16.逃走劇の結末
李に逃げ切られた夜。エウルレン市以外で活動するにはリスクが伴う為、一旦仕切り直したレイヤーチームは、今後の方針を決める為に一度マルソーに集合して計画を練り直した。トラックを運営している会社も翌朝にならないと運行状況を把握出来ない為、翌日改めてトラックの行き先と、李の思惑を探る事とした。既に1名の殉職を出している為、これは第一の部隊にて担当する事とした。また、第二は流出した工作機械の出所を探る為、港の機材管理施設への調査と、もし港に李が現れた時の事を考えマルソー周辺を警備する事にした。
密造工場の統合に関しては第三のレイヤー部隊がル・シュテル伯爵と協力し、機材の選定や移動の為の手配を行う為、早速中国人の密造工場に入って工作機械やら何やらを確認する事とした。そして、エウルレンの中国人密造工場では小銃と拳銃の製造を、マルソーの工場では弾薬の製造をするように配置を変え、それ用の工作機械をそれぞれ移動する事とした。もし仮にマルソーの弾薬工場が爆発事故を起こしたとしても、周辺は全てル・シュテルとレイヤーチームの関係で押さえている為、何かあった際には誤魔化せる。エウルレンでは爆発の危険性が無いプレス機械で銃を密造し続ける事となった。以降、統合された武器工場は今までの3倍の生産量を持ってエウグスト解放戦線への武器供給を行う様になった。そしてエウグスト解放戦線は、結果として日本とル・シュテルの下部組織であり実行部隊としての性格を帯びつつあった。その組織は拡大を続け、炭鉱の自動化で余剰人員となり故郷に帰された元軍人隊は、噂を聞きつけては直ぐに参加を表明し、その全体としての人数は3,000人を超えつつあったのだ。そして彼ら全部に行き渡るには銃の生産量は未だ足りなかった。その為、銃と弾薬、それらを集積する倉庫、そういった物を専門に輸送や保管する部隊が作られ、それらを表向きの会社としてル・シュテルが支援した。
エウルレン東の鉱山に着いた李はそのまま石炭輸送列車に侵入し、その日の夜のうちに出発する輸送列車に乗り、翌朝にはマルソー火力発電所の石炭集積所まで移動した。そこから徒歩でマルソーの港に潜入しようとマルソー港周辺部を観察すると、動きが明らかに訓練された軍人のような奴が何人も居るのが見える。李は、遠目に見積もった怪しい連中の規模を想定し、今はマルソーを抜けられない可能性が高い事を認識した。そして改めて、李は考えた。
それにしても奴らの動きが早いのか、思ったより規模が大きいのか…精々が2、30人程度の組織かと思ったが、どうもそうでも無いらしい。その為、エウルレンには戻れない。奴らの仲間が山ほど居るからだ。恐らく対応スピードから本拠地はエウルレンに在るのだろう。そしてザムセンにも行けない。更には港がこうまでがっちりと警戒していたら、ここを抜けるのも一苦労だ。とするならば…まだ、情報も監視も届かない東側に行った方が良いだろう。なんならエステリア王国に脱出する手もある。何れ、この辺りは危険過ぎる。包囲網が閉じる前に、東に脱出するしか無いな…
こうして李は輸送列車でエウルレン東まで戻った。エウレルン東から山岳の道を通り、抜ければデール海峡近くのティアーナ港に辿り着く。李はまずティアーナを目指して山岳の道に向かった。こうして、李を捜索していたレイヤーチームは完全に李の足跡を見失ったのだった。
「トラックはエウルレン東の鉱山に向かった。そこで荷を積んで、折り返し高速道路を使用して、一旦エウルレンに戻った。そこまでは分かる。恐らくはエウルレン東に行った事で俺達の追跡を完全に振り切った。その後はどこに行くか?日本への密航を狙うなら輸送列車に乗ってマルソーに行くだろう。北に行くならエウルレン東は遠回りだ。一旦、デール海峡に出てから北上するしかない。一体奴はどこに逃げた…?」
「完全に鉱山から先が分からんですね、エンメルス曹長。もしかしたら、鉱山抜けてデール海峡側に抜けようとしているかもしれませんね。」
「可能性としてはアリなんだが、そこで奴が何を出来るかを考えたら、行く可能性は低そうなんだけどな。それこそエステリア王国への亡命狙いとかな。」
「うーん…しかし曹長。もし仮にティアーナ辺りに逃げられたら、俺達も動きづらい場所ですよ。」
「そうなんだよな…あの辺りはガルディシアの陸海軍人が山ほど居るからな。迂闊に手配書回っている連中とか、俺達みたいに死亡扱いになっているのがあそこでウロウロした挙句に、知り合いなんぞに会ってみろ。大変な騒ぎになるぜ、トア。」
「ですよね…第三に行ってもらいますか?顔売れている奴も少ないし。」
「俺のミスの尻ぬぐいを別のチームに任せる事になるのがなぁ…しかも第三は今、工場移転でてんやわんやだろ?そこに、あんな手練れの奴を第三に任せたらなぁ…」
「ま、今に始まった事じゃないですし。」
「トアてめえ!言うようになったな…。だが、実際に動ける駒が少ないよな、俺達。」
「第三はナッターがやられてるんで、必ず敵を取ると言ってますよ。」
「ああ、そりゃ知ってる。だから敢て第三はそっちの任務から外して、工場移転を任せてるんだよ。」
「それでですか。なるほど…」
「兎も角も、タカダさんには逃げられた旨、報告するよ。」
「頑張って下さい、曹長!」
そして、李を逃した事、そして戦死が一名出た事を高田に連絡し、不手際だった部分の指摘をがんがん受けたのだった。なお、戦死したナッターに関しては丁寧に弔う事、そして残された家族が居る場合は遺族に対する補償を手厚く行う旨、高田からエンメルス曹長に通達された。だがナッターの残された家族に伝える役目はエンメルスなのである。その為、ナッターの情報ファイルを見直しに行ったエンメルスだった。
風邪ひいたみたいで、鼻水が止まらず頭が痛いです…