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ガルディシア帝国の興亡  作者: 酒精四十度
【第三章 ガルディシア回天編】
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19.レオポルドの苛立ち

皇帝の居城に登城したレオポルドは陛下への謁見を要請した。


最近、情報局長のレオポルドは妙な苛立ちを感じていた。

どうにも足元が崩れて行くような、今迄自分が確たるものと信じていた物が、次第に雲霧四散してあやふやな存在になってゆくような、そんな気持ちの悪さを感じていた。その正体は、昨今のニッポン資本による急速な帝都ザムセンの発展による物が理由なのか、と彼は思っていた。発展とは名ばかりに、ニッポンへの経済的な隷属を強いる物なのではないか。確かに色々な面で生活が便利になって行く。今まで出来なかった事や、人海戦術でのみ可能なあらゆる事が、ニッポンの手によって解決しているのだ。だが、それは良い事なのか?帝国が帝国として存在する為の理由が希薄になってゆく気がしてならない。そして彼らニッポンが我々に対して、技術や知識の供与を断った時、我々は元の帝国として生きてゆけるのか?

分からない。言わば、人為的であっても文明の後退を味わった時、我々はどのように対処するのだろうか。そして、この苛立ちの原因は何なのだろうか?


そうだ。気に入らないのだ。

ニッポンの取る行動が何もかも気に入らないのだ。

善人ぶって帝国を彼らが言う科学技術で篭絡し、彼らの技術が無ければ立ち行かなくなる状況に追い詰められている気がしてならないのだ。これは言わば麻薬だ。ニッポンの先進科学技術という聞こえが良い物は、それが無ければ生活が成り立たなくなるような我が帝国の根幹を支配しつつある。例えば、冷蔵庫とやら一つをとってみても、既に各家庭に入り込み、各飲食店に入り込み、それらはニッポンが製造した冷蔵庫のある生活を享受している。既にこれらを基盤として食料の保存や保管をする事と、冷蔵庫がある故に食べる事が出来る、或いは保管する事が出来る食品が山ほどニッポンからやって来ている。それの元は我々が収穫し、それを輸出したものだ。そしてそれら無くては成り立たなくは無いまでも、途端に不便な生活に逆戻りだろう。冷蔵庫の無かった時代に。もし、これらの便利な、しかも一般家庭に根差した製品が、我々帝国の方針により撤去を命じたら?最悪、反乱だ。そこまで行かないまでも、国民達の帝国への悪感情は途轍もないレベルに上昇するだろう。これは新しい形の侵略なのではないか?だとすると、何等かの手を打つべきなのでは?だが、何をしたらよいのか…考えに耽るレオポルドに、陛下の部屋への入出許可が近衛兵より通達された。


「陛下…レオポルドで御座います。一つご相談したい儀があります。」

「レオポルドか。何事だ。申してみよ。」

「私は未だニッポンの目的が分かりません。彼らの文化がどんどんと我々に流入してきております。しかし、この文化が流入した結果、我々の生活はニッポンに支配される事になっております。」

「生活がニッポンに支配される?どういう事だ、レオポルド。」


レオポルドは今、自分が思っている事を素直に述べた。

ある程度、自分の直観に従ったのである。


「今や我々は便利なニッポンの道具や生活を日々経験しております。そしてそれを経験したが最後、元の生活に戻る事は出来ません、陛下。まず冷蔵庫の例をしましょう。我々はニッポンから供与された冷蔵庫を使い始めました。冷蔵庫は食品の悪化を防ぎ、長期保存を可能にします。それ故、冷蔵庫に保管をする事前提の食品までも売り出されております。これら長期保存用の冷凍食品と称する物は、冷蔵庫無しには成り立ちません。また、これらの食品は例外無く加工されており、食べやすかったり、温めるだけのものであったり、と可能な限り利便性が追及された物であり、これらは一般家庭や料理店等に普及しております。」

「うむ、その話は長いのか?誰しもが分かっている事に聞こえるが。」


皇帝はレオポルドが何を言いたいのか分からない。

それでなくてもガルディシア帝国としては、ここの所ニッポンの製品が普及してきており、ようやく第二軍敗北の痛手が払拭されてきた所なのだ。皇帝が自ら推し進めてきたニッポンとの輸出入関連でケチを付けられるのは皇帝としても余り面白くは無い話なのだ。


「我々がもし仮にニッポンの冷蔵庫の使用を禁止したら?」

「それは民草も怒るであろう。余も怒る。不便になるからな。冷たい酒は美味いからな。あれも冷蔵庫の恩恵だ。便利な事が何故悪いのだ、レオポルド。」

「左様に御座います。便利な事が何故悪いのか?それは…ニッポンが、それらを全面的に支配している事で、我々をある程度コントロール可能としているからなのです。例えば、我が国とニッポンの関係が将来的に悪化したとしましょう。そうすれば、真っ先に行われるのはこれらの便利な製品の流通停止です。そして今ある機械は何れ壊れます。我々は、冷蔵庫が無かった時代に戻れますでしょうか?」

「む…それは…戻れぬであろうな。」

「それは、ニッポンによる支配、新しい形の侵略なのではありますまいか?」

「だが、彼我のこれ程の技術的格差は、我々が彼の国の技術を習得する大きな壁となっておる。貴様の言わんとした事は分かるが、現状ではどうにも出来ぬではないか。そも、ここまで流通した物を、明日から辞めろと言った所で、暴動が起きるであろうよ。」

「正にそこなのでございます、陛下。既にニッポンの技術が我々の生活の根幹を支配している事に気が付いているのはどれ程居りますでしょうか?我々は、ニッポンの先進技術に惑わされ、無制限にそれらの技術を輸入しております。しかし、それは彼らニッポンが我々の生活を支配するという事に他なりません。」

「だからといってどうなるのだ。今更、入ってきてしまった物をこれから拒否する事も出来はしまい。」

「陛下、我々は彼らが作る物を我らも作れるようにならなければなりません。そこにどれだけの技術格差があろうとも、我々が同じものを作れるようになって初めてこの支配から脱却出来るのです。彼らから与えられるばかりでは、我々はそのうち奴隷となるでしょう。表面的には独立しておりましょうが。」

「では、どうする、レオポルド?」

「我々はニッポンの技術を学ぶ為に、一定数の留学生を派遣したく思います。また、彼らが生産可能な物が我々も生産可能とする最低限の施設の建造。また、それらをニッポンに察知されない為の秘密裏に行う必要があると思います。」

「ふーむ…それは必要であるな。だが、どの位の期間で考えておる?」

「我々と彼らの技術格差がどの位あるのかさえ分かりません。それが故に、まずは10年を考えております。しかし、恐らくそれ以上の期間が必要となるのではないかと考えます。」

「10年か…それは長い事だな、レオポルド。」

「陛下、国家の存続を考えた場合、10年はあっという間にございます。」

「そうか…許可する。人選は任せたが、予算の話は議会に流せ。して、何人必要だ?」

「組織としては表面上交換留学生的な組織を考えております。そこはニッポンに送り込むのは10名、それと、我が国が必要とする知識と技術を選定し、それらを構築してゆく為の組織が100名程度。これは触りですが、行く行くは更に大きな組織となる予定です。」

「そうか…大きいな。」

「そこが今後有効に機能するならば、彼らニッポンが作る物は同時に我々も作る事が可能となる筈です。」

「分かった、了承しよう。議会には余からも通達を出す。他に何かあるか?」

「一つ、気になる動きがあります。エウグストの方面に反乱を伺わせる組織が出来た模様です。ただ、情報秘匿に長けており、なかなかそれ以上の情報が掴めません。」

「ふむ、またか。いつも通り対処せよ。軍は必要か?」

「今暫くお待ち頂けますか。こちらも現在調査中でありますが、規模と縄張りが今一つ判明しておりません。どうやら炭鉱上がりを広範囲に集めているようなのですが…何れ判明次第、ご報告にあがります。もし軍が必要であるならば、その時に。」

「わかった。頼むぞ、レオポルド。」


皇帝に対し、言いたい事は言った筈なのに、レオポルドの苛立ちは何故か消えなかった。

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