86.戦い終わった夜に
北方エウルレンの戦いが終わり、そして逮捕者の引き渡しも終わったその夜…
「俺達エウルレンを守り切ったんだよなぁ…」
「ああ、完全に守り切った。被害もほぼ出無かった。よくやった、俺達も教えた甲斐があった。」
「それにしても、この銃器達は本当にすげえな。こんなモン作るニッポンってやっぱヤバい国だわ。」
「おいおい、そいつの出所はアメリカって国だぜ。俺達ぁ輸入して使ってるだけで、本当にヤバいのはアメリカだって覚えといてくれよ、ベール。俺達の国ぁ優しい間抜けな国さ。」
「いやいや、関口さん、今やもうここにはアメリカ無いんですから…」
「という事はやはりニッポンはヤバい国…」
「ま、ある意味否定しねえわ。やばいのはやばい。」
「やばくても俺達は助かった。やばくて凄い国だよ。」
ベールが感慨深く遠くを見ながら誰に言うとも無く語る。
ここはエウルレンの居酒屋煙とランプ亭で、ベール達第二レイヤーの一団が貸し切りで呑んでいた。だが、そこにはエウグスト人だけでは無く、何故か日本人の姿もあった。彼ら日本人はベール達と第一レイヤーのエンメルス曹長達を鍛えた日本の陸上自衛隊特殊作戦群の数名が秘かに参加していた。正確に言うと、彼ら第二、第三レイヤーチームに戦い方を教えて去る予定だったのが、防衛陣地に入り込みエウルレン防衛戦に非公式に参加していたのだ。そして戦闘終了後、ここ煙とランプ亭の居酒屋で、自主的な打ち上げをしているのだった。
「セキグチさん、これからどうする?また訓練するのかい?それとも、一旦ニッポンに戻るのかい?俺達も一度ニッポンに行ってみたいんだが、誰に言えばいいのかい?」
「これから?これからぁココでたっぷり酒飲むに決まってんじゃねえか。俺ぁ面倒な話は分からねえから、内調の高田とかに言ったら良いんじゃねえか?」
「ああタカダさんね。何度も言っているんだけどね…あっと、酒飲んだ後の話だよ、今日はこっちに泊まっていくんだろ?」
「公式には俺達ぁココに居ない事になってっからな。誰にも会わずに帰れるタイミングで適当に帰るわ。だから…今は、ここで酒を飲む。さぁ、お前も飲め。乾杯だ。面倒な話は無しだ。」
「ベールさん、もう観念した方が良いっすよ。関口さんもうスイッチ入っちゃいましたよ。」
「田所、お前もナニ澄ましてんだ。お前も飲むんだよ、はいジョッキ。」
既にエウルレンは電化されており、この店にも大型の業務用冷蔵庫が入っているのと、ビールサーバも日本から仕入れているので、この店では日本産とエウグスト産のビール飲み比べが出来るのだ。だが、まだキンキンに冷えたビールを飲むエウグスト人は少く一部の物好きだけで。ここでの一番人気はエールだった。このエールはブラウンエールに近く、温い方が旨いのだ。
「おお、呑め呑め。でさ、セキグチさん。エンメルスにも聞いたんだが、今後ニッポンは俺達のエウグスト独立の支援はどの程度出来るんだい?実際、ニッポンの人に聞く方が早ぇかな?と思っているんだが。」
「その話な。俺の立場からは何も言えないな。悪い。」
「ふーむ、じゃ質問には答えなくていいぜ。ただ俺の独り言を聞いて表情で勝手に判断するよ。それならどうだい?」
「もう一度言うぜ、ベール。俺の立場からは何も言えないんだわ。」
にやにやしながら関口はベールの質問に表情で答えていた。ベールも当然分かりつつ色々な諮問を関口に浴びせていた。そして暫くし、質問が終わるとベールは言った。
「いや、本当に、本当に声を掛けてくれたエンメルスには感謝しかねえや。ついこの間迄は、この大陸に居場所なんざもう無ぇと思っていた。仲間も本当に少なくなった。ここまでか、とも思っていた。ところがエンメルスに声を掛けられ、どうせこのまま行く場所もねえと奴と組んだら、日々訓練の毎日だ。この訓練が何時の日か何かに結びつく事もあろうかと思いきや、こんな早くに機会を得られた。」
「ああ、お前等3人は特に訓練は熱心だったな。そこは認めるぜ。」
「他は認め無いんかよ、厳しいな。だが、その訓練の成果を存分に発揮出来た。まだまだやる事ぁ沢山あるだろうが、俺達の…いや、エウグストの独立という希望の一片が叶えられる可能性が見えたと思う。それもニッポンの後ろ盾があってこそだ。あんた達には感謝しか無いんだ。」
「大袈裟だ。あんま俺達日本に対しても信用すんなよ。言わば俺達は政治的な物事に左右される集団だ。そして政治なんて俺達が思う以上に汚ねぇ世界だ。そこを信用し過ぎるのは良くねえ。特に力有る国なんてのは、小さい物を切り捨てて最善を取る世界だからな。だからある程度距離を置いて見ていた方がいいぜ。」
「あんたは何時もそういう事言うがな、セキグチさん。それでも今回の第二軍撃滅は大偉業だぜ。」
「その結果、面倒事が連鎖する場合もあるのさ。ま、こういう話は酒が入っていない時に高田でも相手にしとけば良いんじゃねえか?今は、楽しい酒を飲もうぜ、ベール。」、
既に何時の間にか関口のテーブルにはジョッキが1ダース程空っぽで空いていた。そこに新しい集団がどやどやと入ってきた。第一レイヤーの元駆逐艦マルモラチームの集団だ。彼らはエウグスト市急襲チームとして、エウグスト中央総督府にある北の塔でル・シュテル奪還を遂行し、そのままマルソーの港まで戻ってきていた。そして、この煙とランプ亭で合流したのだった。
「おっ、もうこんな呑んでやがって少しは待てねえのか!って、セキグチさんも来てたのか!」
「ああー、噂をすればエンメルス。今、お前の話をしてたんだぜ。」
「どうせまたヒデー噂話なんでしょうが、セキグチさん。」
「いや、褒めてたんだよ。お前が訓練中に吐いたとか失神したとかは話していない。」
「ちょ!なんで、それを今!」
直ぐにベールが喰い付いた。
「それは俺も詳しく知りたいわ、エンメルス。」
「いやいや、そんな事よりエウルレン防衛戦の話を聞かせろよ。俺達ぁ伯爵救出で大した事も無く連れて帰って来ただけだからよ。そんな面白い話は無いんだが、7万対100人なんだろ?凄げえよな、歴史に残るぜ、ベール。」
貸し切りの煙とランプ亭の夜は騒がしく過ぎていった。