69.ガルディシア第二火力発電所稼働試験
遂に予定していたトラックは全てマルソーの港に降ろされた。そして、街道を通り石炭の集積所があるエウルレン東の山に向かった。既に集積所にはパワーショベルやバックホウが配備されており、来たトラックの荷台に次々と石炭を流し込んだ。そして、石炭を満載したトラックは、再びマルソー港近くの石炭火力発電所まで戻り、石炭火力発電所の貯炭場に降ろしてゆく。こうして火力発電所を稼働させる準備は遂に整った。バラディア大陸初の火力発電所が稼働を開始するのだ。初の火力発電所が第二と名前がついているのは少々ややこしいが、計画は第一の方が早かったが、建設は第二の方が早かったという理由だ。
今回の第二火力発電所での発電は試験運転であり正式運用では無い為、何のセレモニーも予定されてはいなかったが、それでもル・シュテル伯爵を筆頭にエウルレンの実力者達が大勢集まっていた。その中には、未だエウグストに戻っていないクレメンス准将の姿もあった。日本側の立ち合いも多く、そのほとんどは技術者関連だったが、エウルレンのホテル総支配人飯塚の姿や、外務省から来た二階堂の姿もあった。そしてル・シュテル伯爵は二階堂を見つけて話しかけた。
「おお、ニカイドーさん。ご無沙汰しております。遂に発電所が稼働しますよ。」
「これはどうも伯爵。遂にですね。正式に稼働を承認するには第一の稼働セレモニーが終わってから、という面倒な制約はありますが、試験運転の名目で、普通に通常運転する予定ですよ。つまり、試験運転での出力は通常と変わりません。」
「ええ、それはもう聞いております。それと、あの街道の件なんですが…現在街道ではトラックだけが走るように通達を出しているんですね。ですが、文字を読めない者や馬車、蒸気自動車の類が、あの道は走り易いという事で街道内に侵入している例が後を絶ちません。出来れば、何か良い方法があれば…」
「ああ、やはりそうなりますか…日本ではあの手の類はトラックでは無く電車で運ぶんですね。我々の国の鉄道業界から参入させろと相当突き上げ喰らってまして。よい機会ですから、マルソーの火力発電所と石炭集積所の間に、石炭輸送用の鉄道を敷設する事、検討して頂けませんか?」
既にゾルダーには相談しているが、それは帝都用だ。最終的には道路の整備と並行して鉄道を円借款でガルディシアの主要な都市間を結ぶ鉄道も同時に走らせようと各鉄道会社は白写真を眺めながら夢をみている状況だ。日本政府としてもガルディシアからの食料輸出代金をこういった円借款等で賄えるのであれば何も文句は無い。政・産両方の思惑が合致している為、一度決まれば話は速い。だが、流石に一地方領主の許可を得ました、と大規模な線路を敷く訳には行かず、領内に収まる程度の小規模で済ませようとしていた。
「ああ、それは全く反対する理由が無い。是非お願いしたい。但し…石炭輸送用と並行してマルソーとエウルレンを結ぶ輸送用電車も欲しいですな。そうなれば、マルソー港で降ろした荷物も人も往復が可能となります。」
「伯爵、私はそれを次に提案しようと思っていたのですよ。先に言われてしまいました。実の所、我が国の鉄道会社は人を運搬する事を早く正確に行う事が得意でして。是非、今度こちらに連れて参りますので、その時にはお時間を頂ければ。」
お互いが顔を見合わせて笑う。
純然と都市が発展する喜びが双方に沸き上がっていた。
ちょうどその事に発電所のボイラーに火が入り、蒸気が沸き上がり始めてタービン発電機が回り始めた。発電機が出力を開始し、電気は変圧器を通り、開閉所を通って送電される。発電所の沢山のスイッチや計器が壁一面に並ぶ中央制御室の中で、今回の稼働を見学に来ていた皆が歓声を上げた。皆が物珍しそうに眺める中、一人クレメンスだけは、驚いているとも苦々しいとも言い切れない微妙な表情でこれらの制御パネルの壁を眺めていた。
…これは思いの外、という言葉では足りないぞ。一体何をどうしたらこんな物を作れるようになるんだ。発電所という物を初めて聞いた時にはさっぱり想像も出来なかったが、先程ニッポンの従業員から説明を聞いた時には仕組みは理解出来た。言わば石炭火力発電所とは、我々が良く知る蒸気機関の延長だ。やる事は一緒なのだ。で、あるにも関わらずこの大仰な機械の数々。そして生み出す電気はどのように活用されるのだ?…物思いにふけるクレメンスを目敏くル・シュテルは見つけた。
「これはクレメンス准将。どうですか、ガルディシア発の石炭火力発電所は?」
「伯爵。うむ、壮大ではあるのだが、これにより作られる物のイメージが出来ない。これは結局電気を生み出すのは理解したが、生み出された電気は一体どうなるのだ?」
「それはですね。おおざっぱに説明しますと、ここで作られた電気は送電線という線を通り、その電気を必要とする遠くに運ばれていきます。一例をあげると…クレメンス准将が宿泊しているホテル、あそこのシャワーは時間制限があったと思います。ですがこの電気が送られる事によって、24時間何時でも時間制限が無く使用する事が可能になります。」
「ほう、それは…なんかあまり凄い事に聞こえないが…」
「そして、この発電所の主目的なんですが…食料の貯蔵施設や、それを検査する施設に電気を供給する事を目的としています。それらの施設は沢山電気を喰うらしいのですよ。何せ、マイナス50度以下に冷凍する事が可能な施設らしいですから。後でそちらも見に行きますか?」
「なんと…そ、それは是非に頼む。マイナス50度以下…」
「それと私の城の設備も現在の物から、この火力発電所から電気を流すように変更するのですよ。そうなれば、夜だろうが曇りだろうが、無風であろうが安定して電気が来るのですよ。ふふふふふ…」
ああ、そうだった。伯爵の家の設備は電気で動くのだった。つまりああいう類の物が常時動くようになるのか。クレメンスはあれらが目まぐるしい上にやかましかったのでそれほど好きではなかったが、利用例を目の当たりにして見ていたので、理解する事が出来たつもりだった。だが、彼はその後に貯蔵施設のマイナス30度程度を体験し、電気が出来る事の凄さを再確認した。