83.混乱の帝国議会
今回のエウルレン防衛戦で判明した事はガルディシア近隣に出現した新興国家ニッポンという名前がバラディア大陸に広く知れ渡った事だ。そしてガルディシアは海も陸も、どうやってもニッポンには勝てない、という事も同時に。そして緘口令がひかれていたデール海峡での第四艦隊の敗北も市井に漏れ始めた。
そしてニッポンの名と共に、エウルレン市も大陸の中で有名となりつつあった。一度、エウルレンに訪れ宿泊をしたり食事をしたりした場合、そこで何等かの日本の技術を直接なり間接なり触れる事となる。その為、最新の何かを学びたい、あるいは触れたい者にとって最先端都市エウルレンの名は急速に知れ渡っていった。
だが、当然良い事ばかりではない。頭を抱えているのは統治者とガルディシアの治安当局である。エウルレンでの防衛戦はル・シュテル領内とはいえガルディシア帝国国内であり、他国の軍がガルディシア領内で好き勝手に暴れ、ガルディシア帝国陸軍の双璧と言われたドラクスルの第二軍を殲滅したのだ。当然ガルディシア人の日本に対する好感度は激烈に減ったが、逆にその他の地域は猛烈に上がった。そして、それはガルディシアが支配する地域には顕著な状況となった。つまりエウグスト人やヴォートラン人がガルディシア人に対する反抗的な態度を隠さなくなったのだ。その為、ガルディシア支配域での治安当局では大幅な増員が為され、治安維持に奔走する事となった。
そしてエウルレン防衛戦に関して、治安組織への引き渡しという名目で皇帝自らエウルレンに皇太子ドラクスルを引き取りに行った皇帝が不在の首都ザムセンの帝国議会では、皇帝を除く帝国の重鎮が会議室で居並んでいた。
「一体どうする!治安部隊の能力はもう限界だ!特にエウグスト人の反抗が著しい。何等かの形で、再度徴兵して対抗するにしても、全く人員が足りなさすぎる。」
「炭鉱でのノルマも全くこなせていない!!このままでは国家が立ち行かなくなるぞ!それに、薄っすらではあるが反乱の気配もある。」
「だが、これで支配域の取り締まりを強化すると、エステニア人共は尚の事反感を強める。これ以上の圧力は危険だ。既に何等かの反抗的な組織が幾つか摘発されているが、恐らく背後には何等かのそれらを束ねる組織がある事が見え隠れしている。」
「どれもこれも元凶はニッポンだ。あの国の関与が最大の問題だ。大体奴らが要らぬ希望を植え付けたのが原因ではないか!なんとかならんのか?」
「だが…先の戦いで判明した通り、我々はあの国に対抗する事は全く出来ない。奴らの火器は想像を絶している。」
「それに奴らがこちらに来るのは自由に来れるのに、我々はニッポンに入る事が全く出来ないのは不公平ではないか。外務大臣、一体どうなっているのか!?」
「それにつきましては、ル・シュテル領内のみで、しかも工事関連とそれに伴う教育施設、また領内で店を開くエウグスト人の技術指導と、そういう面に限られておりまして、決してニッポン人が自由に入国する、という事にはなってはおらず…」
「馬鹿も休み休みに言え!現に、奴らの軍隊がここに来て暴れておるではないか!」
「いや、あれはル・シュテル伯爵の要請による緊急派遣的なものでして、恒久的にあの地に駐屯するという事では…」
「という事は、我々もニッポンに軍を派遣する事が可能なのか?」
「それは…無理でございますが…」
「いい加減にしろ!例え元凶がニッポンであっても、今対処しなければならないのは、全土に広がる反ガルディシア感情だ。我々ガルディシアがニッポンと接近し友好的に振る舞えば、そしてニッポン側がガルディシアに対する態度を軟化させ、奴らの希望となりつつあるニッポンもこちら側という事になれば、反ガルディシア反抗分子も希望を失う事となろうが!」
「問題はその方向に舵を切りつつあったにも拘らず、それを何度も裏切る事をやった側だろう。」
これまでの帝国議会内でも、皇帝のとった行動によりこの窮地が招かれた事は暗黙の事態であった事ではあるが、敢て口に出すものは居なかった。だが、遂にそういった意見が出始めたのは皇帝不在とはいえ帝国にとって危険な兆候だった。今回はドラクスル皇太子だけの軍が殲滅された事になるが、実の所皇帝の軍をも動かしていた事は周知の事実であり、しかも日本に圧力を掛けられて軍の出撃を停止した事も知られていた。
「それ以上は言わぬ方が良いぞ。皆も同じ気持ちであろうが。書記、これは議事録から削除せよ。」
「だが、それも事実ではないか。そもそも余りにも情報が少なすぎる。全ての情報を握っていて、尚且つ我々に情報が流されていないではないか!仮にそれらの情報が流されていたならば、決して殿下もああいう方法をとろうとはしなかった筈だ。」
「確かにな。あれほど凶悪な軍を持つ国だとは知らなんだ。我々とニッポンとの戦力差は想像を絶するぞ。
伝え聞く所によると、ニッポンはそもそも交易を求めていただけという話を聞いたがどうなんだ?」
「左様に御座います。食料、原材料の輸出、それのみを当初求めておりました。」
「それが何でこんな事になっているんだ…」
「ニッポンの先進的科学力、それを求めて色々と密約をしている可能性もございます。ただ、それにより帝都を発展させる事を目的として交渉をしておりましたが、その過程で物資の搬入にザムセン港やヴァント港への入港を求めていたニッポンに対し、以前議会で入港許可の議題が出た際に不許可となった過去がありました。それ故、代替案としてル・シュテル伯爵のマルソー港が選ばれ、その結果としてル・シュテル領が大幅に開発が進み、それを良しと思わない陛下と皇太子殿下が軍を動かしたという経緯がありました。」
「議会で?ああ、あの件か。あれは帝都の港に他国の輸送船を入れるなど、どこの国でも聞いた事が無いわ。だがその結果、この事態を招いたのか?」
「そのように外務局及び情報局は判断しております。」
「すると我々も火の粉を被る事になるな。」
「いっその事、ザムセン港を開港したらどうだ?どうせあの国に我々は対抗出来ない。それならば、いっそ胸襟を開いてニッポンを受け入れるなら、彼らの態度も変わるだろう。結果として、国内が安定するならば、何も血を流す事も無いだろう。」
「それを陛下が許すかどうかだが…」
「ふん、どうせもう断らないだろうよ。どうせ敵わぬのだし。皆はどうなんだ?…特に反対は無いようだな。それでは、今後のニッポンへの対応について、まずはザムセンの開港を上奏する。それまでは、まず反ガルディシア勢力については、これまで通り摘発を続ける。増員に関しては、国内の海軍を減らして治安要員に当てろ。」
「なっ、馬鹿な!ファルケンホルスト!!海軍を減らすだと!第四艦隊も再編中なんだぞ!!そこの補充はどうするのだ!」
「言うなメンホルツ。そもそも我々はどこに攻めるというのだ。どこに敵が居るのだ。既に、海軍はニッポンによって対エステリアやヴォートランでの戦いに介入されて以降の戦闘は全く出来ないではないか。一応、私も帝国宰相としての責任は取る。だが、無い袖は振れぬ。そして治安要員が必要なのだ。詳細は後で詰める事で異存無いな?では解散。」
こうして帝国海軍の一部が解体され、国内の治安組織へと再編された。
第二軍の穴埋めは当然人数不足により保留となり、中央総督府はドラクスルの代理が立てられ、それらの移行作業が行われる事によってル・シュテル領以外の旧エウグスト地域は混乱が加速した。