しいのですけど、あなた達全員死にますよ?」
正直、ロートベルト少佐は探られると痛い腹だった。彼も戻ってきた第二中隊から感化され、ニッポンの武器性能に戦慄し、海軍から流れてくる噂と人事の流れから噂は本当だったと確信していた。そこにエウレルン攻略戦の第二軍殲滅が起きた。生き残れた事にクレメンスに対して感謝し、今後の展開を考えるとガルディシアは危ういとも思っていた。そしてどうやってこの状況で生き残るかを考えると、クレメンスに付いてゆくしか無いとも結論していた。だが、この目の前の女は正直面倒だ。噂ではレヴェンデールの狂女だのという御大層な二つ名があるが、どうせ地方の田舎軍隊を2、3殲滅したに過ぎないんだろう。だが、帝都情報局の直属という事は皇帝陛下直下の部署だが、それに手を出すには流石に不味い。人数で囲めば多少大人しくはなるだろうと思っていたが…
「おい、やはり貴様の目的は我々の殲滅か。我々の嫌疑は何だ。」
「嫌疑も何もありませんよ。貴方方が我々に対して勝手に激高した挙句に、我々を包囲しているのですが?私は単に噂の真偽を確認しに来ただけです。」
「ほう、そうか。では問うが貴様に何の権利があって噂の真偽とやらを確認する?」
「我々は皇帝陛下の命の元に行動しています。それ故に、私にはこの活動に対する全権委任が成されています。」
「つまりお前が気に入らなかったら、陛下の名の元に我々を殲滅する事も可能という事か?」
「こういうご時世ですから、余り味方の人数を減らしたく無いんですけど。」
「人数減らすだと?お前等がこの人数で我々に勝つ事前提か。思い上がりも甚だしいが、我々には疑われるような軍規の乱れなど存在しない。お引き取り願おう。」
「引き取る引き取らないは私が判断します。貴方方グリュンスゾート大隊には規律が乱れている自覚が無い。私がそれを正します。」
「なにぃ、どうやって正す積りだ!?」
「それはこうやって。」
レティシアは何時の間にか剣を抜いていた。
そして剣にはべったりと血が付いており、その血の持ち主はロートベルト少佐だった。ロートベルト少佐は手と首を瞬間に切られ、何が起きたか分からないうちに絶命していた。周囲の者が口々に、"しょ、少佐!!""少佐が切られた!"と騒ぎ始めた瞬間に、レティシアは口を開いた。
「静まれ、グリュンスゾート大隊!!貴様等の司令官ロートベルト少佐は壊滅的に規律が乱れたこの大隊の指揮官として相応しくないので、私レティシア大尉が切り捨てた。当然、この行動は陛下の許可を得た物である。貴様等の軍規の乱れがどこから来たのかは知らぬが、私はそれを捨て置かぬ。大隊、整列!!」
何人かは不服そうな顔をしつつも整列を始めたが、大多数はレティシア大尉を囲んだままだった。だが、宿舎の方からやってきた連中も含めて殆どが武装していない為に抜刀したレティシアには手を出さない。そして不意打ちで自分達の司令官を殺したレティシアに対し、敵意漲る視線を送り続けた。
「貴様等整列せんか!」
コルテンが叫んだと同時に、"やっちまえ"、"少佐の敵だ!"という声が重なった。そして武器を取りに行く者、レティシア大尉やその一行に飛び掛かる者との乱戦が始まった。
それは戦闘というより一方的な虐殺だった。
そもそもレティシア大尉を囲んでいたのは武器も持たない連中だったのだ。殴りかかり動きを止めようとした者達は一瞬のうちに切り伏せられ、レティシアに同行していたコルテン達も一斉に抜刀して、周囲の者達を切り伏せた。しかも必ず急所を切りつつ移動する為、切られた者はほぼ即死状態で死体の山が重なる。レティシア達はハリネズミ陣のように周囲に剣を向けつつ、ゆっくりと移動していた。そこに武器を取りに行った連中が戻ってきて、囲む無手の兵に剣を渡す。
囲みの中でレティシアは兵に向かって叫んだ。
「無意味な戦闘を辞めよ!貴様等も私達も皇帝陛下の兵だぞ!相打ってどうする!剣を置け!そのまま向かってくるなら、貴様等を反乱として処分せねばならん!」
既に完全に激高していたグリュンスゾートの兵は聞く耳を持たない。
「何を言いやがる、少佐の敵だ!」
「元はといえばテメェから始めたんじゃねえか!!」
「てめえら生きて出られると思うな!!」
完全に説得は意味が無いな、という表情を一瞬した後に、レティシアは言った。
「アナタ達、ダルヴォート戦では戦線違いで私をよく知らないでしょうから教えてあげるわ。レヴェンデールの狂女の名をアナタ等の身体に刻んであげるわね。これはもう反乱よ。もう、何もかも遅いから。」
「た、大尉、マジでやる気だ。おい、お前等下がれ!降伏しろ!!」
「大尉止めて下さい、大尉!!」
「ちくしょう、お前等剣を捨てろ!降伏しろ!!」
コルテン達の叫び声を無視してレティシアは両手に剣を持ち、囲む兵の集団に突入していった。