21.漏れ始めた情報
レティシア大尉はレオポルド局長の部屋を出て直ぐに、自らの部隊の訓練場へと向かった。訓練場ではレティシア特殊作戦団が全員揃い、レティシア大尉を直立不動で待っていた。
「全員揃っているわね、あなた方に朗報があります。
レティシア特殊作戦団はレオポルド局長からのご命令により、これよりエウグストの反乱組織への潜入調査を行います。任務内容は反乱組織の実態把握、反乱拠点の特定、反乱勢力の殲滅です。部隊は二つに分け、潜入班と殲滅班にします。潜入の人選は私に任されているので、これから呼ぶわね。」
「おおっ、大尉!呼び出されたのはそれが理由でありますか!」
「そうなのよ。でも話が終わるまでちょっと待ってね。……コルテン、ジーヴェルト、トレスコウ、ザウケン、フリースナー、貴方達5名を選抜します。身分はエウグストの炭鉱上がりの設定、潜入班の指揮は私が執ります。潜入班の出発は、これより3時間後。殲滅班は反乱拠点の特定が済むまでここで待機、こちらの指揮はリュトヴィッツ中尉、あなたお願いね。そちらから連絡員を設定してちょうだい。」
「了解であります、大尉。」
「炭鉱上がりの設定ですか。まぁ、俺達はどこから見ても堅気にゃ見えねえですからね。」
「そういう事。私は村娘の設定で行くから。迂闊に敬語で話しかけたら殺すわよ、コルテン曹長。」
「潜入任務は久々ですな。腕が鳴りまりますなぁ。」
「そうそう、いい事?局長からなんだけど、組織の拠点が判明する迄は絶対殺しは駄目ね。」
「えっ?どういう事ですか?」
「ブルーロとホルツの部隊が今使えないのは知っているでしょう?そこで殲滅任務以外のが回ってきたって訳。いつもの調子で殲滅しちゃったら、情報取れないでしょ?この任務中に誰かが殺したら任務が台無しになるの。わかって?」
「そりゃ詰らんですな。それなら殲滅班に選抜してほしかったですよ、大尉。」
「ジーヴェルト軍曹、どうせ拠点判明したら殲滅するんだから、それまで待機する方が暇よ?さて、私からの説明は以上です、各員情報局に行って装備を整えてちょうだい。各個の細かい設定と身分証はその時に確認してね。」
「了解であります!」
こうしてレティシア特殊作戦団がエウグストの反乱組織に潜入をするための準備を整えつつある頃、ゾルダーはル・シュテルに連絡をとっていた。
「伯爵、不味い事になったぞ。今直ぐモーリスに連絡が取れるか?」
「モーリスには未だ通信機を渡していないからなぁ…今直ぐは無理だよ。一体何事なんだい、ゾルダー君?」
「それならば可能な限り早く連絡をとってくれ。それとレイヤー部隊にもだ。帝国が反乱組織の調査を始めたんだ。それで潜入捜査員が送られてくる。」
「ふうむ…それは一体帝国のどの組織が動いているんだい?」
「情報局だ。レオポルド局長の秘密部隊の一つ、レティシア特殊作戦団だ。」
「…え?それは…まさか、レヴェンデールの狂女の事かい?」
「良く知っているな、伯爵。そうだ、その狂女が動き出した。」
実はエウグストではレヴェンデールの狂女の事は余り知られていない。
だが伯爵はエウグストを裏切った際に、以降のダルヴォート侵略に帝国が求めるままに兵士の供出をしていたのだ。そして偶々伯爵の兵団がダルヴォート戦でレヴェンデール方面に後詰めで配備された為、レティシア大尉の戦闘を目の当たりにしていた。そしてその光景は、決して戦闘と言えるモノではなく虐殺という表現が最もしっくりと来る程に一方的な戦いだったのだ。伯爵はあれ程早く動き、躊躇なく人を殺す人間をこれまで見た事が無かった。あの時に成人したばかりのように見えたあの娘も、あの戦いから5年程経っているから今は21歳位だろうか…
「あの娘か…すると、エウグスト解放戦線の所在が知れた、という事かな?」
「いや、違う。まだ正体が分からないので、実態把握する為の潜入調査だ。恐らく、部隊から潜入の為に何人か抽出してレティシア大尉が指揮をする、という形を取ると思う。まず部隊の拡大を停止し、例の武器はエウルレンに一旦隠すのが良いと思うが、その辺の判断は伯爵に任せる。」
「そうだね。私もレイヤー部隊と急ぎ相談しよう。ともあれ、彼女が出てきたのなら対応策を考えないとね。ともあれ、まずモーリスには直ぐに連絡を取るよ。」
「この女だけは真面目にヤバい。エウグスト人は知らんだろうからな…」
「それも併せて皆には通達するよ。通信可能な所は全て連絡をしておく。」
「頼む。俺はザムセンに居るので動き様がないのだが、可能な限り情報は流す。」
「ありがとうゾルダー君。私も頼みにしているよ。」
現在、エウグスト解放戦線の構成は、エウレルン市に拠点が5ヵ所、銃器製造工場が2ヵ所、集積倉庫が3ヵ所、マルソー港地域に弾薬製造工場が2ヵ所となっている。これらは厳重に管理され、流通及び保管は全てル・シュテル伯爵の息がかかった会社のみで動かしている。だから、ここから情報が洩れる事は無い。問題は急激に拡大した解放戦線の末端なのだ。ル・シュテル伯爵以外のエウグスト領域は広い。その領域にある様々な酒場で、友達同士の会話で、通りすがる宿で解放戦線の話題が出始めてきている。それは即ち急激な組織の拡大の弊害で、組織の情報が秘匿し切れなくなってきているのだ。そして大抵の新入りは口が軽い。こういう場所をレティシア大尉も狙っている為に、最初の動きは地方からだろう、とル・シュテルは睨んでいた。そして伯爵はモーリスに連絡を取る為、エウルレンに行くのだった。
だが、モーリス大尉は組織統制の為に地方へ移動していて不在だった。エウルレンでモーリスに会えなかった伯爵は、急ぎレイヤーのチームに連絡を入れ、モーリス大尉の確保要請と解放戦線への防衛依頼を行った。こうした伯爵の動きにも拘らず、レティシア大尉の部隊は、まずデール海岸線沿いの小さな村オーリトから潜入工作を開始したのだった。そして、その村には解放戦線の末端組織があり、そして口の軽い若者も揃っていたのだ。