66.ル・シュテル領の査察-④
グリュンスゾート中隊の城に入った20名はエウルレンのホテルに帰るまでずっと無口だった。そして他の80名余りは何故に無口であるのか理解不明だった。分かっている事は、クレメンス准将と20名が青白い顔をして城を出て来た事だけだ。そうしてホテルに戻り夕食前に小隊長以上の幹部会議が行われた。小隊長以上はあのホームシアタールームに全員参加していた故に今まで無口だったが、会議を始めると堰を切ったように話し始めた。
「准将…あれは、あんな連射可能な銃とか、我々は対抗出来ませんよ…」
「夜襲が役に立たん可能性があるぞ。暗くても丸見えじゃないか。」
「1分と立たぬうちに、少なくとも30発は撃っていたぞ。あれは存在するのか?あの映画とやらの世界だけなのか?それともニッポン軍も形は違えど似たような物を持っていると言ってたな…」
「皆、聞け。我々はニッポンと戦争する訳では無い。我々の目的はル・シュテルの査察だ。そう目的は、皇帝陛下と法の許す範囲に、ル・シュテルが振る舞っているか否かだ。そう、例えばル・シュテルが国家転覆を企ているような物を隠匿しているとかだ。あの銃とかな。それらを明日捜索する。」
「クレメンス准将。質問があります。明日、ル・シュテルの家宅捜索を行うとして、ニッポンの不興を買う恐れはありませんか?聞く所によれば、皇帝陛下もニッポンの不興を買った事でザムセンとの交易がマルソーに変わったって事も聞きます。明日それをやっちまって大丈夫なんですか、俺達?」
…そうなんだ。実に今やそれが怖い。
正直、最初に聞いた"皇帝陛下がニッポンの不興を買った"という話は、最初からニッポンはマルソー港で決めていた、という説明を情報局経由で聞いていたが、今やそれも疑わしい。皇帝陛下ならば、ニッポンからの使者に高圧的な態度に出た挙句に圧倒的な何かを見せられて挫けた、と今なら信じられる。我々の動き如何によっては、再度のニッポンの不興を買う事になるかもしれん。そうなれば、皇帝だから特に何も無く済んでいる様だが、俺達のような下っぱが同じ事をやらかしたら、自分はおろか一族郎党が纏めて炭鉱送りだ。慎重に動かなくてはならない。
「不興を買う恐れか…我々は公務だ。それはありえない。
そして陛下の件虚偽の情報だ。最初からマルソーだった。
ともあれだ。明日のル・シュテルの城は、あのニッポンの銃器の類が無いかどうかだけ確認する。城下の街へは立ち入らない。良いか、皆。慎重に捜査せよ。伯爵に失礼があってはならない。」
「准将…伯爵が見せるのを拒んだ場合はどうします?例えば、箱の中とか部屋の中とか。」
「都度、俺に知らせろ。俺が確認する。その場で俺を呼びに来い。質問はあるか?…無いな。よし、解散。」
こうしたクレメンスの及び腰ともとれる対応への方針変換と、ホームシアターで見た映像を目の当たりにした一部の兵によって食事が始まる頃にはすっかりニッポンの恐ろしい銃の件、そして映画という怖い存在についての噂が部隊を駆け抜けたのだった。
一晩明けて憂鬱な気分のまま、再びル・シュテルの城に向かっていたクレメンスの一行は、例の街道の工事が終了している事に気が付いた。昨日まであった柵が一切無い。つまり、街道はここからマルソーまで開通したって事だ。それは便利になるだろうが、馬は入れないのではな…そう思いつつ街道脇の道を進んで行くと、マルソー港に見た事も無いような大型の輸送船が入っていた。そして、その輸送船から大型のトラックが次々と降りてきて、コンクリートで舗装された駐車場ゾーンに移動してゆく。その光景にクレメンスは目を奪われた。
蒸気ではない自動車。あの車の大きさは何だ!そしてあの荷台!!もの凄い量を運べるぞ。そうだ、重砲の類も余裕で積めるのではないか?…これは、ル・シュテルと敵対するよりも逆に接近して便宜を図り、ニッポンの様々な物を回してもらう方が良くないか?そうだ、軍にも有益だ。クレメンスは自分の中で、色々な事に折り合いをつけると、早速駐車場で車を誘導している男に声を掛けた。
「おい。おい君。君はどこの国の者だ。これは何をしているんだ?」
「あぁ?俺はエウグスト人だよ。ニッポンから来た車とやらを誘導してんのさ。あんたはどこの誰さんだい?見た所ガルディシア人ではあっても軍人にも見えないが。」
「私は皇太子殿下の勅命でル・シュテル伯爵領の査察に来ているクレメンス准将だ。」
「あらあら偉い人だったんですね、これは御無礼を。
そこ危ないから、白い線の内側に入った方が良いっすよ。」
「む?そうか。それはともかく、これは何なのだ?」
クレメンスのすぐ脇をトラックが走り抜けて行く。
「こいつぁトラックって言うんですよ、准将の旦那。蒸気じゃなくて軽油って奴で動く車で、沢山の荷物を運ぶ用途の車でさぁ。明日には山の方いって石炭を山ほど運ぶ予定なんすがね。予定通りであれば。ちなみに、このトラックの到着に間に合うように道路を作るって言ってたんですが、准将さん。街道通ってきたんですよね?道は開通してました?」
「あ、ああ。どうやら開通していたようだよ。」
「ほほう、それじゃ明日から電気もつくかもしれないっすよ?」
「それは、一体どういう事だ?」
「エウルレンの東にある石炭鉱山から、ここまであのトラックで石炭を火力発電所まで運ぶんでさ。ほら、あの丘に白と赤の筒が見えますかい?あれがそうでさ。あそこに石炭を入れると、そいつを燃やして電気になる。電気はこの街の様々な設備を動かす。簡単でしょう?」
「う、うむ。電気は昨晩私も存分に体験した様だ。」
「おっ、そうですかい!そりゃ話は速いってもんだ。これからここはニッポンの技術がどんどん入る。どこよりも住みやすくなりますぜ、准将さん。」」
「付かぬ事を聞くが、貴殿はどこに住んでいるのかな?」
「俺ぁこの近くの街道寄りの新興住宅地、平たく言うと再開発地帯でさあね。この工事に携わる連中は無償でそこの住宅を伯爵様から提供されたんでさ。ああ、でも俺は運が良かった。汲み取りをしなくても良いし、井戸から水を汲みに行く事も無い住宅なんざ、今まで聞いた事も無い。」
クレメンス准将は男の話を切り上げ、部隊と共にル・シュテルの城へと向かった。もう当初の目的からはかけ離れている事は言うまでも無い。クレメンスはなんとかル・シュテルに取り入ろうと画策した。