32.レオポルドの秘かな計画
「レオポルド、例の調査はどうなった?」
「はっ、陛下。只今レティシア特殊作戦団を派遣しております。途中の報告によればエウレルンの解放戦線とやらに潜入工作中との事ですが…」
「事ですが…なんだ?」
「事前に掴んでいた情報との乖離があるとの事です。曰く、既に解放戦線という組織は武力闘争から対話による解決を求める団体となっている為、脅威とならない可能性高しと。それ故に我々が掴んでいた情報が別の組織を指すものなのか、引き続き調査中です。」
「対話による解決だと?何を馬鹿気た事を。」
帝都ザムセンでは情報局長のレオポルドが陛下に反乱組織への潜入に関する報告をしていた。だが、高田の策に騙され、表面上は無害な組織と判断された解放戦線はこの時点で帝国の脅威対象から外れていたのだ。
現在のガルディシア帝国の戦力状況は、海軍の第一、第二、第三、第六艦隊が健在。第四艦隊が主力を失い、第五艦隊を解体して再編中、第七艦隊も健在だが、この艦隊は旧式艦の寄せ集めだ。そして新規の新造艦が秘かにヴァントにて建造中である。この新造艦はエステリア侵攻計画を立てた際に、海戦にて失われる戦力を見越しての新造であったが、日本の介入により行き場を無くした状態だ。それ故に再建中の第四艦隊へと行き先は決まっている。そして、ガルディシア海軍はダルヴォート及びエステリアとの三か国終戦協定と共に警察官への補充が行われ、転職による定数割れの艦も多い。
そして、陸軍は帝都守備の第一軍、エウグスト東部を守備する第三軍、ダルヴォート方面を守備する第四軍が健在、そしてエウグスト中央部の第二軍が壊滅し、ほぼゼロからの再編中だ。
つまり、海軍全体としては1/7の戦力を失い、陸軍全体で見ると1/4の戦力が失われた状況なのだ。その為、各軍から師団単位で戦力を抽出し第二軍の再編に当てている状況だ。この状況において国内に反乱勢力が存在する事は望ましくない。いや、どの状況下であっても望ましくは無いのだが、特に今この段階は危険だ。
「陛下、何れにせよ他の脅威の対象に戦力を向けるべきかと愚考致します。現在、判明しているのは解放戦線という集団ですが、これ以外にもエウグスト方面には何等かの脅威が存在する可能性がございます。エウグストの連中は主に炭鉱に、ダルヴォートの連中は鉱山に今迄送っておりました。しかしニッポンの機械導入により炭鉱から人が解放された瞬間から、このようなきな臭い話が巻き起こっております。行く行くは鉱山にも掘削機械が導入されましょう。その時には旧ダルヴォート地域の不安定化という可能性も否めません。」
「そうか…ニッポンとの国交が始まった時には斯様な未来がやって来るとは思わなんだ。最初は先進的な物が溢れ、生活が便利になる程度と思っておったが、こうも対外的に抑圧された状況となり、しかも国内も反乱の芽が育ちつつあるとは。どうせ対外的に攻め込む事も出来ん。海軍を再編整理して警察軍への転籍を推奨した上で、治安部隊を強化すべきか。」
「それでしたら陛下、内務省の能力を強化し、国内の治安維持を目的とした内務省軍を新設し、警察と統合の上で運用するのは如何でありましょうか?そこに海軍から内務省軍への転籍を行います。通常の警察は内務省の傘下に配置し、その上部組織に内務省軍を配置します。そして内務省軍は軍と同等の…」
「そのような物は陸軍と競合するではないか、レオポルド。であるならば、陸軍をそのまま強化した方が良い。指揮系統が混乱する。」
実の所、レオポルドはその内務省の上部組織として情報局を持って行きたかったのだ。そうする事により、情報局は実質的な軍を持つ事になる。だがガルディシアIII世はそれを許さなかった。
「海軍は再編して四個艦隊体制とする。どうせ対外的にはニッポンが居る限りどうにもならん。であるならば、最低限諸侯の面子を保つ程度に艦隊は残しておく。残す艦隊は、第一、第二、第三、第四艦隊だ。他は解体して警察軍へと統合する。良いな、レオポルド。退室の際には海軍大臣のメンホルツ公爵を呼んでくれ。」
「御意に。それでは失礼致します。」
退室したレオポルドは顔にこそ出しては居なかったが、大変に落胆した。現状で自分の権力を拡大するチャンスだったのだ。情報局は皇帝直属ではあるがその組織は非常に小さい。そしてこういった組織の常で、つねに拡大を指向する。自らの権力拡大の機会が訪れたと読んでいたレオポルドは、この海軍解体と警察軍拡大の狭間で、警察軍を自らの傘下にしたかったのだ。だがそれは潰えた。まぁ、降って湧いた機会だ、何れまた似たような事もあるだろうさ、とレオポルドは皇帝の居城を去りながら独り言ちた。そして、その機会は別の形となり意外な程に早く訪れるのである。
そしてエウグスト北方を巡るレティシア一行は、何も成果が無いままにエウグスト市へと向かっていた。そしてエウグスト市の酒場である噂を聞きつけたのだった。その噂は、グリュンスゾート大隊に所属するある部隊の事だった。彼らはエウルレンへの視察から戻ってきた頃から、ニッポンへの好意とニッポン式の様々な事を常に褒めるような有様になっている、と。事或る毎にエウルレンに行きたがり、果ては車の免許を取りに行きたいだの、軍を辞めたらエウルレンに行くだのと公言しているという。それを取り締まるべきクレメンス准将は、エウルレン攻略戦で皇太子ドラクスルの不興を買ってから表には余り出てこなくなった。その為、軍の規律は緩み放題となっている、という話だ。
正直な話、レティシアの部隊は反乱勢力潜入の為に行動している。だが、自分の軍の中から不埒な輩が出るのであれば、これも当然討伐する。そういう意味で噂を確かめる為に、レティシアはエウグスト市のクレメンス准将に会いに行ったのだった。




