06.伯爵との密談
日本政府の思惑としては、エウグストのガルディシア帝国からの独立は大歓迎だ。ガルディシアから輸出される食料品の多くはエウグスト産である。そのエウグストが民主的な体制を元に独立するならば、それは願ったり叶ったりである。既にエウルレン市がそうであるように、行く行くはエウグスト全域を日本の商圏に組み込められれば相互に安定して商売が出来る。だが、その過程で日本が関与した事が明白な状況であった場合、ガルディシア側がどんな状況となるかは想像に難くない。最悪、独立したエウグストを巡って再度ややこしい事になるだろう。それゆえに、あくまでもエウグストの国民が自主的に独立を選び、勝ち取る流れが望ましい。とするならば、解放戦線の存在自体は肯定的となる。
だが、それは日本が設置したエウグスト人部隊の存在が無ければ、の話だ。彼らの存在は日本がその思惑に沿って作った組織だけに最終的な目的は一緒だが、より日本の意向に左右される組織なのだ。その為、必ずしもエウグスト人の考えに沿ったアプローチをする訳ではない。今回、その調整の為、内調の高田も同行した上で、ル・シュテル伯爵へのフォローも行いに行ったが、既に現地部隊からの不協和音を肌で感じている高田だった。
そしてもう一つの問題は、中国人組織による武器密造である。
日本は個人の武器所有を認めてはいない。当然、その商圏内や影響圏に於いても武器所有が無い事の方が望ましい。だが、現状で日本以外の世界では恐らく日本の武器は圧倒的な上位にある。この能力差によって、無駄な血を流さずにすむ筈なのだ。だが、日本と同等の武器が入手可能なら?しかも、ガルディシア領土内でそれが生産可能なら?現在は密造レベルで生産数もたかが知れているだろう。だが、それが国に認められるレベルとなってしまったら?それは日本の優位を覆しかねない。所謂ソマリアやベンガジで米軍がやられた様な事が起きかねない。その為、日本としては可能な限り相手国の軍事レベルはその状態を維持していたい。例外としては日本にとってのメリットが圧倒的な場合は、多少の軍事情報を徐々に公開するようにしていた。だが、好戦的で拡張を常に望む帝国主義を掲げる国家に対しての軍事技術の公開などは、自らの将来を売り渡しているに過ぎない。日本から見たガルディシアは、その類だと判断している。
つまり、ガルディシア帝国側に兵器情報を渡すつもりも無ければ、将来的にその計画も思惑も無い。だが、イレギュラーでそれらの類の情報が渡ってしまったのなら、可能な限り闇から闇に葬る、という選択となった。その為、その銃が実用レベルなのか?実情レベルであれば、どれほどの生産能力なのか?そして、密造を知る関係者がどれほどいるのか?そして作られた銃はどこまで広がっているのか?を全て調査し、可能な限り情報が広がらないうちに全て闇に葬る、という選択をした日本政府の意向に従って、現地エウグスト人部隊を動かす、という決定だったのだ。
「ふーむ、そういう事があったんですね。亡命中国人ですか…で、彼らの最終的な目的は何でしょうかね?銃を作ってエウグストの為になる、という話では無いですよね?」
ル・シュテル伯爵の所に行った高田は、現状起きている亡命中国人による銃密造と反ガルディシア組織の件について相談の形で情報を流しに行っていた。高田としては、ル・シュテルの立場も考えた上で、積極的な解放戦線への圧力をかけた場合の治安悪化について懸念している。ガルディシアに対する悪感情と共に、ル・シュテル伯爵領外ではル・シュテルに対する評判も悪い。ここでル・シュテルが解放戦線への何等かの圧力をかけた場合、恐らく伯爵領は解放戦線からのテロ目標となる。そこで自衛隊を投入すると、エウグスト人の憎悪の手帳に日本人の項目が追加となる。だが、現状で銃を使った何等かのテロを例え領内で起こさなくても、ガルディシア陸軍が敵わぬ武器を持った被征服民が大人しくしているだろうか?答えは否だ。
「亡命中国人の最終的な目的は、恐らく日本を混乱に陥れようとしているのだと思います。或いは混乱に乗じて他国を引き入れて日本の占領。まぁ、それは夢みたいなモンなんですけどねぇ。無理ですから。」
「なるほど彼らはそもそもニッポンに対して敵対している存在なのですね。私の目から見てもニッポンの行動様式は余り敵を作りそうにも無いと思っていたのですが、意外ですね。」
「伯爵、どこの世にも変な事を考える連中は居るのですよ。それが個人なら然程問題ではないのですが、こと国家となると、ですよねぇ。我々はガルディシア帝国も似たような存在と見なしていますねぇ。」
「我々にとっては、そちらの方が当たり前なんですがね、残念な事に。ところで例のレイヤーの方々とエウグスト解放戦線は、相互に協力関係は結べないんですか?」
「流石にそこに行きつきますよね。そこで相談なんですが…」
高田としては、解放戦線の目的の一つにル・シュテル抹殺とある事は伯爵には話してはいない。そもそも彼の裏切りの結果、崩壊した軍に所属していた将校を中心に構成された組織である。ル・シュテルが相容れない存在である事は明白だ。それが故に、最終的にル・シュテルの目的がエウグストの存続と最終的なガルディシアからの独立、そしてその為のエウグスト人部隊の組織と武器製造という手順だったのだ。その過程の中でル・シュテルの国内での評価を逆転させるような工作も同時に行う筈だった。ところが、同様の目的と手段を持ち、しかもル・シュテルへの憎悪を持つ組織が立ち上がったのは計算外だった。
ここで解放戦線の武器工場をそれと分かる様に潰してしまえば、それこそ日本が憎悪のページの筆頭になりかねない。それ故に今後のストーリーをル・シュテルに全て話した上で協力を要請する事にした。
「それは…厳しいですね…タカダさん。」
「ええ。しかしそれ以外の対処を行っても余り良い結果が得られないと判断しています。」
「そうですか。ですが、それはニッポンの意向とも多少違いますよね?」
「望む所に結果が収束するのであれば、或る程度の逸脱は許容されます。というか、これは総理の近隣から内々に打診されておりますので、総理の意向でもあります。そしてあくまでも本国の意向はガイドラインですし、この決定そのものが公開される類のモノではありません。もし失敗した場合は、現地の指揮官の暴走で処理される予定ですね。成功した場合は当然それなりの成果に見合った報酬が得られますが。」
「なるほど、そういう話ですか…その可哀そうな現地の指揮官とは?」
「条件としては現地出身であり、日本とは表向き関係の無い指揮能力を持つ者。」
ル・シュテル伯爵は、第二所属のベールの顔が浮かんでいた。




