25.ニヴェルの疑問
「レティさん、ちょっと相談があるんですが。」
「なんでしょう、コルテンさん?」
エウルレンに向かう長距離バスでバス後部に陣取るレティシアの元に、前の方でニヴェルと話していたコルテンがやって来た。
「すいません、しくじりました。ニヴェルは俺達を怪しんでます。」
「…コルテン。どういう事かしら?」
「バスの値段の件で、炭鉱の中では結構な話題になっていたようです。俺達はそれを全く知らなかったので、相当話題になった事を知らないのは変だと思っている様です。」
「今、ニヴェルは何をしてるの?」
「椅子を倒して寝ています。」
「そう。そうね…」
レティシアもまたコルテンと同じ理由でニヴェルを殺す事を躊躇していた。彼を殺した場合、ここで解放戦線への糸が切れる。偶然によってだが、これほど簡単に掴めた糸口は離し難い。だが、疑われたままでは潜入の時点でワザと引き込まれた挙句に全員捕縛、という線も考えられる。ただ、残念な事にレティシアは別にそれでも構わないと思っていた。自らと、そして仲間達の戦闘能力に自信を持っていたからだ。
「一応情報を彼から探っておいてちょうだい?エウルレンで誰とどこで会うのか。殺すのは何時もで出来るし、何なら拠点に引き込まれてバレたとしても、そこを殲滅するだけの話ね。」
「ああ、でもレティさん。末端を殲滅したら、組織本体が警戒しませんか?」
「そうなのよねぇ…そこなのよ。どうしたら良いかしら?あなた何か考えある?」
「まずニヴェルから聞き出す事が可能なら、その後に始末する。聞き出せないなら、仕方が無いからそのままニヴェルの案内に任せる。その際にはニヴェルの誤解を解く、という事ではどうですかね?」
「ふーん…それしか無いかしら。じゃ、その線でお願いね、コルテン。」
「了解です。それともう直ぐエウルレンに着くそうです。」
「分かったわ。もう行ってちょうだい。」
一方、寝たふりをしていたニヴェルだったが、彼もまた迷っていた。
炭鉱から故郷はでは相当の距離がある。だが、ヴァントの街から帝都ザムセンを経由し、エウルレンまで進んだ後に、その先のエウグスト市までは既に高速バス路線が設定されていた。このバラディア大陸中央を途中まで進む高速バス路線は、それまでガルディシア政府がバラディア大陸にて試験していた蒸気機関の汽車の構想を破壊した。何せ、道路だけ設置するとバスがどんどん進出するのだ。そしてバラディア大陸の各都市間の時間的距離が縮まってゆく。それは蒸気機関車の敷設に係る時間と機関車を作る為の時間、そして運行する為の線路の確保等で莫大な時間を要し、遅々として進まない現状を横目に、既存の街道脇をニッポンの重機が砂利を敷き、アスファルトで舗装して固め、すぐ開通する舗装路では勝負にならなかった。その為、ガルディシアの研究機関レベルでは蒸気機関車は細々と研究は進んでいたものの、既に趨勢は自動車の流れになっていた。この後、将来的に日本の鉄道会社が大規模投資を行い、各都市間を結ぶ高速輸送網を作る事になるのだが、それは未だ遠い未来の話だ。現状では、この大陸上での輸送における将来は自動車が担うように見えていた。
そのような未来の乗り物が彼ら炭鉱に従事するエウグスト人達の間で、国に帰る為の手段としての筆頭候補になる事は必至である。残念な事にニヴェルは東海岸沿いの交通網が今だに発達していない地域だった為に、高速バスに乗る事が出来ず、せめてもの記念という事で態々ヴァントからエウルレンまで高速バスを高いチケットを買って乗り込んだのだ。他の連中はエウルレンよりも北の地方から来た連中が多かったので、大抵はバスに乗った。つまり、バスに関する情報は、国に一刻も早く帰る為の重要な情報だったのである。この情報を知らないコルテンと仲間達は、何かが怪しい。それにだ。考えてみれば、ヴァントから東海岸沿いに進んで来た彼ら一行は、何故そんな道を通る理由があったのだろう。エウグスト市はともかく、リレントやミーンの町も東海岸経由は遠回りだ。何かがおかしい。
もう一つオカシイ事がある。
あの女、レティとかいうザムセンで女中をしていたとかいう女。これという理由は無いが、彼女が怖い。あれだけ美人なのに、何か近寄り難い嫌な雰囲気がある。たまに目があうと、俺に対して獲物を見るような目をしている時もある。とにかく彼女の近くには寄りたくない。俺の村の連中の近くに居るような感じがする。そうだ、怖くて気持ち悪いのだ。これは何故なんだろう。
このまま解放戦線に連れていって良いものだろうか。
でも、既にアレストンさんには明日に行くと言ってしまったからなぁ…一日早くエウルレンに入る事になったけれども、どこか宿を取らなきゃならない。その時彼らと一緒に行動するのは、何か不安がある。まぁ、エウルレンでどこか宿に入ればアレストンさんにも連絡が付けられるだろうから、その時に話せばよいか…
移動するバスの中でそれぞれの葛藤を抱えつつ、エウルレンへと進んで行った。
「皆様たった3日間という、この短い期間にも関わず、頑張って下さいましてありがとうございます!おかげ様をもちまして、無事解放戦線事務所の開設が出来ました。」
モーリス大尉が、事務所の1階で皆を整列させ演説していた。
事務所は3階建てとなっており、1階が通常の事務所と受付となっており、2階が個室やら簡易食堂やらがあり、3階が倉庫扱いだ。この事務所には武器は一切置かれず、当局が調べても全く怪しい所が無いように作った。だが、2階には隠し部屋があり、そこには高田が持ち込んだモニターやら何やらが詰め込んである。
「明日より、この事務所を稼働します。現在、名簿に載っている新規加入者は60名。既に半数はエウルレン市に入っており、全員がホテルに宿泊しております。これから順次面接を行い、潜入者の特定を行います。しかしもし潜入者と判明しても絶対に敵対行為をしないで下さい。潜入者以外は面接後に帰します。で、潜入者と判明した場合は、この事務所の中を全て見て貰います。」
続いて、アレストンが話を始めた。
「この作戦の肝は、潜入者に対して"解放戦線は無害"という印象を植え付ける事だ。単に我々はデモ行進したり、街角で演説する程度の集団だと。つまり、最初に活動していた頃の主張はガルディシアと必ず衝突する事必至の内容であったが、人数の拡大と共に穏健派が主流になりつつある、という方向で進める。当然、面接時にも、我々解放戦線は穏健派が主流となる方向で組織改編が進んでいる、という話をする。その時の反応を元に、タカダさん達が機械等で判定をする。そういう事でいいな?」
再びモーリスが話を始めた。
「という事で、まだ武器を所持している者は、伯爵の倉庫に預けに行ってくれ。どんな武器でもだ。それと、設定した通りに役柄を演じてくれ。では、明日から宜しく頼む!」
そして、エウルレンの事務所は明かりが消され、人は全て出ていった。
ちょうどその頃に、レティシア一行を乗せたバスがエウルレンに到着した。