87.バラディア大陸の発展
エウルレン防衛から7か月が経過し…
マルソーから遅れる事10か月、遂にガルディシア火力発電所1号機が稼働を始める日を迎えた。マルソーの火力発電所は30万kwクラスだが、ザムセンに設置した火力発電所は140万kwクラスの出力を誇る。そしてマルソーから資材を運ぶためエウルレン-ザムセン間に高速道を整備し、更に燃料供給の石炭を炭鉱から直接ザムセンの火力発電所を結ぶ輸送鉄道を整備した。こうしてザムセンは帝都を電化する為の基礎が築かれ、エウルレンに追いつき、追い越す為のインフラ投資が行われている。そしてエウルレン防衛戦以降、ザムセンは港を解放し、入港許可が下りた為、日本の大型の輸送船が発電所用の機材や機器を大量に運んだ為、急速に整備が進んだ。
そしてガルディシア石炭火力一号発電所の運転始動セレモニーが盛大に行われようとしていた。出席者は、皇帝ガルディシアIII世と、帝国議会の面々、そしてエウグストやダルヴォートの総督府関係者達が居並び、日本側からも結構な数の政府高官達がこのセレモニーに参加していた。
「それでは陛下に始動のスイッチを押して頂きます。」
「うむ、ここで良いのだな?」
皇帝にスイッチが押された瞬間に様々な機械が動き始め、出力を開始し始めた。こうして帝都ザムセンの電化が始まったのだ。感慨深く皇帝は発電所を眺めていた。だが、良い事ばかりではない。皇帝にとって頭の痛い事に、日本からは戸籍法の実施を要求されている。これが出来ればバラディア大陸全土の人口把握と税収の安定化が望めるが、それを行うだけの人員は足りなさ過ぎる。そして次に軍と警察の分離、これには軍組織の弱体化も引き起こしかねない為に、軍部は猛反対している。更には日本からの炭鉱での施設近代化によってエウグスト人やダルヴォート人の仕事を奪い、余った人員が仕事を求めて日本の技術がどんどんと投資されているエウルレンに集まり、エウルレンだけがバラディア大陸の中でどんどんと肥大している。ただ仕事を求めて集まっているのならともかく、それだけでは無い気配も散見しうる状況。それを捜査する警察力も、当然に足りない。つまり、表向きの繁栄の気配とは裏腹に裏では何が蠢いているのか分からない、非常に不安定な状況を皇帝は感じていた。
そしてこの予感は何れ実現する。
マルソーの北方の高台には3800mの滑走路が2本と管制塔が設置され、日本とガルディシアを結ぶ国際航路が設置された。ただ、ガルディシア側の法整備が追い付いておらず、しかも全国民の情報を把握し切っていない事からパスポートの発行にまで至らない。日本からは戸籍法の整備を要求されているのは、こういう事にも関係しているのだが、それゆえにガルディシア側から日本に行けるのはかなり限られた人に限定されていた。
そしてエウルレンとマルソーの間には各種の教育機関が日本から進出し、自動車運転関連、重機運転関連、食品安全関連、日本の高校と大学の一貫校等々、エウルレンやマルソー周辺で働く為に必要な教育を学ぶ事が出来る学校が沢山出来た。それがまた人の集まる状況を作り、その間にはアパートやマンションが建設され、日本の建築会社は空前の好況に沸いた。マルソーは日本のあらゆる物を取り入れる入り口となり、そのショーウィンドウがエウルレン市となっていたのだ。
そしてバラディア大陸の中では、大まかに分けて親日本派と反日本派が出来つつあった。現実にエウルレンで日本の技術に触れて生活が向上している者達、恩恵を受けている者達は基本的に親日本派となってゆく。先端の技術を自ら使える魅力に逆らえる者は少ない。エウルレンに一度でも来てしまったら、彼らの中では未来の世界に染められるのだ。しかし、反日本派は主に軍部、特に海軍にその傾向が顕著で、陸軍のように一個軍が殲滅されるような被害を受ける事も無く、戦艦が数隻沈んだだけだ、という事と共に皇帝を懐柔して、帝国の伸張を日本が抑え込んだ、と考えている。また、日本の技術や文化が帝国に流入している現実に、帝国に毒を流し込んでいる、とも見なしていた。だが、これはガルディシア帝国の中だけで、旧エウグストや旧ダルヴォート人達にとっては、憎いガルディシア帝国が日本に押さえつけられている状況と見なし、喝采を上げこそすれ、日本を憎むような状況には至っていない。
そして、旧エウグストの地にはエウグスト人による分離独立活動が秘かに進んでいたが、それの資金的なバックアップは領内のマルソーとエウルレンによって莫大な利益を上げているル・シュテル伯爵が担っていた。そしてその手足として活動を行っていたのは、旧マルモラ乗組員の第一レイヤー集団を中心とした現地エウグスト人部隊だ。これらの部隊の総勢は今や500人を超える状況となり、尚且つ炭鉱から解放されエウルレンに流れていた人員を吸収し、増大を続けている。
バラディア大陸は、今や日本の技術や物を取り込み発展を続けながら、内部では一触即発の火薬庫をも育てつつある微妙な状況となっていったのだ。
ガルディシア発展編の終わりです。
次からは回天編となります。